1980年
ロック編
 (ハードロック、メタル以外)


さて、この年から80年代、
「ロック編」と「メタル編」に分けて紹介します。

すごい数の名作が。

ちなみに番外編〈告白〉もあります
(↓一番下)


個人的評価100点満点作品 全36枚


36位!

UTOPIA
DEFACE THE MUSIC


名曲

聴いた人が決めよう

 まるっきりビートルズのパロディーアルバム。笑わせるだけでなく、繰り返して聴いてしまうところが名作たるゆえん。こういうことは本当に限られた人たちしか出来ない。トリビュートとか言って誤魔化さず、年に誰か1バンドくらいは本気でこういうアルバムを作ってほしい。




35位!

STRAY CATS
same


名曲
"Runaway Boys"
"Rock This Town"
"Rumble in Brighton"
"Stray Cat Strut"

 90年代、ビッグバンド風のブライアン・セッツァーバンドも素晴らしいが、意外といえば意外、なるほどといえばなるほど、どっちなのか、今のサウンドにもおもいっきり共通するロック万歳根性はこのデビュー作品ですでに大きく花咲いている。
 形でいえばロカビリーだが、80年というこの時期に、この人たちがロカビリーという音楽に付け加えたパーツのほうが、ロカビリー本体より絶対大きかった。かもしれない。




34位!

YES
DRAMA


名曲
"Machine Messiah"
"White Car"
"Does It Really Happen?"

 内容は結構ハードロック寄りで、すごくストロングな音であり、早くもプログレッシブロックから勇猛果敢に距離を置いたようなアルバム。
 この、肉体改造したかのような雰囲気は新メンバージェフリー・ダウンズ(のちASIA)、トレヴァー・ホーンの2人のおかげ。YESらしくないという評もあったが、だからといって内容が良くないとは限らない。
 この2人は同年あのTHE BUGGLESを結成する。




33位!

GENESIS
DUKE


名曲
"Behind the Lines"
"Turn It On Again"

 もしスピーカーを震わす重低音が加えられていたなら、とてつもない名作になったと思われる作品。
 しかし物足りないという印象はない。この重量感ゼロという空気=何か新しいジャンル、という気が確かにする。
 フィル・コリンズ、この時代まだまだ若かったキューピーおやじに陰鬱な印象はまだ似合わない。プログレッシブロックの最ポップサウンドという解釈もありかと。




32位!

BOB SEGER & THE SILVER BULLET BAND
AGAINST THE WIND


名曲
"the Horizontal Bop"
"Against the Wind"

 アメリカンロック最大の穏健派。ここまでくればもう、裏がないから素晴らしいのだと言いたくなる。裏を知っていても裏を歌わない、そういうミュージシャンを尊敬しろ。こういう世界がアメリカンロックの「親」であった、と信じたい。大ヒットしたタイトル曲は本当に和める。




31位!

THE ROLLING STONES
EMOTIONAL RESCUE


名曲
"Dance"
"Where the Boys Go"
"Emotional Reaque"

 ミック・ジャガーのファルセット唱法が賛否両論生んだ作品。私はあまり好きではない。オカマが爪先立ちで床を歩いているような声である。
 何曲かはさすがさすがのストーンズ節、しかしこのアルバムではそういう曲があまり目立っていない。
 結局アルバムとしては傑作だと思うが。




30位!

AIRPLAY
same


名曲
"Stranded"
"She Waits for Me"
"After the Love Has Gone"

 アメリカンAORの重鎮プロデューサー、デイヴィッド・フォスターとジェイ・グレイドンがバンド組んでアルバム出した、という作品。
 これがまた、音の感触はAOR風といえど、結構なハードポップ作品である。LOVERBOYよりも前にこんな音があったとは、という音。
 アメリカの新文化、大人のAORを味わえというそれ風の曲もあるが、活きて弾んで転げ回ってるハイライトチューンの勢いにAORの醍醐味がくすんでしまっている。ロック側の人間からすればそれで大歓迎である。




29位!

PETER GABRIEL
III


名曲
"Intruder"
"I Don't Remember"
"Family Snapshot"
"Not One of Us"
""Biko"

 世界に響く名曲"Biko"収録。
 ジャケット同様気色悪い曲で始まる。やっぱりさすがとしか言いようがない。
 陰であろうが鬱であろうが、スケールのでかさがまさにこの人の音楽。こういう雰囲気で幕を開けながら、ラストナンバー"Biko"、こういう締め括りとは恐れ入りました。
 ロックともポップスとも掛け離れたリズム感が支配するサウンドなので、退屈か一生の愛聴盤となるか、評価も極端なものになるだろう。しかしこれは決して環境音楽などではない。




28位!

DEAD KENNEDYS
FRESH FRUIT FOR ROTTING VEGETABLES


名曲
"Kill the Poor"
"California A'Ber Alles"
"Holiday in Cambodia"

 90年代になってもあちこちのバンドに顔を出していたハードコアパンクおやじジェロ・ビアフラ。
 これは自分が主(あるじ)であったバンドのファーストアルバム。
 パンクロックといえばパンクロックであるが、癖でいえばKILLING JOKEと並び世界一癖のあるパンクロック。ハードコアパンクというほど音は激しくないが、尖った気というものがハードコアパンクを大きく上回る。90年代以降のエキストリームメタルバンドに人気が高いというのもうなづける。




27位!

ELECTRIC LIGHT OECHESTRA + OLOVIA NEWTON-JOHN
XANADU


名曲
"Magic"
"I'm Alive"
"Xanadu"

 ELOとオリビア・ニュートン・ジョンとの共演。当時は夢の共演だった。音としてはアメリカの正しいお姉さんオリビアさんがELOに誘われてしまった、という摩訶不思議な音。摩訶不思議だから、ファンタジーである。曲もELO史上真ん中よりはぐんと上に来る佳曲のオンパレード。




26位!

THE ALAN PARSONS PROJECT
THE TURN OF A FRIENDLY CARD


名曲
"May Be a Price to Pay"
"People Games Play"
"Time"
"the Turn of a Friendly Card"

 オーケストラ楽団の手法でロック楽器を操り、映画音楽クラスの名曲をたくさん生んだこのバンド。大衆性で言えば地球的な名曲がこの時期の作品から生まれ出た。これぞポピュラーミュージックの究極、エンターテイメントの究極だと思う。
 本命!本命!だけしか聴かずそれに月何万も使うって、アホらしいぞ。そんなに音楽はカッカして聴くものではない。私が言っても説得力はない。
 しかしこのアルバムの音は音楽の神様の優しい手である。




25位!

JOHN WETTON
CAUGHT IN THE CROSSFIRE


名曲
"Turn on the Radio"
"Baby Come Back"
"Cold Is the Night"
"Paper Talk"

 ASIA結成直前のソロアルバム。
 ASIAほどスケールはでかくないが、しかしプログレッシブ畑から抜け出たジョン・ウェットンのポップな魅力が開花した名盤である。ジョン・ウェットンファンならずとも、包容力のあるメロディーが好きな人はぜひ。




24位!

BETTE MIDLER
THE ROSE


名曲
"the Rose"

 女性ロックシンガーの短い生涯を描いた映画"THE ROSE"、主演はかのベット・ミドラー。このおばちゃんは素晴らしい。アメリカのおばはん丸出しの人であるが、素晴らしい役者+シンガーなのだ。
 コメディーはそれはもう抱腹絶倒で、そして感動モノでは泣かせる泣かせる。この人はコメディーか人間ドラマしか出てないような気がするんですけど、出世映画、この"THE ROSE"で主役を演じたことによりアメリカではシンガーとしても認知されている。
 映画はみんなが言うほど感動的なものでもない。
 ジャニス・ジョプリンをモチーフにした女性シンガーの悲劇じみた生涯。意外と淡々とした映画である。
 だからこそ、私などおっさんになってから初めて素晴らしさが理解できたような映画だった。歌のシーンでは確かに感動である。タイトル曲はあまりにも有名。
 都はるみが宮崎アニメのどれかで、動物とかオバケが出てこないやつだったと思う、日本語で歌っていたのを知っている人はいるだろうか。(なかなかいい歌だったのだ)




23位!

U2
BOY


名曲
"I Will Follow"
"Twilight"
"Out of Control"
"Stories for Boys"
"A Day without Me"
"the Electric Co."

 90年代のベスト盤なるものも出ているが、U2は80年代で終わった。90年代〜今の、チャカポコ音に取り憑かれたU2を絶賛する人の気が知れん。全然違うバンドじゃないか。
 ファーストアルバムは100%別人である。
 寒村出身という空気のサウンド。決して暖かい場所から生まれて来る音ではない。でも、ここでだって人間は立派に力強く生きているのだという、人間の強さが美しく感じられる音世界。




22位!

THE J.GEILS BAND
LOVE STINKS


名曲
"Just Can't Wait"
"Come Back"
"Love Stinks"
"Till the Walls Come Tumblin' Down"

 いいな〜、このタイトル。80年代ロック・ポップス黄金時代の幕開けというこの時期、名曲が歌う内容はそのへん日本の歌謡曲と全く同様、愛やら恋やらぬかす浮かれた世界が多かったですが、そんな時期に"Love stinks!"、「愛など屁だ!」などと無頼なことをぬかすこのバンド。らしいぜまったく!、とファンは大喜びしたと思う。
 とかいいながら「ねえちゃんカムバック」という曲もあったりするが、この曲は結構ハードロックでかっこいい。




21位!

BOZ SCAGGS
MIDDLE MAN


名曲
"Jojo"
"Breakdown Dead Ahead"
"Simone"

 世界的ヒットになった76年"SILK DEGREES"、AORの名盤というだけあってあまりロックファンには縁のない世界。
 それが、このアルバムは曲がとにかく素晴らしいですからジャンルの壁を越えて私はよく聴いた。"Simone"は90何年にアンプラグドバージョンで再録音されたが、これは本当に名曲である。




20位!

CHEAP TRICK
ALL SHOOK UP


名曲
"Stop This Game"
"Just Got Back"
"Can't Stop It But I Gonna Try"
"Worlds' Greatest Lover"
"High Priest of Rhythmic Noise"

 "DREAK POLICE"もいいが、このアルバムも捨て難い。弾けは抑え気味。オープニングしばらくの空気がこのアルバムの印象そのもので、ポップでハードなアメリカンロック男たちが土の地面にしっかり足をつけ、トレンドを生むことよりも、以降死ぬまでプロのロックバンドであり続けることを心に刻み込んでいるかのような、本当にどっしりした印象だった。




19位!

STEVE WINWOOD
ARC OF A DIVER


名曲
"While You See a Chance"
"Spanish Dancer"

 ほとんどがロックファンには退屈な曲かもしれないが、1曲、"While You See a Chance"はベスト盤でも何でもいいから1回聴いてみてほしい。
 弾けた曲ではない。泣かないバラード、というかバラードにちょろっとリズムがついたような曲である。いで立ちとしては非常におとなしい曲であるが、これほど元気をくれる曲もない。




18位!

THE POLICE
ZENIYATTA MONDATTA


名曲
"Don't Stand So Close to Me"
"Driven to Tears"
"When the World Is Running Down, You Make the Best of What's Still Around"
"Canary in a Coal Mine"
"De Do Do Do, De Da Da Da"

 ゼニヤッタ・モンダッタ。関西の人間が着ぐるみ着てモノ売ってるのかと思う。エスニックテイストは日本人には通じなかった。
 ポップなREGATTA DE BLANC、マジじゃないSYNCHRONISITYという感じで、この3作目はまさに起承転結の「転」だった。
 でも、「ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ」の日本語バージョンは株落としたぞ。




17位!

MADNESS
ABSOLUTELY


名曲
"Baggy Trousers"
"EmBarrassment"
"Return of the Los Palmas 7"

 スカ、というらしい。こういうジャンル。でも日本語ではあまりに語呂が悪い。
 その「スカ」自体全然詳しくないが、このMADNESSというバンドが「スカ」というジャンルなら、間違いなくこのアルバムは「スカ」の最高傑作でしょう。
 フォークダンスをロック風にアレンジしたというこのバカ楽しさ。演奏しながらメンバーがこんな格好で踊り倒していたそうだ。一度観たかった。

(ファーストアルバムのジャケット)




16位!

BILLY JOEL
GLASS HOUSES


名曲
"You May Be Right"
"Sometimes a Fantasy"
"Don't Ask Me Why"
"It's Still Rock and Roll to Me"
"All for Layna"
"I Don't Want to Be Alone"

 オープニング、ガラスの割れる音があまりにも有名。
 エンターテイメント人としての優しさを後ろに下げ、ロック的にあくまで正統肌のカッコよさ、そして少々のシビアさも歌い込んだ名作である。ロックンロールアルバムとしても名作だと思う。
 どのベスト盤にも入っていない"All for Layna"という曲が今聴いても痺れる。




15位!

FOREIGNER
4


名曲
"Night Life"
"Jukebox Hero"
"Break It Up"
"Waiting for a Girl Like You"
"Urgent"
"I'm Gonna Win"

 JOURNEYの"ESCAPE"あたりと並んで80年代メジャーロックの顔と言っていい作品。どのジャンルの要素もバランスよく配合されている。
 アメリカでは音楽とはまったく縁のないような家でも必ず置いてあったという(多分)、普通人の部屋のインテリア化したロックだった。




14位!

QUEEN
THE GAME


名曲
"the Game"
"Dragon Attack"
"Another One Bites the Dust"
"Need Your Loving Tonight"
"Crazy Little Things Called Love"
"Sail Away Sweet Sister"
"Save Me"

 意外にハードロックなアルバムである、これも。
 ハードロックというか、ダイナミックロックである。小慣れているのか初めて触ったのか全然わからない、珍妙なシンセサイザー音が目立っていて、何とも微妙な趣きが最高である。
 メロディアスロックとしても完全無欠。勢いも冴えも最高潮であった時期の名盤。




13位!

REO SPEEDWAGON
HI INFIDELITY


名曲
"Don't Let Him Go"
"Keep on Loving You"
"In Your Letter"
"Take It on the Run"

 "Keep on Loving You"ももちろん名曲であるが、"Take It on the Run"のほうが歴史的な響きがあると思う。このアルバムでバラードロックの頂点に君臨した。このバンドの歴史は本当に長い。ファンは涙が出たことだろう。
 バラードでなくバラードロック。80年代メタルでいえばSTRYPERのお師匠とでもいうべきサウンド。ベスト盤で済ませずにこのアルバムだけはフルで聴いてほしい。


 

12位!

BUGGLES
THE AGE OF PLASTIC


名曲
"Living in the Plastic Age"
"Video Killed the Radio Star"
"Kid Dynamo"
"Clean Clean"
"Elstree"

 トレヴァー・ホーンとジェフリー・ダウンズ、この時期YESのメンバーであった、あるいは脱退直後の2人が作った、当時は100%未来形のポップスと呼ばれた作品。
 確かに人間の体温は感じないエレクトリック天国であるが、しかし人間の情がここに大きく存在する。
 「ラジオスターの悲劇」があまりにも有名だが、しかし当時からしてオールディーズの名曲を聴いているような、妙に懐かしい響きがあった。哀愁度は極めて高い。私の趣味でも特別な位置にある作品。




11位!

DAVID BOWIE
SCARY MONSTERS


名曲
"It's No Game"
"Scary Monsters(and Super Creeps"
"Ashes to Ashes"
"Fashion"

 死にますよ、このオープニング。
 日本語をこういう風に使った人はひとりもいないし、このあとも未来永劫ひとりも出てこないと思う。聴き所がそこだけなら珍作になるが、猛るパワーを溜め込み、放出させるハードロックも真っ青のタイトル曲、そしてデイヴィッド・ボウイ史上いちばん美しい曲と言われる"Ashes to Ashes"が収録されているので、見所も聴き所も満載の名作である。




ベスト10!

10位!

STEVIE WONDER
HOTTER THAN JULY


名曲
"Did I Hear You Say You Love Me"
"I Ain't Gonna Stand for It"
"Master Blaster (Jammin')"
"Lately"
"Happy Birthday"

 このアルバムこそロックファンが感動できるスティーヴィー・ワンダーである。レゲエに傾倒した作品、だそうだが、個人的にはこのアルバム500回くらい聴いて堪能したあとで、「レゲエって何?」というスッとぼけた感想である。
 翌年全面協力したポール・マッカートニーのアルバム"TUG OF WAR"と聴き比べるとわかるが、この"HOTTER THAN JULY"こそスティーヴィー・ワンダーがスティーヴィー・ワンダー流にロックンロールしているアルバムだった。いや、違うとしてもかまへんのだ。




9位!

ADAM & THE ANTS
KINGS OF THE WILD FRONTIER


名曲
"Dog Eat Dog"
"Ant Music"
"Los Rancheros"
"Kings of the Wild Frontier"
"the Magnificent 5"

 もう一度リバイバルしてほしい。
 アダム・アントは今アメリカで映画俳優になっているが、このアダム&ジ・アンツ。80年代、いやロック史上これほどアホなバンドはなかった。
 しっかりとメロディーはあるが、意味不明の打楽器が所狭しと鳴りまくり、これまた所狭しと暴れるコーラスなどすべてが雄叫び仕様。アホロック世界一である。ここまで来れば比較対象は「阿波踊り」くらいしかない。
 あまりのアホさに今、最も反応するのが幼稚園児だったりして。ホトホト呆れたそのあとは、ホトホト感心するしかない。
 次のアルバムではこのアホ音が西部劇風ヒーロー像を思わせるかっこいい音になる。




8位!

KATE BUSH
NEVER FOR EVER


名曲
"Babooshka"
"Egypt"
"Breathing"

 フォークロアの世界がずんと前に出た非常に妖しく艶かしいサウンド。この人の音楽は結局陽性なのか陰性なのかいまだにわからない。
 でもカントリーとかフォーク以上に、森やら林やらが似合う世界である。人間なんでしょうか、この人。




7位!

ABBA
SUPER TROOPER


名曲
"Super Trooper"
"the Winner Takes All"
"Happy New Year"
"Our Lat Summer"
"the Piper"
"Lay All Your Love on Me"

 メタルバンドにもたくさんファンがいたというABBA。
 歌詞などこっ恥ずかしくて読む気しないが、しかしメロディーの活かし方は全ジャンルのお手本だった。この音に影響を受けたメタルバンドは数え切れないほどたくさん存在する。この作品こそメロディー構築美学の究極形。この例を見ない完成度。10年かけて1曲完成する超努力の結果か、10の名曲を1日で作ってしまう超天才の腕か、どちらかしかない。




6位!

RAMONES
END OF THE CENTURY

 

名曲
"Do You Remember Rock and Roll Radio?"
"I'm Affected"
"Chinese Rock"
"the Return of Jackie and Judy"
"This Ain't Havana"
"Rock'n'Roll High School"

 "Do You Remember Rock'n'Roll Radio?"は永遠の名曲。90歳になってもこれを聴いて童心に帰ることができる。聴いているときの幸せ感が違う。
 この曲があまりに突出していて、他の曲の印象がどうしても薄くなるが、何を何を、名曲揃いである。
 1、2、3、4ロックンロールから一歩上のステージに立った、バラエティーあふれるロックの遊園地である。




5位!

BRUCE SPRINGSTEEN
THE RIVER


名曲
"the Ties That Bind"
"Sherry Darling"
"Independence Day"
"Hungry Heart"
"I Wanna Marry You"
"the River"
"Point Blank"
"Cadillac Ranch"
"Ramrod"
"Drive All Night"
"Wreck on the Highway"

 2枚組大作、全20曲全部が名曲というモンスター作品である。強烈にスケールアップしたこのサウンドを、特にフォークロックサイドからこの人を評価していたファンは「派手すぎる」と敬遠したそうだが、それはそれで平和な話である。
 ここにはアメリカンロックのすべてがあった。今聴いてもまったく古いとは思わせないこの音の艶。今風も何もなく、この艶が歴史的名作のいちばんのエッセンスである。




4位!

XTC
BLACK SEA


名曲
"Respectable Street"
"Generals and Majors"
"Towers of London"

 明るくない印象の中に玩具博物館のような楽しい印象もちょこちょこ顔を出す、独特のスタイルである。根は明るい自閉症、と言えば怒られてしまうだろうか。
 これで3作目であるが、のちのちのスタイルにもつながるメロディー技がこのアルバムで初めて炸裂しているような。まっすぐ行きそうで全然まっすぐ行かない独特のメロディーラインがオープニングから楽しめる。



第3位!

DIRE STRAITS
MAKING MOVIES


名曲
"Tunnel of Love"
"Romeo and Juliet"
"Skateaway"
"Expresso Love"
"Solid Rock"

 結局、どの曲もサビらしいサビのない、当時からしてもまったく今風ではなかったスタイルであるが、しかし曲全体のメロディーラインが強烈に耳にこびりつく。ある種これも大いなるパラダイスサウンドだと思う。
 初めて聴く人にはえらくヒョウヒョウとしたメロディアスなフォークロック、そんな印象かもしれない。
 女性がこの世界をどう評価するか、昔から同胞のいない私はまったくわからないままであるが、しかしハードロックの何倍も「男」を感じさせるサウンドである。男らしくて、男臭くて、無骨で、不器用で、無愛想で、そして最高の人格者である。わしもこうなりたい。しかし産み直してもらわなければ無理、ということで、次産まれるときはイギリス人に産まれようと心に決めた次第である。




第2位!

DARYL HALL & JOHN OATES
VOICES


名曲
"How Does It Feel to Be Back"
"Kig Kids"
"Hard to Be in Love with You"
"Kiss on My List"
"You've Lost That Lovin' Feeling"
"You Make My Dreams"
"Everytime You Go Away"

 95、6年ごろだったか、1年以上メタルから離れて黒人ソウル、ブルースに没頭していた時期があって、なんでまたメタルに戻って来たのか自分でもわからんが、はじめ、黒人ソウルやモータウンに没頭するきっかけになったのがビリー・ジョエルの「イノセントマン」や、このへんのアルバムだった。
 正確に言えば黒人ポップスの窓口というより、黒人ポップス王道のエッセンスを体得した白人ポップスである。心の皺(しわ)をメロディーに変えて歌う、そういう辛気臭さはこの人たちの場合かなり薄められてはいるが、その分倍加したFUN精神が花咲いた、音楽界でいちばん景気のいい世界だった。これほど理屈抜きの音楽もない。




第1位!

BLONDIE
AUTOAMERICAN


名曲
"Europa"
"Live It Up"
"the Tide Is High"
"Rapture"
"T-Birds"

 売りはセックスシンボルでもあったデボラ・ハリー嬢でありながら、「恐怖のアリ軍団」という曲があったり、アホなのかと思えば特にギターのフレーズがぎらっと光ったり、デビュー時から只者ではなかったこの人たち。そんなバンドが本気のマジになったのがこの作品。
 鳥肌が立ち、興奮し、笑い、哀しくなり、懐かしくなり、そして元気になれる。これが音楽である。
 絵筆を緻密に走らせることだけが天才の表現方法ではないという、まったくもって正しい声が聞こえてくる。デボラ嬢が完全にマリリン・モンロー化に成功した曲もあり、アメリカ文化史では非常に重宝されるアルバムだと思う。



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番外編!!



これから語ることは。








私は何者なのか。
という部分に、関わる話である

ここで告白する。




このホームページを始めたか始めなかったかの頃、ちょうど2000年くらい、私はない金をはたき、シーケンサー、YAMAHAの何とか言う機械を買った。
記録するのにフロッピーディスクを使用する、という代物だった。

ギターの音などはウルトラへぼい音であったが、ギター以外はなかなか聞ける音だった。


私は曲を1曲作った。

私は譜面を書けない。
だから、まずドラムスのパターンを入れ、次にベースを入れ、あろうことかピアノまで入れた。
全部、機械についている小さいキーボードで入力できた。




そして、スタジオを一人で借り、その昔5万円ほどで買った安物ギターを片手に、録音した。


録音はスタジオのにいちゃんが手伝ってくれたように思う。

歌も入れようと思ったが、歌詞がどうも恥ずかしくて、考えるのに難儀した。

テキトーな英語の歌詞を作った。

歌って録音した。









正直、自分の声は全然想像していたものと違った。

自分で言うのも何だが、結構聞けるのだ。

クリアボイスで歌い、サビがあり、次の展開で途中を吐き捨てにし、そしてクリアボイスでサビ。


バンドをやっている知り合いはいた。

一度歌わせてもらっても悪くない、とまじで、思った。



MDに落として、ライブハウスで月1度出ている程度のバンドの、アメリカンハードロック(みたいな音楽)をやっている知り合い、そいつに聞かせた。


笑いやがった。

割と長く笑っているので、私は怒った。

やっと笑いの止まったそいつは、言った。

「びっくりした。すごい、シーケンサー使えてるやん。
いやぁ、驚いた。最近オタクが増えて、自分で何から何までやって、持ってきよる奴がおるんやけど、もう少ししたらパソコンでシーケンサーができるそうやで。
そうなったら、もっと自分で音楽作る奴、増えるんやろうな。
それでおまえの音楽。
もう少し、絞れ。」

「へ? もっと丁寧に作れってことか?」

「ちゃう。作りたい音楽のジャンルを絞れ」

「何言うてんねん。どう聞いてもブリティッシュハードロックやろ。」

「あのな。
 ジンギスカンがレインボーやってるみたいな音や。
 あ、ヴィレッジピープルがディープパープルかもしれんな。」

 

 

私は金輪際、音楽を作ることをあきらめた。




ジンギスカンと、そしてヴィレッジ・ピープル。

私の洋楽の、原体験である。



だから、今があるという気も、老人となった今では思うようになった。





「初めて買った洋楽は何ですか?」

「QUEENのオペラ座の夜、かな。中学生には、高い買い物やったよ」




全部、うそっぱちである。

よくもそんなことが、言えたものである。


私の洋楽初体験は、ジグソーの「スカイハイ」
ミル・マスカラスの入場テーマ曲であり、B面はジャイアント馬場の「スポーツ行進曲」だった。
ドーナツ盤と呼ばれた、シングルレコードだ。

そしてジンギスカンにヴィレッジ・ピープル。

やがて、友人の、免許ないのにラッタッタに乗る不良の姉貴にKISS「地獄の軍団」を聞かせてもらった。


洋楽の原体験、と呼べるものはこのくらいまでである。

 

1980年
堂々の第1位!

DSCHINGHIS KHAN(ドイツ語表記)
またはGENGHIS KHAN(英語表記)

要するに ジンギスカン(日本語表記)

これは2007年 大大、大復活アルバムのジャケット

1980年に出たのはこっち


GREATEST HITS - ROM -

 数年前は、誰が火をつけたのか、「目指せモスクワ」がリバイバル。
 それ以前に、何年も前からとある女アイドルグループがパクリ倒し、または真面目にカバーするなどして、それに普通のテレビ番組でもやたら流されてるから、「ジンギスカン」という曲だけは国民的認知度と言っていい著名度を誇っている。

 実際それを誰が誇っているのかというと、よくわからないのだが、ドイツ本国のこの人たちに見合う印税など、ちゃんと入っているのかと心配になる。

 ドイツ語のディスコミュージック。
 私は、告白するが、ロックなどよりも、クイーンよりもレインボーよりも、ストーンズよりもビートルズよりも、そんな正統派なものよりも、洋楽初体験に等しかったのがこのジンギスカンである。
    
 とにかく、こういう人たちだ。

    
 米米CLUBの原型である。(本当)

 私が12、3歳くらいの頃だと思う。
 私がこれを聞いて何をしていたのかというと、今思い出すのは。
 近所に、コウちゃんというのと、マコトくんと、ブーちゃんという幼なじみがいた。
 ちんこに毛も生えていない頃である。
 お互い家を行き来し、風呂に入ったりする。
 ジンギスカンは風呂上がりの、「踊り」のBGMだった。そんなに長い期間ではなかったと思うが、もちろん裸踊りである。
 カセットテープに入っていたのは人類の名曲「ジンギスカン」だけでなかった。
 「ハッチ大作戦」、そして「めざせモスクワ」。僕らの裸踊りは決して1曲では終わらなかったのだ。

 ...親たちは大変、迷惑していたと思う。

 大阪周辺以外の方はどう思われるか、わからない。
 しかし大阪の子供は、とにかくすぐに踊るのだ。昭和40年代。まさにアホの花咲く毎日だった。
 エンターテイメント精神、というものではない。魂の表現である。
 大抵、爆笑しながら踊る。なぜか裸である。

 やはり、振る奴が必ずいる。
 爆笑にターボがかかる。

 アホは決して子供だけではなかった。

 あの時代のアホな大人の話など腐るほどあるが、例えば、私が高校生の時である。昭和50年代終わりごろ。
 世界史のテストがあった。
 教師はまだ若い奴だったが、あまり冗談の通じなさそうな、面白くない奴だった。
 しかし、テスト問題。
 西アジア方面の問題だった。
 ジンギスカンの孫がフビライ・カンだったか、またその子孫が建国した国、というのがいくつもあって、オゴタイ・ハン国とか、キプチャク・ハン国とか、そんな名前だったと思うのだが。
 解答の選択肢に、そういう、舌を噛みそうな国の名前がいくつもある。

 その中に、「キラー・カーン」というのがあった。
 試験中に私は教室から放り出されそうになった。

 さて、真面目な話。
 私がかなり昔に買ったCDがコレ
であるが、通して聴けば、やっぱり凄いのである。メンバー全員、歌のプロ。もうちょっとましな言い方ができんのかと言われるだろうが、とにかく、歌のプロである。男メンバーが歌っても女メンバーが歌っても。
 今聞いても血が騒ぐ。身体の芯が音を出し、震えるのがわかる。

 あの時代のように踊ってしまったら、逮捕である。

 何でもかんでも復活してしまう2000年代、この人たちの復活ほど嬉しかった出来事はない。
 2007年リリース、7 LEBEN。
   
 オープニング曲は「テムジン」と来た。
 う! も、は! も。
 全部そのまま。
 30年近くの年月が、駆ける馬のひとっ飛び、
 ライライライララライララライ、
 
 これは、現役やんか。
 としか言いようがない。

 昔は、アホのおもろい音楽だったのが、今ではこの速効性の高いアホノリの向こうに、創作者の頭脳的パワーなんてものが見えてしまう。
 レニングラード・カウボーイズなんて、本物に比べると全然ガキの遊びにすぎない。
 本物の音である。
 ブームは日本が一番激しくて、そして日本だけでもなかったみたいである。
 これ見よがしに思える再録音バージョンもまた、感動の出来である。
 まじで凄い。
 
 もしジンギスカンがドイツ語で歌っていなかったら、この30年40年キーピング人気は絶対なかっただろう。
 そしてジンギスカンと出会わなかったら、私は音楽マニアにはならず、今頃おっさんとして普通の人生を送っていた。

 ありがたいというか、ありがたくないというか...



1979年、西ドイツの音楽プロデューサー、ラルフ・ジーゲル(de:Ralph Siegel)と、経済学者であったベルント・マイヌンガー(de:Bernd Meinunger)が、当時人気を博していた西ドイツのアーティスト、ボニーMのヒット曲『怪僧ラスプーチン』 (Rasputin) をモデルとして『ジンギスカン』という楽曲を作った。それをヨーロッパのポップ・ミュージックの登竜門でもある「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」に応募するためにメンバーが集められ、結成したのがこのグループである。
                            - ウィキペディアより

ジンギスカン・日本語曲名ギャラリー(抜粋)

インカ帝国(マチュ・ピチュ)
コンチキ号の冒険
哀愁のピストレーロ
外人部隊
妖精クラバウターマン
アルプスのドゥーデルモーザー
前人未踏の地ヒマラヤ
闘牛士の死にオーレ!     ← すごい...

http://www.youtube.com/watch?v=Br36QsBFe3I
ハッチ大作戦

http://www.youtube.com/watch?v=NvS351QKFV4
超有名 目指せモスクワ


http://www.youtube.com/watch?v=JhDHtKpfP0o&NR=1&feature=fvwp
ロシアのテレビ局制作。不覚にも感動...





まだまだ。

 

1980年
堂々の第1位!

VILLAGE PEOPLE
ヴィレッジ・ピープル


これは78年の「マッチョ・マン」



これは今でも買いやすいベスト盤


1980年に出たのは

CAN'T STOP THE MUSIC (original soundtrack)

 この音は、何年も前からとある女アイドルグループがパクリ倒してなど、いない。
 今では知る人ぞ知る、という存在になりかけている。
 ただし、1970年代は日本では西城秀樹がカバーするなど(ご存じYMCA)、それにピンクレディーもIn the Navyを全然違う歌詞で歌ってたように思う。
 
 ジンギスカンほど私らアホガキの間で流行したわけではなかったが、私は1978年?79年?ごろ、ヴィレッジ・ピープルのステージを観ているのだ。厚生年金大ホールだったと思う。
 チケットを買って観たのではなく、ヤングマガジンかヤングジャンプの懸賞で当たった。
 おまけにそのヤングマガジンかヤングジャンプかは、友人の兄貴にもらったものだった。

 そういう場合、普通、チケットは試写会のように、ペアで来なさい仕様になっている。
 しかしペア仕様ではなく、一人券だった。
 私は一人でおっかなびっくり、観に行ったのである。
 ハードロックに目覚めてレインボーが好きだの、リッチー・ブラックモア命だののたまう、まだ何年も前である。
 コンサート、というよりも、素晴らしい演劇を観させてもらったような気がしたのを覚えている。

 こんな音楽なのに、全然誰も立たない。
 座ったまま聴いている。
 コンサートは、最後の曲近くになって、観客が立って踊り始めるというのが普通だった、という、そういう時代があったらしい。
 正直、私が洋楽に目覚めた頃はコンサートは最初から観客全員立っていたが、それより前の話である。

 それで、一人で来ている中学生のアホ坊主(私)は、隣に座っていた女の人に腕を取られ、最後の数曲アホ踊りだった。
 その女の人に、帰り、マクドナルド(のようなところ)に連れていってもらったのを覚えているが、残念なことに、その人の顔も全く覚えていない。
 
 繰り返すが、コンサートというより、素晴らしい演劇だった。
 それはもう、こういう人たちである。
   
 私は、初めて接した洋楽に、音楽の深みを教えてもらったのではない。

 音楽の楽しさを叩き込まれてしまったのだ。

 そして、このアルバムである。

 しっかりと映画館で公開された。見に行った私が言うのだから間違いない。

 タイトルが「ミュージック・ミュージック」。
 一緒に見に行った人間が、こういう音楽に100%縁のない人間であった。
 私の親父である。

 私はこの映画をめちゃくちゃ見たかった。
 数年前、音楽の楽しさを教えてくれた人たちの映画である。
 しかし金がなかったか、何かの理由で見に行けなかった。

 うちの親父は変わった人間だった。というか、アホだったというか、ホラー映画が大変に好きであった。そのお供はいつも私である。
 当時のホラー映画(「恐怖映画」といった)は子供は入場禁止だったという伝説があるが、しかし私はエクソシストもサスペリアも、悪魔のはらわたもサンゲリアも、サランドラも地獄の謝肉祭も、子供の頃に全部、親父に引っ張って行かれたのである。
 おかげで私もホラー映画マニアになった。
 それはどうでもいい。

 ある日、いつものようにホラー映画に引っ張られていった私が、隣でやっていたこの映画を見たい、絶対見たい、見なかったら死んでしまう、と親父を説得して、急遽予定変更で見たのがこの映画だった。
 「ミュージック・ミュージック」はヴィレッジ・ピープルのサクセスストーリーを幾分誇張して描いたサクセス・ストーリーのミュージカル映画である。
 この音楽が分からない人には、ウルトラ退屈な映画だったに違いない。
 ただし、好きな人間には最高の映画だった。
 アバが好きな人は「マンマ・ミーア」感激したでしょう。
 それと同じである。
 ホラー映画でもよく寝ていた親父が、まったく寝なかった。

 親父の晩年、おまえが子供のときいっしょに見に行った、土人の踊る映画おもろかったな。と、病床でも言っていた。(親父にとって黒人はそう呼ぶもので、別に差別的な意図はない)

 日本では、ビデオは出ていたと思う。
 しかし見たことがない。
 結局、私も当時の親父の年齢近く?になってから、ということだろう、2年ほど前に、DVDでアメリカのアマゾンから購入した。
 日本語字幕なんてない。当たり前である。

 しかし、私にとっては「ニュー・シネマ・パラダイス」最後の5分状態だった。

 なんと絵にならない。

 このサウンドトラックでは映画の楽曲がすべて網羅されているが、ヴィレッジ・ピープルの歌は半分くらいしかない。しかし他の出演者もほとんどミュージカル俳優だったのだろう、全編70年代ディスコミュージック+ポピュラーミュージックの良心にあふれた、俗な言い方をすれば「捨て曲なし」というやつである。
 
 ヴィレッジ・ピープルについては、もちろんベスト盤が今でも安く買える。

 真面目に紹介させていただくと、この人たちもまた、歌が馬鹿ウマである。黒人ソウルシンガーなのだから、そのうまさは本物である。
 ゲイ文化の先頭を担った、という別の側面もある。
 では音楽がそういう色なのかというと、全然違うから、すごい人たちだったと思うわけで。
 ディスコミュージックのスターであった以前に、キャリアとしては必ずソウルシンガーだったという下地があるはずで、特に活動初期、活動後期2人のリードシンガーの馬鹿うまさには、特に大人になった今、感動すら覚える。

 幼い頃に慣れ親しんだアニメの音楽を聞く懐かしさとは、全然形が違うのだ。
 懐かしさ以上に、ひたすら感心、である。
 それは音楽的に優れたものであるからに他ならない。

 など、まじめに語っても仕方のない音楽であるのは百も承知なのだが。

 私はいまだにCan't Stop the Musicである。

 ありがたいやら、ありがたくないやら...



フランス人音楽プロデューサーのジャック・モラリが仕掛け人。モラリが、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジにあるゲイ・ディスコを訪れた際に、インディアンの衣装を身に着けたダンサー、フェリペ・ローズを発見。また、その周辺ではカウボーイや道路工事人のコスプレをした男達が踊っており、これを見たモラリが「ゲイの象徴的グループを作ろう」と思いついたのが始まりである。グループ名は前述の「グリニッジ・ヴィレッジ」に由来する。
                                       − ウィキペディアより


※ 映画の主役がスティーブ・グッデンバーグ、後に知った。
 私の好きな役者さんで、有名な役どころはポリス・アカデミーの主役マホニー。

 

http://www.youtube.com/watch?v=NUCIFFVRndc
Can't Stop the Music !
http://www.youtube.com/watch?v=zKdJxnMuC-g&list=PL3DCD415913E0C29A
画像が悪いがこっちのほうが音質いいです

http://www.youtube.com/watch?v=AO43p2Wqc08
マッチョマン これは笑える...

http://www.youtube.com/watch?v=1wc-AQJ2MYo
Go West やっぱりこの曲が一番素晴らしかったりする

http://www.youtube.com/watch?v=-Q7xzT4QLmU
PET SHOP BOYSによるカバー 懐かしい...



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