第3章

「6、5、4、3、2、はい、スタート!」

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=L_kiDEGRq6g
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「みなさんこんにちは!
 NTV6月の特別企画、80年代よもう一度スペシャル! 今から6時間、80年代にその頂点を見たヘヴィ・メタル! ハードロック! その数々について、前代未聞、リスナー、ファン同士のトーク形式で進めて行きたいと思います!
 司会は私、如月涼こと、大須川剛太郎でございます! 今、テロップで私の経歴が出ておるでしょう。そういうことでありまして
ぇ」
 声が半分裏返った。
 長髪のヅラ。
 モップを直接嗅いだような、すえたにおいがする皮ジャン。
 背中にはなぜか大きく、筆字調で「海賊」と書かれている。
 局の地下の倉庫にあったそうだ。
 絶対に嫌だとディレクターに言ったのだが、契約不履行になりますよと脅された。
 昔、被り物を着てアルバイトをしたことがあったが、あれとは気分も全然違う。今回のように顔が丸出しとなると、開き直って自らテンションを上げ、馬鹿になるしかない。

「今日は私を含め、まったくの素人ばかりです。CS局のみに許された、アドベンチャラスな番組となりました。
 しかし。懐かしいPVを続けて流して、プロの評論家がどこかで聞いたような解説を付ける。おもしろくないですね、それじゃ。映像なんか、パソコンやスマートフォンでいつでもご覧になれます。
 メタルに限りませんが、好きな音楽でもっとも盛り上がる瞬間というと、第一にライブ。
 その次に、同じ趣味の仲間たちとの会話です。
 昔、ライブの帰りに仲間たちと盛り上がった時間。
 リアルタイムで80年代メタルを知っている方は是非、その楽しさを思い出してもらい、そして80年代を知らない若い方には、ここで盛り上がったバンドの名前をしっかり覚えていただけたらこれほど嬉しいことはありません。
 ギャラリーのみなさま、年代別に、6人の方がいらっしゃいます。
 それぞれ自己紹介、していただきましょう」

 6人はそれぞれ、自己紹介した。
 大須川ひとりが間抜けなこの格好。
「長い番組ですが、ずっと、最後まで、メタルの名曲を延々、連続して流していきます。
 みなさん、じっと聴くもよし、発言もOKです。古いものから、いわゆる、レジェンドと呼ばれるバンドの曲から流していきます」
 拍手。
 しかし全員緊張しているせいか、パカパカパカという間抜けな音である。

「では最初の1曲目」
 大須川の前にはノートパソコン。曲は全部セットしてある。
 ノートパソコン画面の一部が、学校で使うようなプロジェクターを通し、バンド名と曲名、アルバム名、リリースされた年が表示されて、前の白い壁に映し出される。
 バンド名、曲名くらいはテロップで流れていると思うが、それはわからない。
 出演者たちには何の曲が飛び出すか、伝えていない。選曲はすべて、大須川の手によるものである。
 オーディオセットに連動されたミニパソコンのキーを、大須川はタッチした。
 

http://www.youtube.com/watch?v=BRo3u04vY1E
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 おー、と手を叩いたのは爽やかマン名倉。
 懐かしい、と視線を宙に向けたのは主婦の三上。
 黒田は機嫌が悪いのか、横を向いている。
 残り3人の若者は、きょとんとしていた。
「オープニング、これですか」 名倉が満足げに腕組みをしている。
「私、あんまり聞かなかったけど、この曲はよく覚えてる。当時の彼氏が大ファンだったもの。濃〜い曲、たくさんあったよね」
 名倉が三上の後を継ぐ。「濃かったよね、ほんとこのバンドは。見た目も濃い。昔はフッツーに、黒人ボーカリストなんて言われてたもんな。70年代ハードロックと80年代メタルをつなげた、世界一の功労者ですよ」
 しゅっ、と前を向いた黒田が応える。「70年代ハードロックと80年代ヘヴィ・メタルの中間にいたバンドだった。こういうバンドがいなければ、メタルは大衆性という面で大きくつまづいていたかもしれない。ともすればアクロバットに走りがちのハードロックに、哀愁観を付け加えたところが大きい。それに、彼は死ぬ間際に"A Day in the Life of a Blues Singer"という曲を、シングルのB面という形でリリースしている。この曲がいわばフィナーレであって、そこには各名曲に血として宿っていた躍動感すら」
 大須川が黒田を遮った。黒田の目つきは、何となく危ない気がした。
「お若い方3人にも感想、頂きたいと思うんですけど。真壁さん、どうです?」
「はい、何というのか、すごく男らしい曲ですね。歌詞も映画みたい。いつの曲ですか?」
「1976年です」
「へえ。その時期にして、80年代メタルを予見していたかのような音の太さを感じます。うわー、サビがやっぱりかっこいい」
「今風メタル博士、高井くんはどう? これがレジェンドの音です」
「オールディーズじゃないですか。レジェンドと言うにはあまりにのどかな音です。これはレジェンドじゃないですね」
「おいおい、雑誌とか読んだことないのか? 勉強不足だ。何言ってるんだよ」 黒田の太い声。
 高井が露骨に嫌な顔をした。
 大須川は焦る。
「あの、黒田さん、みんなに自由に言ってもらいましょう。解釈は人それぞれの自由ですから」
 藤村が素っ頓狂な声を上げる。「イェ〜イ! そのと〜りですよね。ねーねー、あれじゃない、これじゃないって、否定的な意見っていうの? そういうのはやめようね。高井くん。それに、コワい先生みたいなしゃべり方はどうかなーってわたし思うんだけどぉー」 丸い目で藤村は黒田を睨んだ。
「じゃあ藤村さんはどう思った?」
「えーとね、おじさんのロック!」
「ありがとう。じゃあ、おじさんのロックは、どんな印象?」
「おじカッコイー!」
 フン、と鼻息を鳴らしたのは黒田である。
「いやあ、でもシン・リジーがメタルの元祖という解釈も、面白くていいな。ここから世界が始まるという奥深い曲でもあるし、かっこいいという単純な感想もまた大いにOKなんじゃないかな」
 長老と若手の間に走った微妙に険悪な雰囲気を、名倉がカバーした。


http://www.youtube.com/watch?v=XZt0LopsxzU
 ★  

 その名倉が、立ち上がって喜んだ。「うわー、マジすげえ、くろくろさん、違った、大須川さんの選曲はスゴいっすよ」
 黒田が露骨に嫌な顔をした。同時に戸惑っているような顔をしている。
「あれ、黒田さん、この曲知らないんですか?」 あけすけに名倉が訊く。
「...俺だって別に、古くてマイナーな音のすべてを隅々まで開拓してるマニアってわけじゃないから」
「これがまた、まったくマニアックなバンドじゃなかったりする。イギリスではいまだ、国民的人気を誇るバンドです。俺、めちゃくちゃ好きなんですよ」
 その言葉に、大須川は名倉の元に駆け寄り、腕相撲をするような握手をした。「私が世界一好きなバンドです。2014年の今現在は、ハードポップの激しい版のような音楽を老骨に鞭打ってやってらっしゃいますが、どうです、1975年、80年代メタルも腰抜かすこのハード&ヘヴィーの世界」
「これもおじカッコイー!」 藤村が右手を振り上げた。
「でしょう。これをね、君たちの両親より年上のおっさんたちが若かりし頃、やっていた音楽です」
 名倉が微笑む。「おじカッコイー。今日、新しい言葉が生まれましたね」
「固有名詞としてのヘヴィ・メタルはイギリスから生まれたものです。そしてイギリスのレジェンド、ベテランバンドが1970年代からこういう、激しくて、そして親しみやすい音を出していた事実」
「イギリスの音楽って、奥深いんだねぇー」
「そうです藤村さん、奥深いよ。ではもう1発、レジェンドを」


https://www.youtube.com/watch?v=GhZ4t7pRyjE
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 一番顔色が変わったのは、無表情が普通の高井である。
「あら、高井くん、好きなんだ?」
「はい。僕は一番のレジェンドだと思ってます。他のレジェンドは知らないし、あまり認めたくない」
「ブラック・サバスと言ったら、あれだよね。チャーンチャーンチャン、チャラララチャラララ」 流れている曲を圧倒する声で三上が歌いだした。
「パラノイドは有名すぎてつまんないですよ」 高井は無表情に戻っている。
「この、ウネるコールタールの津波音、疾走する重量感の原点です」
「名倉さん、こういうのも好きなんですか?」
「ひと通り、ね。音的に、今でも物凄い数のバンドに影響を与え続けてる。だよね、高井くん」
「その通りだと思います。音も凄ければ、オジーのビジュアルも凄かったと思います」
「どう、これ? 藤村さん」
「んーと。げろんげろんのゾンビとかでろーんって出てくる人たちっているじゃないですか。ああいう、コワーいバンドにも影響とか、与えちゃってるって気がするよ」
「あっはっはっは」 三上がおばちゃんお馴染みの仕草で藤村の肩を叩いた。「でもね、私が若い頃、ブラック・サバスは別格という感じで、女子はあまり聞かなかったな。巫女ってあだ名の子がいて、その子はよく聞いてたな。全然友達いなかったけどね」
「真壁さんの世代では、どうでした?」
 OL姿でリズムを取る女性の姿も悪くない、と大須川は不埒なことを考える。
「オジー時代のブラック・サバスはあんまり聞いてないんです。オジーは大ファンなんですけど、ブラック・サバスはあんまり走らない、スローでダークなイメージがあって、オジーみたいに弾けてないし...あれ、否定的なこと言ってすみません。でもこの曲は凄いスピード感ですね」
「感想をそうして、自由に話してくだされば」
 大須川はふてくされている黒田をちらっと見た。
 放っておこう。
「さてみなさん、レジェンドはこのくらいにして。
 さて、様々な解釈が存在しますが、ヘヴィ・メタルという固有名詞、いわゆる、カルチャーとしてのヘヴィ・メタルはイギリスで産声を上げたのはニュー・ウェイブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル、略してNWOBHM」
 大須川はホワイトボードにそう書いた。
「読み物、読まれる方なら絶対にこの言葉は目にしたことがあると思います。
 次はこれ」


https://www.youtube.com/watch?v=4Kmn_9CILtM
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 OL姿の真壁が小さく手を挙げる。大須川の顔がにやける。
「これ、私大好きです。70年代の燃費の悪い大きな車が、コンパクトなスポーツカーになったみたいな」
「至極真っ当な感想、ありがとうございます。
 これが、これに代表される若いバンドの音が、70年代ハードロックに対する畏敬と反発、相反する気持ちを込めて炸裂させた、音楽爆弾でした。真壁さんがおっしゃったように、コンパクトで高性能になったハードロック、つまり新生、ヘヴィ・メタルです」
「でもボーカルがハンパだ」 無表情男、高井。
 黒田がむっとした顔をしたが、何も言わない。
「ハンパ。そうですね、どう、ハンパであるか、教えてもらえませんかね」 なぜか大須川は揉み手をしている。
「声が伸びてない。でも、パンクスタイルならもっと叫んでもいいはず。中途に歌で、中途にパンクみたいな。何がやりたいのか、よくわからない」
 スタートダッシュ寸前のような表情をしている名倉に大須川は振った。「名倉さん、お願いします」
「雑誌で読んだんだけどね、このアルバムが登場したとき、ハードロックファンだった当時のおっさんたちがみんな、『ちゃんと歌え!』って言ったんだって。まさに、君が言うハンパさ。
 でもね、歌ってるようで歌ってない、歌ってないようでちゃんと歌ってる、つまり、バックの演奏と距離ができたんだ。悪い意味の距離じゃなくて、どんな音楽でも必ず主役だったボーカルが、その目立ち具合という点を、バックの演奏に譲ったという見方もできるんだ。
 ボーカルは、楽器の一つ。そう思いながら、よく聞いてごらん」
 素直に高井はスピーカーに耳を傾けた。
 10秒後、へぇー、という感じで、高井は名倉に目で応える。
「だろ?」
「あの。変な言葉が浮かんだんですが、悪い言葉じゃないと思います」
「なんだい?」
「盾と矛の乱れ打ち」
「ぶわっはっは」 おっさんのような声で名倉が笑う。「そうそう、そんな感じ。まさに、この時期の若手メタルは盾と矛の乱れ打ちだ。力を抜けば矛盾だけが目に付き、音楽として成り立たないところを、そこは当時の有名プロデューサー、ミキサーたち裏方たちのマジックだよね」

 緊張して話さない出演者たちにどういうふうにしてエンジンをかけてもらうか、そればかり考えていた大須川は、それが無駄な心配に終わりつつあるのが嬉しかった。「盾と矛の乱れ打ちか。キミは言葉がうまい。どんな感じ? 藤村ちゃん」
「藤村ちゃんじゃないよ。アビゲイルだよ。アビちゃんって呼んで。
 んーとね、怒ってるよねー、音が。でもこの、ぶりんぶりん鳴ってるベースの音とか、ちょこまか動いてるって感じのドラムなんか聞いたら、パンクみたいに、怒りにまかせて音楽演っちゃえーっ!みたいな、そういう、ノリだけの音楽じゃないと思う。スゴい真面目に練習してる、って感じ」
「だよね。三上さん、当時の女性陣の人気はどうでした?」
「なんていうのか、音楽的に語れるようになったのはずっと後で、あのときはやっぱりルックスかな。スティーヴ・ハリスのキラキラした目にイチコロでした。クライヴ、ドラムの子だけど、まだ中学生みたいな顔してたもんね」
「あはは。童顔の凄腕ドラマーですか」
「そうそう、そんな感じ」
「先頭にいたのがこのバンドでしたが、さて、このバンドもまた、先頭にいたんです」


http://www.youtube.com/watch?v=bjEFL4-7y7k
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 効果音のイントロに全員が耳を澄ませる。
「...全然、メイデンと感じ、違いますよね」 でも私はよく知ってるぞ、という目つきで、真壁が大須川の目を見つめた。
 早くも、大須川は真壁のぞ美にイチコロになりそうだった。
「ですよね。当時、バイカーズ・メタルと呼ばれた、最初からメジャーレーベルに大いに注目されていたバンドです」
「私は雑誌のカラーページを飾っていたようなキラキラの人たちより、あ、三上さん、ごめんなさいね、私は、最初から女性ファンを相手にしない、ワイルドなバンドのこの時期の姿を見ると、なんかきゅんとします。私はサクソンが一番好きです、この時期のバンドだったら」
「ほう。あなたは凄い。若干83歳、メタルマニア歴50年は優に超える私でも、サクソンが一番好きという女性に出会ったことはありません」
「出ました、くろくろ節」 名倉が茶々を入れる。
「名倉さん、メイデンとサクソンを続けて聞いて、どう思われました?」
「サクソンは、曲は出来不出来の差が大きかったように俺は思うんですけど、そういった意味ではメイデンの方が名曲メイカーだったかなと思うんですが、しかしサクソンはデビュー時から余裕、ぶっこいてましたよね。
 当時のメンバーショットも、メタルバンドは、みんなスコーピオンズみたいにグワーッと凄むか、メンバー4人5人横に並んで睨みつけるようなのが多かったですけど、サクソンは全然違って、腕とか組んで、立ち位置もバラバラ、なんだおい、って、偉そうな写真ばっかりでしたもん。
 デビュー時から本当に20代か?というくらい、おっさんの集まり。すでにハゲもいた。それが音楽性だったと俺は解釈してます」
「いましたね、ハゲのおっさん、わははははは」
 直後、いらんことを言ってしまったと、長髪のヅラで隠れた頭部を大須川が自分で意識する前に、ギャラリーの視線が大須川の額の上あたりに集中した。
「要するに、偉そうだった、ということですか。先輩にこびへつらうか、または若さだけを押し出して先輩に勝とうとするか、そういう常識的な流れを無視して、サクソンは確かに余裕ぶっこいてました。そこもまた、若い連中に大きな支持を受けたんですね。
 次も新人バンドです」


https://www.youtube.com/watch?v=G2mjiRF4eic
 ★ 

 ウンバウンバウンバ、どんどん。ウンバウンバウンバ、どんどん。
「きゃははは、なぁにー。これ!」 藤村が手を叩いて笑った。
「私はこのバンド、この時期の若手メタルの中で一番好きなんですけど」 仁王立ちの大須川。
「大須川さんも、おっちゃんメタルファンですか?」 これは初めて聞いた、という顔をして三上が尋ねた。
「おっさんメタル、でいいんです。そうですね、おっさんメタル。
 ここ、80年代メタルを語る際には外せないポイントです。
 メンバーは当時20年代前半、まだ全然若いはずなんですが、アビちゃんと同じくらいの年齢のはずなんですが、どうでしょう、この枯れた声。ホコリくさい演奏。かーなり、おっさんです。若いのに、何故にこんなにおっさんな音。
 このテのバンドは日本ではかなり評価が低かったですが、当地、イギリスではメイデンやサクソンと人気を分け合いました。どう、これは、高井くん?」
「...これも僕にとってはオールディーズですかね。フツーのロックにしか聞こえません」
「それもまた、正直な意見でしょう。ミュージシャン視点、リアルタイムのマニア視点、若いロックファン視点、全部が全部違うから、ロックは面白いんです。で、NWOBHMは」 大須川はホワイトボードを叩いた。
「一瞬の音楽革命に終わった、という文章を書く評論家が昔はいましたが、商業的にはそうであっても、実際は終わってなどいませんでした。デビューしたバンドの大半は短命でしたが。
 さて、次がこれです。このバンドは再結成して、今も、これと同じ音を出しています」


http://www.youtube.com/watch?v=EaPJTXI2ZLM
 ★ 

 名倉が反応した。「歌もいいけどやっぱりこれは凄いギターだ。アルバムではベストチューンですよね」
 最初からノリのいい男だと思っていたが、これを聞いて唸るとは、見かけの割に名倉はタダモノではない。
「このアルバムはメタルのダークサイドを歴史上初めて描いた名作として今も語り継がれています」 口を挟みかけた黒田を大須川は制した。「ヘヴィ・メタルの誕生という歴史をあくまで他のジャンルと区切った上の話ですから」
「鬼気迫ってますよね」 真壁が背中をぶるぶる震わせる動きをした。
「そう。鬼気迫る、というのも80年代メタルが作った要素です。恐怖映画から、ホラー映画と新しく呼ばれるようになった、それとニュアンスが似ていますね」
「あはは。恐怖映画。そうそう、昔はそう言ったんだ」 三上が笑う。
「ダークサイドのメタル、これも後ほどまとめて聞いていただきますが、若干の酔狂者を除き、アメリカではなくヨーロッパで大流行していくことになります。
 たった1枚のアルバムが歴史を生んだ、これも名作中の名作と言えるでしょう。
 ジャケットがこれです。非常に説得力、ありますね」
 大須川は昔懐かしい『伸びるボールペン』で、壁に貼られた1枚を示した。
 畳むときに早速折れ、キャップが飛んで真壁のぞ美の頭に当たった。
「ごめんなさい。早々にお役目を終えられてしまいました。
 では、次。当時の、ブリティッシュメタルを代表する名曲です」


http://www.youtube.com/watch?v=XPhPbTbjYM0
 ★ 

 ふてくされたままでいる黒田を除き、全員がこれは知っているという顔をした。
「高井くん、この超名曲、何年に出たか知ってる?」
「...85、6年ですか」
「なんと、1980年なんです。そして通算6作目。
 若手がこれから音楽革命を起こそうとしていたその空気をひしひしと感じ取っていた、当時すでにイギリス代表ハードロッカーであったジューダスの面々は、ベテランバンドが、若いムーブメントに堂々と立ち入る余地を作ったんですね」
「私ね、you tubeで懐かしいバンドのPV、いっぱい集めてるのよ」 三上はガッツポーズである。「この曲は笑っちゃうわよ。こうして、今、CD音質で聞いたら凄い音質も良くって、古くさいって感じが全然しないけど、PVはもう、めちゃくちゃ懐かしい。だっさいというか可愛いというか、映像だけは今風に直せないもんね」
「Freewheel Burning、今においてもあのモンスター曲が、ちゃっちいテレビゲームだったもんな。平べったい影絵みたいなゲーム画面で」
「はいはい、あの、座席がF1のシートになってて!」
「そうです、エクイップメントだけ豪華で、画面はどうしようもなく古くさいゲーム。でも並んだなあ、あれは」
「わははは! 並んだ並んだ。当時で100円のゲームですよ!」
「子供用はオートマ仕様、大人ならしっかりギアチェンジしないと駄目で。凝ってましたねえ」
「バイクもなかったですか。本当にバイクに乗るゲーム。前に画面。ハングオンして落ちる奴がいたりして」
「わはは」
 そこで、黒田がぶっとい咳を放った。
「...なんか、NTVの別の番組で展開したい会話でしたね。すんません」
「今からもう30年以上、前です。映像はそりゃあもう、何をどうしても古くさい。でも。音はこの通り、どこが古くさい? いう音です」  大須川はドラムスに会わせてテーブルを叩く。
「どう? 高井くん。これも、クラシックロックの一つにすぎない?」
「どの時代にも、別格というものがあったということですか」
「わかってるやんか。その通りですよ。
 そして、イギリス産メタルの締めくくりはこれしかありません」


https://www.youtube.com/watch?v=7qWetzcN1YM
 ★ 

「...さて。アビちゃん、素直な感想を一言でお願いします」
「おじカッコイー!」
 続いて高井が発言した。
「レジェンド中のレジェンドですね。年長のバンドにこんな音出されたら、若手はたまったもんじゃない」
「その通り。ちまたのロック番組で流すといえばAce of Spadesでしょう。あえて私はこの曲を選びました」
「レミーの親父は今でもキタナイけど、この時期、3人ともほんと、キタナかったですよね」
「その、名倉さんがおっしゃる、漢字で汚いと書くのではなくカタカナでキタナイと書いているように聞こえるニュアンスです。
 湿り気のないキタナさといいますか、要は大掃除10年してないくらい、埃っぽかった」
「まったく。生き様が、まんまメタルですもん。誰もがひれ伏したはずです」
「短い曲です。あっちゅう間に終わりました。ではもう1曲続けてモーターヘッドです。これもやっぱり、若い人に感想を聞きたいんですが」

http://www.youtube.com/watch?v=q4wMn21DePs
 ★ 

「...同じくモーターヘッドですが、どうです、高井くん」
「柔らかくなったという意味じゃなくて、聞きやすくなった感じの音です。凄いメリハリだ」
「アビちゃんは? もう、おじカッコイーはだめですよ」
「うーん...ギターが一皮、むけたね」
 大須川と名倉が揃ってこけた。
「ギタリストは交替してます。
 この曲、アルバムは日本で、めちゃくちゃに言われたんです。メロディアスなモーターヘッドなど、モーターヘッドではない。当時、よくあった批評のパターンなんですね。何とかな何とかなど、何とかじゃないという文型です。モーターヘッドは終わった、ということでした。
 どう? これが、終わってる音に聞こえる?」
 はいっ!と手を挙げて三上が発言する。「それそれ! アナザー・パーフェクト・デイ、私のフェイバリットよ。確か、偉い評論家さんが雑誌でケチョンケチョンに言っちゃった。ネットも何にもなかった時代だったからね。レコード屋は、雑誌の評価に基づいて入荷の数を決めていたの。だから、あたしみたいに、このアルバム凄い!と騒いでも、全然レコード屋になかったり、したのね」
「評論家なんて、いつでも馬鹿ですよ、馬鹿」 高井が吐き捨てた。
「評論家バッシングと言えば、はい、大須川さんどうぞ!」 また名倉が茶化す。
「いや、視点の違いだったと思いますよ。ただただ楽しみを求めて、楽しみについては貪欲な一般リスナーと、仕事としてアルバム、バンドを紹介する人たちは、立場も人種が違いますから」
「司会だからと言っていいカッコしてるんじゃないのかー」 黒田。
「私は確かに、評論家、ライターが大嫌いでした。過去形。で、し、た。
 カッコつけてるんじゃなくて、私はおっさんなりに成長したんです。
 マスコミが、評論家、ライターが、名盤の窓口になってくれたこともそれこそ、数え切れないほどあったんですよ。
 たまにあった間違った評価を責めるのは、いいことしてもらって当たり前、100の行動のうち1の失敗を責めるモンスター何とかと同じじゃないですか。
 あー、そんな話はどうでもいいんです。要らん茶々を入れないでくれますか、黒田さん。
 評論家の評価が、レコード屋、今で言うCDショップでの入荷数に大きく影響したというのも、これは日本ならではの80年代メタル事情でしょう。
 というわけで、だったら、最年長者、黒田さんにしっかりと発言していただきましょう。とりあえずイギリス産は一区切りです。総括、お願いいたします」
 黒田は横を向きながら、しかし大きな声で応えた。
「くろくろさんの方がよく知ってるんじゃないの」
「大須川です。リアルタイムで、という意味ではあなたには余裕で負けます。総括を、どうぞ」
 全員が黒田を凝視した。
「えーと、そうだね、しかし、まあ、音楽的には、70年代ハードロックの発展、進化ムーブメントであり、音楽革命と言うほど仰々しいものではなかったと、俺は思うな。消えてしまった若いバンドの数は星の数ほどあったけれど、今のジューダス、Breaking the Law、そしてモーターヘッド、ムーブメントが始まる以前からシーンを先導していたベテランたちがいたからこそ、イギリスでは人気は下火になったようだが、その代わり、メタルの人気はアメリカ、日本をはじめ、全世界に飛び火するんだ。しかしくろくろさん解説の補足だが、ヴェノムやレイブン、アトムクラフトやウォーフェアといった、ニートレーベルのバンドも外すわけにはいかない。ニートレーベルと言っても引きこもっていたレーベルじゃないぞ。わはははは。ニートレーベルのバンドは1980年という時期から、マイナーメタルの醍醐味を炸裂させていた。なんとなんと、ヴェノムのデビューアルバムは、日本盤でリリースされていた。地獄の釜の蓋は俺たちが開ける。いや、地獄の門だったか。忘れた。雑誌広告1ページまるまる使われた仰々しさ極まる宣伝に、なんと、すべての音楽メディアが無視を決め込んだ。宣伝したメディアがなかったのだ。これは驚くべきことだ。そしてレイヴンの超名作ALL FOR ONEに至っては5つ星満点の半星☆1個、という評価で切り捨てられた。そもそも当時の雑誌は」
 もう誰も聞いていない。
「...黒田さん、収録時間がゆったりあると言っても限度がありますので。次行きます」
「いや、ちょっと待て。大事な話、大きなエピソードがまだあるんだ」
「次、いこー!」
 藤村に言われ、黒田はしゅんとなってしまった。

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