第5章

「メタルの最大のマーケット、メタル大国と言えば?」
 大須川はノリのいい藤村を目で指名した。
「アメリカ!」
「ですよね。今現在はメタルの本場はヨーロッパですが、80年代、メタルのメジャー化を担ったのはアメリカのバンドでした。
 80年代になる前の、メイドインUSAサウンドを続けて流します。
 これはオリジナルアルバムの、フルバージョンです。
 長いイントロですが、全部じっくり聞いてください。これはイントロ付きが絶対価値ありです」


https://www.youtube.com/watch?v=0R5J6dvpujs
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 ...やがて、かの有名なリフが鳴る。
「あったしの青春だわ〜」 三上が遠い目をする。
「私は青春以下の子供でした。これを初めて聞いたのが、小学校6年生の時です。映画ではジョーズとか、スター・ウォーズが公開されてたような時期で、音楽もアメリカはやっぱり凄い、と」 大須川。
「ヘヴィ・メタルの登場以前の話です。1976年。子供に音楽の解釈などありません。ただただ凄いものに惹かれる。KISSはメタルの登場以前に完璧に地位を確立していたモンスターバンドでした。
 ここでみなさん、壁に貼ってある60枚あまりのレコードジャケットの中で、KISSのものが1枚あります。わかりますか?」
 黒田以外の5人は壁を目で追い始めた。
「オビ付きのやつです」
「え? これ?」 三上が見つけた。「なんかよぉく見ると...あれ? これってオビ、お手製じゃない?」
「よく見ないとわからないでしょう。写真はたぶんFM雑誌からの切り抜きです。字体は友人の兄貴から本物を借りてきて、必死で贋作を作ったんです」
「小学生にここまでさせる、まさにヒーローですよね」 名倉が席に戻って、しみじみと言った。
「言いたいのはそこです。そうです、音楽以前にヒーローだったんですね。で、アビちゃん、どうです? この音」
「おじさんぽくなくって、フッツーにかっこいいよね。てか、あたしベストアルバム持ってるよ」
「母ちゃんが持ってたの?」
「うん。あたしね、高校は1か月、と少しくらいしか行ってないの。引きこもってたよ。毎日ね、人生終わったぁー、とか思って、何でもいいから家じゅうひっくり返して、CD、でっかい音で聞いてた。
 KISSがあたしに降りてきたのはそのとき! えーとね、髪染めててないのに染めてるって言われて、黒に染めて来いって言われて、オイコラア、染めるの禁止って言ってんのそっちじゃねえのかー、って怒ったときだから、16歳の時だよ」
 まるでお父さんのように大須川はうなずく。「まさに。何10年の時を越え、キッスは子供に夢と衝撃を与えたバンドなんですね」
 横を向きながら高井が小さく手を挙げていた。
「おう、高井くん! こういうのはどう?」
「指摘されてしまう前に、自分の矛盾を、いや、自分の趣向の矛盾を少し感じています。みんなが横一列縦数列に並んで、共感とやらを感じながら合唱する楽しいロックが、俺は嫌いです。なのに、こうして聞いてたら、すごいレジェンド感がある」
 三上が身を乗り出した。「高井くん、いつもどうやって音楽聞いてる? 車は乗ってる?」
「そんな趣味を持つほど恵まれていません」
「家では大きな音量で音楽、聞ける環境?」
「全然。いつもi-PODです」
「でしょでしょ。今の子はね、専門店でヘッドホンも買ってて。うちのバカ息子もそう。1万円もするのよ、ヘッドホンが。一緒に洗濯しちゃって、息子は半泣きになってたわね。それはどうでもいいけど、すっごいいい音質で今の最先端メタルを聞けるわけだけど、みんな、耳でしか、音楽聞いてないのよね。
 私はね、高校の音楽室が防音仕様で、放課後に、それこそ壁が飛ぶような音で、今鳴ってるキッスとか、聞かせてもらったの。高井君が今言ったように、身体で聞くと、自分の趣味なんか軽く超えちゃうんだよ。だからあたしもいまだにライブ、やめられないのよ」
 大須川が継いだ。「そこは興味深い。今の人たちは最先端のツールで製造された音楽の醍醐味を、最先端のツールで心行くまで堪能できるけど、車でも持っていない限り、大音響で、身体で聞ける状況がない」
 真壁も目を輝かせている。「私の車は中古のマーチなんですけど、オーディオは奮発して、車買った値段よりも高いのを付けてるんです。都内で、車乗ってどこ行くんだって言われるけど、車はオーディオルームなんです。METALLICAを大音響で聞けば、ファンにならない人がいるのか、って感じ」
「同感です。私も音楽を聞くためだけに車、ほしいなあ。原付や自転車では最初から音楽など、聞く気がしませんからね。名倉さんは? 車でメタルは聞きます?」
「もちろん、と言いたいところですが、俺もあんまし稼ぎ良くないもんで、車は乗ってません。
 そうですね、昔は客同士、会話できないくらい、大きな音で音楽流してくれるショットバーとか、試聴させてくれと言ったら他の客が出ていってしまうくらい大きな音で音鳴らす、何考えてるんだというメタル専門店とかあったんですけど、最近、いやここ何年も、身体が揺れるくらいの大音響で音楽、聞いたことないですね」
「私も車の運転の仕方、忘れました。私も耳でしか、音楽聞いてませんね。ここ何年も。黒田さん、どう思われます?」
「...ヘッドホン専用のメタルが近年の傾向かな、と以前から俺は思ってるかな。だからプログレッシブ系が廃れないのは嬉しいことなんだが、ロックの単純な凄みが重視されていないのは悲しい。時代の流れというか。音量だけでかいバンドは脳味噌のほうが足りないとして解釈され、そのままヘヴィ・メタルは馬鹿が聞く音楽という通念が定着した。だからこそのテクニック志向、メタルがテクニックに走った理由だ。そういえばこんなおもしろい話があるんだけど」
「ありがとうございます。
 さて、次。キッスよりも古いんですが。前半かったるいかもしれませんが、サビまでよく聞いてください」

http://www.youtube.com/watch?v=rAkxNAdBedc
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「わっ、ライブアルバムだ。あたしこれ聞くの初めて」 三上。
「10分くらいあるからのんびり聞きましょう」

「...こんな、スカスカブリンブリンな音、ツボなのよ」
「スカスカブリンブリン、ですか」
「これはあたし知らない、持ってない、残念!」 三上は口をへの字にしながら、悔しい、という様子で指を鳴らす動作をしたが、残念ながらベチッと鈍い音が響いた。
「指、大丈夫ですか?」
「ウィ〜、ア〜、アメリカンバン♪って有名な曲あったじゃない」
「そうです。その大ヒット曲以降は弾けた音は出してなったように思うんですけど、このライブアルバムは1970年です。今日、流す音の中で一番古い音です。名倉さん、これはご存じですか?」
「流し聞きしたことがある程度ですが...なんかこう、舞台は昼間じゃなくて夜ですよね。すっごい広い音という気がする。確かにブリンブリンな音だけど、歌、メロディーが綺麗ですね」

「さて、続けてこれもライブです」

https://www.youtube.com/watch?v=kefOWquqNrA
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 名倉の目は少年のようになっている。「...猪突猛進ですよね」
「どう、真壁さん」
「...70年代アメリカ映画によく出てくる、幅の大きい車、いっぱい集まって暴走してるみたいな絵が浮かびます」
「あなたの表現はおもしろい。本当にそんなジャケットだったんです。ブルー・オイスター・カルト、1975年のライブアルバムからです」
 真壁は力説している大須川を、微笑みを湛えてじっと見ている。たまに視線が合う大須川は、何気に嬉しくてたまらない。
 ただし、実際、真壁は爆笑するわけにも行かず、困っていた。
 男性については顔ではなく、面白い人間が好きな真壁だが、今朝会ったばかりの人間に対して爆笑するのはどうか。
 大須川の一挙一動である。微妙にずれたゴワゴワのズラに加えて、背中に大きく書かれた『海賊』が可笑しくて可笑しくて、どうしようもない。今はこっちを見ないでほしい。
「同じく広大な音楽性を持ったブリティッシュロックではありましたけど、同時代のアメリカンロックについて。黒田さん、解説お願いします」
「くろくろさんは今、広大なブリティッシュロックと言ったが、言葉の間違いだ。ブリティッシュロックは広大ではない。奥深く、深淵の世界だ。アメリカンロックは風景の広大さであり、いわば、不可視の内面世界と、推測可能な景色の面積的な広さであり」
「わかんな〜い」 絶妙のタイミングである。藤村が口を尖らせていた。
 しかし黒田は何を言われても引き下がるタイプではないようだ。「わからないのなら黙っておかなくっちゃ。若い連中はこれだから。この場の代表者が総括的に考えを述べている、もちろん総括だから全員にわかるように俺は言葉を選んでいる。わからない、というマイナーな意見は認めない」
「あなたの言うことがわかりにくい、話が長いというのがメジャーな意見ですよ、ここでは。それに、あなたのどこが代表者ですか。何言ってんですか。司会者は大須川さんじゃないですか」 あわてる大須川よりも先に高井が言う。「難しいことを難しい言葉で語るのは学者馬鹿だと思う。学者馬鹿。結局、馬鹿なんだ。
 俺ら若い人間が知らない複雑なことを易しく述べ、以降その話を聞いた人間が自分で学習するように持っていく、それが尊敬できる年長者の教えだというのが俺の考えですが」
「そもそもその言葉遣いがなってないだろうが! 年長者を批判する前に、」
「真理を突かれたら『態度が悪い』方面へ会話の流れを強引に持っていく。その、手本にしたくない中年らしさだけはわかりやすいですがね」
「言うね〜、高井く〜ん!」 藤村はハイタッチをしようとしたが、高井は応じない。あくまでポーカーフェイスである。
 大須川は全員に向かって言う。「ちょっと。生中継なのに、気を遣って、緊張してるのは私だけですか?」
 くるっと真後ろに振り返った藤村はカメラに向かってピースサインをした。
「こらアビちゃん。前を向きなさい。みなさん! というか約2名! 自由に好きなことを言うのがルールではありますけど、険悪な空気を生まないでください。音楽について語る番組ですよ!」
「あんたに問題ありだ。間違った解説をする司会者を正すのがもっと大事な、視聴者代表としての仕事だと俺は思うね」 ふんぞり返ったままの黒田が言い放つ。「あんたの解説がおかしいから、俺が正して、何がおかしい。俺らに注意するなら、もっと正しいことを言えって。それが視聴者の意見だ。メール受付、やったりしてるんだろ? 司会代えろ、って意見がおそらく大半だろ」
「じゃああなたに司会任せましょうか。交代しましょうか」
「番組進行、知らされてないんだぜ。それにそーんな、馬鹿みたいな格好、俺はしたくない」
「では、退場を命じます。ディレクター!」
 5メートルほど向こうに横川ディレクターが立っている。薄暗い中、銀縁の眼鏡が光っている。
 どういうわけか、横川は笑っていた。
 そして大須川の呼びかけに応えなかった。
 意味がわからない。そのまま続けよ、ということなのか。

 ついつい、ノートパソコンのキーを押す指に力がこもってしまった。
 どういうわけか、3曲ほどが吹っ飛んでしまった。
 元に戻らない。
 今、スタジオは無音状態になっている。
 とりあえず飛んでしまった数曲は無視する。
 黒田の馬鹿カバのせいだ。くそ。休憩に入ったら絶対追い出してやる。焦りながら、大須川は決心した。横川と大場に強く言えば、黒田など退場させられるだろう。


http://www.youtube.com/watch?v=Ahf2B_eZUc4
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「あ、この曲好き!」 真壁のぞ美が満面の笑顔になった。
「ごほん。何事もなかったように、番組を進めましょう。
 時代が飛んでしまいましたが。わざと時代を飛ばしたのであります。
 イギリスの新生メタルムーブメント、アメリカのバンドはそれに対して明確に答えは出さなかった。返答に値するメタルサウンドが、これと言って生まれなかったのです。だから数年、間が空きました。キッスもエアロスミスも派手な活動を控えていたような時期です。
 そのキッスとエアロスミスが動き出し、そして若手、1988年ボン・ジョヴィの名作NEW JERSEY。この頃には、アメリカではすでにメタルの概念、メタルとはこういうものだ、という解釈すらありませんでした。
 メタルがなかったという意味では、もちろんありません。これがメタルだこれはメタルではない、そういうメタルの解釈がなかったのです。国民性でしょうか」
 サビに合わせて大須川は手を振り上げた。
「なんと言っても、聞く側にジャンルを意識させない、ただただ活きの良すぎるロックだから大好きだ、というファンのリアクション。
 これからたくさん流しますけど、アメリカのヒットチャートを賑わわせたアメリカンスタイル・メタルサウンドは、エンターテイメントから発展した音楽と言うことができる。と思うんです」
「この歌。前向きもここまで行ったら凄いよねえ」 名倉が笑う。「大須川さんの言いたいこともわかります。リアルタイムのリスナーとしてはただただカッコいー、すごいって思って買って、何年後かに思い返してみれば、このバンドもあのバンドもアメリカのバンドだった、って具合」
「そうです。ハリウッド映画見ている間、これはアメリカ産の映画だ、なんて、誰も意識せずに見ますよね。批評好きの変わった人間以外」 大須川は黒田を睨む。「それと同じです。かっこいい、大ヒット、聞きやすい、大ヒットという単純な繰り返しだったゆえ、ロックの歴史、特にヘヴィ・メタルの歴史では軽んじられているアメリカンスタイルですが、今流した4曲、キッスとグランド・ファンクとブルー・オイスター・カルト、ボン・ジョヴィですが、消耗品としての音楽、つまり歌謡曲の感触などまるでない。押しの力と重量感、風格はイギリス産と何も変わりません」

「さて、ここまでが80年代メタル、そのバックグラウンドについての解説でありました。
 以降、いよいよ80年代メタルの数々を聞いていただきます。
 有名曲ばかりで昔を懐かしむという、おっちゃんおばちゃんリスナーのための番組にはあらず、ここにいる高井くん、藤村さんのような若い方たちに、80年代メタルの素晴らしさを伝え、そして80年代の火を消さない気概を持っていただく。
 それがわたくし、メタル老人の役目であります。
 これから次々流す曲は、すべて80年代メタルながら、すべてが知名度ある名曲とは限りません。
 手前味噌ですが、80年代メタル真の姿を伝えるために私が必死のパッチで、選曲して参りました。
 数々あったムーブやブーブメントに沿って時代順に流すことも考えましたが、次に流れる曲がわかってしまったりする展開は、皆さんにも、この番組をごらんの視聴者さんにも面白くないと思います。
 時間の関係上、全曲フルで流すというわけには行かないんですが、基本、ランダムで80年代メタルの名曲を数々流していきます。そして番組の要はみなさんのフリートークです。好き放題、思うことを語ってください」
「ブーブメントじゃないよ、ムーブメントだよ」 微笑む藤村。
「カタカナ語は噛むから嫌いです」

 番組の進行を見つめる横川ディレクター。
 これだけ自由にやらせてもらえるとは、大須川は思っていなかった。もっとあれこれ指示を受けると思っていたが、今のところ指示は一切ない。
 ふてくされる、絡んでくるを交互に繰り返す黒田が鬱陶しく、大須川は放り出してやりたい気分だったが、番組を成立させるためには、とりあえず気難しいおっさんに対しても、ご機嫌を伺ってやっていくしかなかった。

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