第6章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=29ZCX21VsQc

「向こう、スタンバイOKです」
 忍者のように接近してきた大場プロデューサーが、横川の耳元でささやいた。
「気持ち悪いなおまえは。普通に話しても誰も聞いてないよ」
「なんか、いっぱしにテレビ出演者気取ってる、あいつ、御須川ですか。あんなカッコして、馬っ鹿ですねえ」
「その馬鹿と、もう一人の馬鹿、ふんぞり返って座ってる小ブッチャーみたいなあの男。さっき、揉め出してな。見ていて面白かったぞ。このまま行けば、殴り合いでもやってくれれば番組的にはおいしいんだが」
「ちゃんと日当出すんだから、途中で番組終了しても、連中に怒る道理はないですよ。
 じゃあ、とっとと準備、始めますか」
「ん? 何であんなところに西原が座ってるんだ」
 こちらの話が聞こえる距離ではないのだが、まるですべて聞こえているかのように、ADの西原が怖い顔をしてこちらを睨んでいる。そして機器の前に座っている。
「あいつの用事、ないだろ。帰らせちまえ」

 大場が西原に近づいた。
「何ですか」
「おう。ご苦労さん。後はやるから、今日はもう帰ってくれ」
「はあ? 冗談ですか。掃除のおばさんクビにして全部私にやらせてるくせに、途中で帰っていいなんて。前代未聞です。私がいたら、邪魔なんですか?」
「何を言ってる。帰りなさい。たまには遊びにでも行ってきなさい」
「仕事が終われば帰ります。夜遅くまでかかって階段の掃除までして、終電ぎりぎりに帰って、私の唯一の遊び、コンビニで立ち読みして、家に帰って寝ます」
「命令だ。そこを退きなさいと言ってるんだ」
「横川さんが手を抜いて、全然チェックしてないじゃないですか。私がやってるんです」
「俺がやる」
「大場さん、機械全然駄目じゃないですか。曲名テロップ、ちゃんと入れることできるんですか? それにもうすぐ休憩入れますけど、その間に流す番宣とPV、入れる手順、今言ってみてください」
「わかりきっていることを、何でおまえみたいなADに説明する必要がある。どきなさい、そこ!」
「大場さん、今日朝から何か変だと思ってたんですけど、何か企んでます? 横川ディレクターと一緒に」
「俺らが何をしようと、おまえは俺らの言うことだけを聞いてりゃいいんだ。どけ、そこ!」
「嫌です。どきません」
「じゃあ今を持ってクビだ。解雇だ。荷物を持って出ていきなさい」
「出ていきません。雇用契約については私から社長に話をします」
 社長、と言ったときの大場の微妙な表情の変化を西原は見逃さなかった。
「社長、まだいるのかな。今から連絡します」
「ちょっと待ちなさい。わかった、わかった。こちらも言い過ぎた。ごめんね。ごめんなさい」

 大場は怪訝そうに様子を見ていた横川の元に戻ってきた。
「困りました、あいつ、退かないんです」
「何やってるんだよ」 横川はやはりこっちを睨む西原のところへ行こうとした。大場は横川のシャツの裾をつかんだ。
「社長に連絡すると言ってます」
「...全部、あいつ知ってるのか?」
「落ち着いてください。西原が知るわけないでしょう。意地張りやがって、あそこから動かないんですよ。クビにしてやるからとっとと出ていけと言ったら、雇用契約がなんだかんだと、社長に連絡するなんて言い出しやがりまして」
「なんであんな小娘に手を焼かなければならないんだ」
「あそこから退いてもらえないと、中継の切り替えができません」
「編集室からは無理なのか」
「他のテレビ局みたいに言わないでください。中継器はあの1台だけです」
「とりあえずあいつをあそこから退かせる」

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