第8章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=TYrW3yONR44

 何かがおかしい。
 普段のだらけた様子とは違い、朝からやたら嬉しそうなディレクター横川、プロデューサー大場に対して、AD西原は不審感を抱いていた。

 すべてが簡略化された放送機材であるが、簡略化されすぎているゆえ、ネームプレートがノートパソコンのキーの上に落ちたが最後、モニターが停止して放送事故、AD即座にクビという事態も西原は耳にしたことがある。
 今日は仮にも生放送である。
 ミュージシャンを呼ぶ対談形式の生放送であれば、最低機器の前に2人、モニターの前に2人、裏方でも計4人の人間がいるが、素人が出演しているからといって、今日はあまりに酷い手抜きだった。

 とはいえ、出演者への気遣いも必要なく、演奏スペースの飾りつけも要らず、マイク交換も要らず、必要な作業といえば、曲が変わるたびに流すテロップと、30分×4回の休憩中に、番宣+いくつかのバンドのPVを流すだけであり、それらはパソコンのキーを3つほど叩けば済む仕事である。
 ADである自分と、撮影カメラマンのヒゲ夫こと村田の2人がすべてを取り仕切る形になっているが、それにしても、責任者2人が仕事もせずにモソモソと男同士、暗がりで身体を寄せ合い、話している姿は非常に腹が立つ。

 西原は憮然として機器の前に座っていたが、なんということか、大場が、もう帰っていいなどと、ここ100年絶対に言わないようなことを言ってきた。

 連中は何かを企んでいる。
 休憩時間に入れば、必ず2人が、私を何としてもこの場から追い出そうとするだろう。

 ...戦ってやる。
 番組のためなら無茶を聞きもするが、何かを企んでいるのなら私が止めてみせる。
 あの2人が笑って喜ぶこと。それは人間として正しくないことに決まっているのだ

 生放送番組は、休憩時間に入った。
 西原はモニターを切り替えた。

 案の定、2人はこっちにやってきた。
 西原はノートパソコンの上に両手を広げ、戦闘態勢になった。
 さあこい、おっさんども。

 そこで、2人のケータイが同時に鳴ったようである。
 2人はむさ苦しい顔を見合わせ、大変だ、というわかりやすい表情をし、揃って、スタジオを飛び出していった。

 村田カメラマンも、テレビカメラをいくつかある定位置のひとつに置き、大きく伸びをして、スタジオから出ていった。

 モニターチェックのためここを離れてはいけないが、パソコンに触りさえしなければ、停電でもない限り映像は流れている。大事な作業は生中継の際の曲テロップのみ。それはF5キー、F6キーを押すだけの作業である。
 念のためモニターのパソコンと自分のスマートフォンを連動させ、西原は立った。


「ヒゲ夫さん、ちょっと」
「わっ」
 スタジオ内、社屋内は全面禁煙だが、なぜかカラフルな灰皿が準備してある。偉そうに要求を垂れるゲストミュージシャン用のものである。
 ヒゲ夫こと村田は灰皿がしまわれている応接室の書類入れ風家具の下、真横の換気扇を回し、狭いその場所で小さく丸くなって座り、タバコを吸っていた。

「なんだよ、亜紀ちゃん。モニターチェック大丈夫か?」
「まだ20分以上あるし。それよっか、あの2人だよ。様子、おかしくない?」
「...そうだね。朝からニタニタ笑ってやがるし。何かいいことでもあったのか? どうせ俺らにゃ関係ないけどさ」
「いいことがあったんじゃなくて、何か悪いこと、企んでるのよ。ヒゲ夫さん、心当たりある?」
「一番おかしいのは、ゲストさん、7人も来て、あいつら、何の指示も出してないってこと。カメラ位置もいつも、いちいちうるさいじゃん。大場のおっさん。今日は何も言わないもんだから、面食らっちゃったよ」
 西原は人差し指で頬を押さえた。考えるときの癖である。
「...同時進行、よね。あいつらの悪事は今、同時進行で進んでる」
「アレ、じゃないかな」
「アレって何よ」
「先々週くらい、キャバクラで、あいつら、話し込んでた。あと、2人くらい、芸能プロダクションの連中が入ってきて、姉ちゃんみんな追い出して。このおっさんら、凄いコネあるんだなと俺思っちゃってさ」
「誰が来たのよ」
「クラウドミュージック」
「へ? あり得ないよ。自社で局持ってるところよ」
「出ていけ、って、俺は帰らされた。酔っぱらったときの鞄持ちである俺が追い出されたということは、俺が聞いたら都合が悪いという話だった、に違いない」
「あいつら、クラウドの人たちが来るまで、何の話してたの? 聞こえなかったの?」
「聞こえたさ。でもな」 村田は言い淀んだ。
「早く言ってよ!」
「LEYNAがどうとかこうとか。俺も耳を疑った」
「......」

 クラウドミュージックを日本一のレーベルにしたのはLEYNAである。
 LEYNAの本名は公表されていない。
 日本人女性である、それ以外のことを知る人間はクラウドミュージック関係者だけであり、それも箝口令が敷かれているようで、15年以上日本の音楽シーンのトップにいながら、プライベートは一切謎のままである。

 西原亜紀は再び考え込んだ。
「おい、そろそろモニター、戻らなきゃなんないだろ」
「ねえ、ヒゲ夫さん。おっさんたち、ずっと前から会社の待遇について、文句言ってたよね」
「仕事するときと手抜きのときの差が激しいもんな、今日みたいに」
「クラウドが、この会社を乗っ取る」 西原は床を指さした。
「こんな吹けば飛ぶような弱小局、乗っ取りなんかせずに、社長に金出して買い取ればいいだけの話じゃないか」
「絶対関係あるよ、クラウドと」
「だったらどうする。またADとして雇ってもらうことを考えたらどうだ、亜紀ちゃんは。さ、早く戻れ」
 西原は一歩村田に近づいた。
「なんだよ」
「ヒゲ夫さん。ここの社長の名前、知ってる?」
「NTVジャパンの社長? 時給雇いカメラマンの俺が知ってるわけないだろ」
「給料明細に代表取締役の名前、書いてあるはずだけど」
「...確か、亜紀ちゃんと同じ名前だよな。西原、えーと、なんだったっけ」
「西原陽一。私の、父親」
「え? ええーっ?」
「誤解しないで。修行中で、手当、時給はみんなと同じ。家賃の援助すらないよ」
「おっさんら、それ知ってるのか?」
「まったく知らない。見てりゃわかるでしょ。にしはらぁ!だの、男おんな!だの、こないだなんて、何て言われたか。京人形よ。京人形。意味がわかんない。おっさんらは、私をどこの局にでもいる使いっ走りにしか思ってないわ。
 私としてはだね、別に父親がやってるこの会社を正式に継ごうとか、そんなこと、考えたこともない。
 話が長くなるからまた今度、なんだけど、仮にも親の経営する会社に、変なこと仕掛けてくる、悪いこと企んでいる人間が社内にいたとしたら、これまで育ててもらった恩がある以上、娘としては黙ってはいられない」
「そりゃ、わかるけどさ。俺もあのおっさんら、嫌いだし」
「協力して」
「何を協力するんだよ」
「今はわかんない。でもこの後もモニター見てるだけだから、私はひま。ちょっと調べてみるから。ヒゲ夫さんも何か思いついたことがあったら、教えて」
「ああ、わかった」

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