第9章

 倉庫のような休憩室。
 先ほど西原というADにメイクをしてもらった部屋であり、鏡が5つほど横に並んでいる。
 雑然とした大部屋だが、整理整頓はされている。
 メンバー全員がここで休むはずが、OL姿の真壁と主婦の三上、2人だけがぽつんと座っていた。

「あの人たち、どこ行ったんでしょう」
「タバコでも吸いに行ってるんじゃないの。おやつ、全部あたしたちで食べちゃおうか?」 三上はすでにスナック1袋を平らげている。
「黒田さんもあの人たちと一緒なんでしょうか」
「違うでしょ。休憩中も浮いてるんじゃないあのオッサン。あれは学者みたいな、難しいオッサンだよね。
 昔からああいう人間、ファンがいたんだ。長々と知識語って、あたしらは相手にしてないのに、『おまえらにはバックグラウンドがわからないのか、真実がわからないのか』って、偉そうに勘違いして、あたしら女子のファンをバカにするの。ミュージシャンにとってはさ、一番お金遣ってくれる人が一番のファンなんだよ。ねえ」
「はぁ...でも、大須川さんもキレちゃったみたいですし、あと何時間、ケンカとか始まっちゃったらどうしよう」
「面白いじゃない」
「え?」
「大須川さんはね、あたし、前から知ってるんだ」
「お知り合いだったんですか?」
「違う違う、そうじゃなくって、大須川さんの本。如月さんだったわね。「敗北の老虎たち」、ロウコって、老人の老に虎っていう字。今持ってないけど、また貸してあげる。
 介護保険制度の崩壊から始まって、ついには健康保険制度まで消滅、老人たちと行政の戦いは老人と一般人の戦いに移り、ついには日本が崩壊してしまうっていう、破天荒な話なんだけど」
「本の名前だけは知ってます」
「なんかとぼけた関西人みたいだけど、あの人はすっごく、頭いいよ。たぶんわざと、すっとぼけてるだけ。黒田さんとのやりとりも、絶対シナリオがあると、あたしは思う」
「シナリオなんて私知らされてません」
「あたしだって知らない。だから、大須川さんだけのシナリオよ。6時間もの長丁場。視聴者に退屈させないで、最後まで見てもらうそのためのシナリオ。大須川さんは全部、計算してる。あたしにはわかるの」

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