第10章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=mXea105WSns


 大須川はまるっきり途方に暮れていた。

 やはりこんなもの、うまくいくわけがないのだ。
 合計8時間、収録6時間の番組中、4分の1ほどが済んだが、これはもう自分の手に余る。
 日当など要らない。逃げ出してやろうか。
 しかし逃げ出すのに正当な理由は。

 と、小便をしながら大須川は考えている。
 のそっとトイレに入ってきたのは、黒田である。

「あ、どうも」 小便姿勢のまま大須川は声をかけた。「まあ、お互い別に恨み辛みはないんですから、おいしい場面として、口論なんかも盛り込みながら、あと6時間ほど、楽しくやっていきましょうね」
「......」
 黒田は大須川を無視した。
 そして屁を一発放った。
「失礼」
「コラ。黒田。ええかげんにせーよ。この、気遣いあふれる司会者の私の言葉に対し、屁で返事か」
「出るものは仕方がないだろう。あんたがあの、くろくろだとはなあ。こっちには恨みも辛みもあるんだよ」
「この粘着め」
「自分で『さん』をつける、くろくろさん。鬱陶しい」
「そういえばヘヴィ・メタルサムライの実体は、大人同士の付き合い方も知らない、顔だけおっさんで、中身は実にガキなんですなあ」
「俺を怒らせると、番組生中継内で大恥かくぞ」
「それはこっちの台詞だ。アホ。人生すでに大恥かきつくしたんでな。怖いものなどあるか。ケンカを売るなら、先ほど同様、いやそれ以上にさらに惨めな思いを、番組中にしていただくぞ。お返しだ!」
 大須川は渾身の屁を放った。
 しかしちょうど、高井と名倉がトイレに入ってきた瞬間だった。
 大須川は久しぶりの東京ということで、昨晩「独り焼き肉」なる、関西にはないような店を見つけ、たらふく食った。
 音だけの屁ではなかった。
 黒田はどうでもいいが、高井と名倉に対しては、失礼という言葉で済む問題ではない。
「最低だな。口も悪ければ尻も締まってないのか」
 鼻をつまんだ黒田が捨てぜりふを吐き、出ていった。
 たまたま目の前にあった消臭スプレーをまき散らしながら、大須川は平身低頭、高井と名倉に詫びた。
「わはははははは!」 ビル内に響き渡る声で名倉が笑った。高井も笑っていた。
 大須川は釈明した。「先にトイレに入ったとき、黒田のおっさんが先に、屁をこいたんですよ。これは私の名誉をかけて申し上げたい」
「オナラに名誉などかけないでください。いや、あの人が、後ろから見てもわかるくらい、怒ってたもんだから、俺らも笑うに笑えなくて。なあ、高井くん」
「はい。しかしあの人も、困ったもんですね」


 3人は黒田がいるであろう休憩室を避け、外に出た。
 藤村アビゲイルが建物の壁にもたれて座り、スマートフォンを触っていた。
 3人の顔を見るなり立ち上がり、駆け寄ってきた。「ねーねー、ほらほら、結構盛り上がってるよ」
 高井が覗き込む。
「へぇー」
「なんですか、それ? 2ちゃんねる?」 興味のない大須川は、赤いバケツの前でタバコに火をつけた。
 名倉が答えた。「私も番組中ずっとチェックしてます。ツイッターですよ。大須川さんと黒田さんのバトルがやっぱり受けてる」
「どうせ私に対する悪口でしょ」
「そうでもないですよ。うーん、そうですね...形勢は黒田さんに圧倒的に不利、といったところでしょうか」
 高井がニヤッと笑った。「音楽流す、俺らが語る、ツールはそれだけ。盛り上げるのは俺らのしゃべりだ。大須川さん、もっと盛り上げませんか?」
「そうやね、黒田のおっさんに対しては、私も遠慮せずにバトル繰り広げようと思ってるけど」
「大須川さん、それは今までの流れです。次の展開がなければ、ツイッターも盛り下がってしまいますよ」
「ツイッターのために番組、やってるんじゃないよ」
「そういうことじゃないんですよ大須川さん」 名倉も加わる。
「今、番組の評判を直に知ることができ、そして番組を外に広めるのがツイッターです。昔の2ちゃんねるが今のツイッターだと考えてください。
 例えば、一昨日のヘイトスピーチ暴力事件。毎朝新聞だったか、ネット記事です。新聞と同じ論調記事の後。『「本当のこと言ってんじゃねーか」「先に手を出したのはしばき隊に決まってるだろ」という意見も数々交わされている。』、そういうふうに、いろんな記事が結ばれています。
 有名人のツイッターでもなければ、意見は数々、交わされてなどいません。2ちゃん同様、やっぱり発言者がリアクションを受けない、言いっぱなしのネットの中だけの話です。頭の悪い記者たちは一般人インタビューをやる手間、探す手間を省くためにツイッターを利用してるんです」
「確かに、そんなように結んでいる記事が多いな。それで私らの番組とどう関係が?」
「ですから、ツイッターで盛り上がったことにマスコミは注目する、その図式ですよ。別のメディアでこの番組が紹介されたりすると、今日のパート2、パート3、と続いていく可能性だって、あるんじゃないですか」
「へぇ。面白そうやな」
「そこでですよ」 高井が力強く言った。
「今までは大須川さんと黒田さんのバトル。それから、次は。
 シナリオを考える必要がありますね」
「んな、シナリオって。いつ考えんねん。生中継やで、この番組」 大須川は地の関西弁が出てしまった。
「確かにシナリオを考え、用意することは無理です。次のクールですか? 第2部。俺が、仕掛けます。年上の方々には失礼な発言も飛び出すかもしれませんが、番組のため、とご了承ください」
「それはいいね。アドリブ劇、筋なし、面白そうだ」 名倉が賛成した。
「女性陣に話さなくてもいいの?」
 3人は、ぼけっと突っ立っている藤村を見た。
「...この子は、このままで良さそうだよな。絶対」
「何ですぅ? 何の話ですぅ? わたしにも教えてくださいよぉ」
「いやいや。何でもないよ」
「ずるいですー」
「さあ時間だ、戻ろう戻ろう」

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