第11章

 椅子と机が、円状に配置されていた。
 再びゴワゴワの皮ジャンを着込む大須川に、真壁が微笑む。「席と机、動かしたんですけど、このほうが討論会って感じで、大須川さんも話しやすいんじゃないです?」
「いやぁー、ありがとう。そうですね、これで行きましょう」
 長髪のヅラを乱暴に被った。
「あ、耳が」 真壁が駆け寄り、横だけはふさふさしている、はみ出た大須川の髪の毛を中に押し込めた。
 大須川はそのまま真壁に寄りかかりたい衝動に駆られた。
「ありがとうございます」
「さっきからその、背中の字。面白くて仕方ないんです」
「それでずっと笑ってたんですか?」
「はい」
「今もまだ恥ずかしいです。これは本当の私ではありません」
「本当の大須川さんも、知りたいです」
「はい。いくらでも」
「はいー。準備OKですかー?」 村田という名前の、逆さまにしても同じ顔のヒゲ男が割り込んできた。
 ディレクターといいこいつといい、ヒゲばかりだ。

 第2部が開始された。

「女性ファンも数多くいましたが、音そのものに、女性に受ける要素はゼロ。それが売れた、というのも80年代メタルの特徴でもあります。
 今からしばらく、そういう、硬派なメタルの数々を流します。最初は、1976年デビュー、2014年現在でも最前線で活躍しているバンドです」


http://www.youtube.com/watch?v=_UC4RqKSZE4
 ★ 

「...これは衝撃的だったなあ」 名倉がなぜか、頭を横に振り出す。
「ネット通販が買う手段の一番になってしまった今、若い方はご存じないかもしれませんが、私や黒田さんの世代では、都市圏にあった、輸入盤屋。
 もちろん日本国内盤も扱ってはいましたが、私たちはレコード屋とは呼ばずに、輸入盤屋、と呼んでいた。輸入盤屋には普通のレコード屋にない特徴がありました。それは、わかります? 三上さん」
「もちろん。日本盤より1か月も2か月も早く、新しいレコードを入荷してくれる。それも安い値段で」
「ご名答。このアルバムは輸入盤屋で火がついた。私が通っていた店では当時ずっとこれが鳴っていて、客はこれ何?と訊いて、店主がコレ、とレジ横のNOW PLAYINGと書かれたところの飾ってある、ジャケットを指さす。客が買う。決まった流れでした」
「そうそう、売り物のレコードを平気で袋から出して、視聴させてくれたりしたもん。輸入盤は」
「若い方たちがきょとんとされていますが、補足しますと、むっかしから、レコード盤、CDは、輸入盤の場合は最初から簡易包装、というか、ビニールで包装されていない。言ってみれば、入荷したときから開封済、みたいな状態で来るわけです。
 だから、店で鳴ってるメタルを客が気に入るというのは非常によくあった話で、これが最後の1枚なんですよ、ということで、途中でレコードプレーヤーが止められ、専用の曇ったビニール袋に入れられ、それをジャケットに入れて、はい1780円になります。とか」
「ファンが支えたメタルサウンド、なるほどの話ですね。私はたくさんの名盤を後追いで聞きましたけど、リアルタイムで聞いた方の話は面白い。ね、黒田さん」 名倉が振った。
「鋼鉄メタルアルバムはこれ1枚きりだ。このアルバム以前、そしてこのアルバム以降今に至るまでクロークスは80年代鋼鉄サウンドとはまったく肌色の違う、ポップなハードロックをやっている。点としてではなく線として観れば、ヘヴィ・メタルバンドと呼ぶよりはバッドボーイズ系の...」
「はい、ありがとう。誉めろ、っちゅうの。
 さて。次」


http://www.youtube.com/watch?v=UO_84C3fpuI
 ★ 

 話を中断された黒田は、憎々しげに大須川を睨んだ。
 大須川は完全無視である。

 音が鳴った瞬間、ギャラリーがおおっ、と小さくどよめいた。
「今でもコンサート、オープニングはこれですかね。レジェンド、トップクラスでしょう、高井くん」
「生きるレジェンドです。なんか今でも、全然アレンジが変わってないのが凄い」
「私、DVDがなかったときからビデオで全部持ってるんですけど、あれこれと叩かれた時代があってもライブの音は全部一緒、っていうか、いかつさ、迫力をぐんぐん増してるような気がします」
「わったしもメタリカ大好きなんだけど、叩かれてた、って、そんなときがあったんですか?」 真壁の真正面に座っている藤村が尋ねた。
「アルバムで言えばジャスティス、えーと」
「AND JUSTICE FOR ALL」 高井が即答する。
「そう。音が軽くなったってね。曲も長過ぎだ、って」
「そうだったわね。特に男子のファンは不満だったみたいだけど」 三上が大須川を見る。
「いや、私は最初から名作だと思いましたが。現に、一般ロックチャートで初めての大成功を納めたアルバムじゃないですか。
 確かにファンの間では評価が分かれたアルバムでしたね。特にオープニングの音質的な軽さが、一部ファンの不評につながったと思います」
「Oneは映画ですよ。PVも凄かったけど、音が映画だ。80年代メタルのメジャー化とPVは切り離せない関係だと思う」 名倉。
 藤村が手を挙げる。「ねえねえー高井くーん、PVって、ペイパービューのこと?」 ペイパービュー、のところはネイティブ英語である。
 今日何度目か、一同ががくっとなる。
「プロモーション・ビデオのことだよ。
 他ジャンルのバンドが音とは別の、または音の印象をさらに深める、金のかかったPVを出していたと聞きましたが、PVとメタルサウンドの関連性を教えてくれませんか、黒田さん」 名倉が黒田に振った。
「PVのおかげで女性ファンが格段に増えたことは事実だ。PVのためにアルバムを作っていた、カスみたいなバンドが数多く増えた」
「ちょっと、何で私を見るんですかぁ?」 三上は抗議口調で黒田に言った。
「別にあなたを見てないですよ。たまたま視線が合っただけで、言いがかりはやめていただけますか」
「PVとメタルサウンドの関連性、リアルタイムを知らない人間がそれを訊いているのに、答えられないメタル博士など、いっそのこと、ご退場願えませんかね」 高井。
「年長者に対する口の利き方を知らない若造にはご退場願えませんかね」 黒田。
「ケンカする人、ごたいじょうー!」 藤村が両手でファイティングポーズを取っている。
 真壁が困った表情をして、大須川を見た。
(これはあくまで番組上の演出なんだよ)
 おどけた顔をしてうなずき、大須川は真壁に、目で伝えたつもりだったが、真壁はテーブルを叩いた。
「お互い、厳しい言葉を投げ合うのはやめませんか!」
「俺は、知識を求めておっさんに訊いてるつもりなんだけど」 高井は表情を変えない。
「おっさんって、そんな言葉、やめなさい」
「じゃあ、おっさま」
「...提案なんですけど、黒田さんに発言させないようにしませんか」
「いじめかよ」 黒田が吐き捨てる。
「何とでも解釈したらいかがですか。本当はご退場してほしいくらいです」
「ねーねー、曲終わっちゃったよ。次、聞こうよー」
「次、聞こうよ。ほら、かのように、一番の若輩者が、もっともこの場で正しい意見を言っとります。
 彼女はちゃんと番組の目的を、理解してるんですな。年長者はそこのところ、恥ずかしいと思ってほしいもんですけどね」
「ちょっとぉー。海賊ちゃんもさっき黒田さんと口げんか始めたじゃないですかー」
「聞こえません聞こえません。私の耳に聞こえるのはさらなるメタルサウンド!」


http://www.youtube.com/watch?v=RSphoYDRFKw

「...これは知りません、誰ですか?」 名倉が訊く。
「私の好みですんません。どこの国の音に聞こえます?」
「もろ、ジャーマンですね。アクセプトそっくり」
「ミドルテンポですが、どれほど高速で突っ走るメタルサウンドも跳ね返す、重量感と安定感があります。ドイツを代表したという有名なバンドではないですが、ドイツという国の強大なメタル人気から生まれたバンドです。
 80年代メタルは、ドイツ産メタルその名作の宝庫でもあります。しばらくドイツ産、流していきますが、女性には退屈かもしれません」
「いえいえ、METALLICA命の私には心地よい音です」 真壁は両手で拳を握り、曲に合わせて机を軽く叩いている。
「ドイツと言えばRAMMSTEINですが、カラーは全然違うけども、突進力が源流だ、という気がする」 当初の無口そうなイメージが飛び、高井は饒舌になっている。
「では次、行きましょう。これはフルコーラス、最後まで聞いてもらいます」


http://www.youtube.com/watch?v=Gxi00hMb1tM
 ★ 

「黒田さん、機嫌治りましたか? 燃えますなあ、これは」
 黒田は横を向いたままである。
「メタル博士の黒田さんはこれを知らない、まあ、残念」
「これは...」
 黒田を遮って藤村が言う。「ドイツの、荒野のガンマンみたいだぁ」
 数人がぶっと笑う。
「スコーピオンズに影響を受けたボーカルだけど、でもめっちゃ男らしい音ですね」
「三上さん、その通り。ドイツのバンドは誠にわかりやすく、多くのバンドがスコーピオンズの影響を受けており、全部モロ出し、隠そうともしない連中ばかりでした。
 このバンドにしても、歌は下手かもしれませんが、どうです、この気合い。
 先ほども話題が出ましたが、ボーカルも一つの楽器、つまり見せ場がそれなりにあれば、別に歌唱力極上でなくても良かったんです。ボーカルという楽器の凄み、もう少し聞けばわかりますから。
 はい? 高井くん」
「ボーカルは楽器、それがわかってるリスナーは80年代には少なかったように思います。だから90年代グランジロックを始め、ラウドミュージックと言いましたか、爆裂した音を出すバンドの多くが、ベテランのリスナーによって酷い評価を受けていました」
「確かに。例えば、雑誌の評価など、『ちゃんと歌え』という頭空っぽなレビューが書かれているケースが多かったように記憶してます。私はああいうの、好かんのですよ。激しい音に、先に年長者が文句を垂れてはいけない。メタルファン失格です、そういうのは」
「ちゃんと歌えって、酔っぱらいののど自慢じゃないんだから」 名倉が笑う。
「シンガーとしてはもちろん、詩人としても大きく評価されているメタリカのジェームズだって、歌が下手とか最初、言われてましたよね」

 BGM後半、必殺コーラスパート。
 全員が全身を耳にする。
 大須川にとっても心の名曲である。
 一拍置いてから言った。
「このままフェイドアウト。どうです、名曲でしょう」
「すんごいね。わたし知らない曲だけど、曲名わかるよ。ヴィクトリー!でしょ。かっこいいなあ、汗っぽい男の世界」
 大須川はゲッという顔になった。「アビちゃん、こういうのが好きなんだ?」
「細いガリガリのイケメンはだめ。マッチョマンが好き。断然HHH(トリプルH)とかジェリコね。ロック様とかシナ、オートンなんかメタルっぽくないから、あんまし好きくない」
 痩身でイケメンの名倉は何とも言えない顔にする。
「ということは、ケインやアンダーテイカーなんて、最高というわけかい?」 大須川。
「いやん。テイカーは白目が怖いよ」
 周囲は何の話をしているのかわからない。
「あ、すんません、アメリカンプロレスの話です。ジャーマンスペシャル、次」


http://www.youtube.com/watch?v=MB37Xobja4w
 ★ 

「出た」
「これこれ」
「このアルバム、この曲がジャーマンメタルのカラー、方向性を確定したと思います」
「そういえば、当初はこんなの歌じゃない、とか言われてましたよね、アクセプトも」 名倉。
「そうです。有名出世作品、81年のBREAKERはメタル小僧の心をいきなり鷲掴みにしましたが、歌がダメ、と言う奴も少なからずいました。
 あくまでも感覚の話ですけど、ウドの登場は81年当時、今でいうブラックメタルのようなインパクトがあったんです。魔王様、妖怪、そういう印象です。女性ファンが全然いなかったような気が。どうでした、三上さん」
「私ね、初来日公演行ったのよ。全然行きたくなかったんだけど、当時の彼氏に引っ張ってかれて。そいで、一発で好きになっちゃった。ニコちゃん大王みたいな顔で、ちょこまか動き回るウドが可愛くって」
「...その、女性メタルファンがよく言う、可愛い、てのがわしらおっさんにはよくわかりません」
「可愛いじゃないですか、ウメボシ殿下みたいで」
「また古い...」
「え?」
「いえいえ」
「この曲は初めて聞きましたが、なんというコーラスだ。時限爆弾ですね。なんて歌ってるんです?」
 藤村が高井に答えた。「野郎ども、祝福あれ! うわぁー。これもワイルドで大好き」
「僕輸入盤しか持ってないんで、いまだにわからないんですが、大須川さん、balls to the wallってどういう意味なんですか?」 名倉。
「え? いや、どうでしょ。壁に鉄球ぶつけろ、って意味でしょうねえ」
「奴隷の反乱、みたいな歌詞ですもんね」
「ブー。違うよ」 藤村。「今はあんまし使わない言い回しなんだけど、スイッチ全開、全力前進!って意味だよ」
「スラング?」
「違うと思う。飛行機操縦する、ハンドルじゃないや、レバーだよ。急激にスピード出さなきゃなんないとき、ボールがくっついてるみたいなレバーの先っちょをコクピット、つまりだ、壁にぶつけるように動かす、ってところから来てる、確かそんな意味だったよ」
「賢いんだなぁー、アビちゃん」
「へへへー。シカゴにいたとき。日本で言う、国語の授業だよ。いっぱい、言葉の意味調べなきゃなんないの。スラング調べたら怒られたから、多分スラングじゃないと思うんだけどな」
「英語は全面的にアビちゃんにお任せしますから、またよろしくね。
 アクセプトはこの後、まさかまさかのポップメタル路線へ進んでいきますが、そこにおいても、男くささを印象づけたのが偉大でした。
 ジャーマンスペシャル、続いて。次のバンドもまたボーカルが強烈です」


http://www.youtube.com/watch?v=oa8PAyDtPFA
 ★ 

「このバンドは何が向上したかと言って、この歌、今は別人みたいにうまくなってるからね」
「今もやってるんですか?」 三上が名倉に訊いた。
「ドイツでも人気ナンバー1じゃないかな?」
「へぇー。みんな、息長いね」
 高井が継ぐ。「80年代メタルバンドは、メジャーマイナー問わず7割、8割近くいまだに活動してると思いますよ。昔と違って、副業でプロ活動ができる時代ですから。もっとも、どっちが本業で副業かわからないバンドが多いですけど」
「8割も?」 大須川が尋ねた。
「外国のメタル百科事典サイト、見てください。こんなバンドいたのか、ってのまで、全部再結成してますから」
「しかしこの時代のレイジはノスタルジー全開ですね」  腕を組む名倉のポーズももはや堂々とサマになっている。
「ノスタルジー、ですか」
「この、骨だけ恐竜みたいな音。勢いだけで名曲になっている。メジャーでこれが歓迎されたという、いい時代だったんじゃないですかね」
「当時のNOISEレーベルはメジャーレーベルとは言えないな」
 黒田が応えたが、誰も相手にしなかった。
「ではジャーマンはひとまず休憩して、次はこれ。しみじみ、素晴らしい曲です」


http://www.youtube.com/watch?v=VNyZtmUR7sQ
 ★ 

「人気は一時期だけでしたが、しかし80年代に名作を残しています。再結成してますが」
「これ、覚えてます。私は、仲が良かった従兄弟のお姉ちゃん、隣に住んでたんですけど、メタルが好きになったのはお姉ちゃんのおかげ。そのお姉ちゃんが、このスタジオみたいに、壁にレコードのジャケット貼ってました。黒い絵のジャケットでしたよね?」
「そうそう。真壁さんはまだおチビちゃんだったんじゃ? 25、6年前の曲ですよ、これ」
「おチビメタラーです」
 真壁の話し方はあくまで上品である。上品にメタルの話をする女性など、大須川はお目にかかったことがない。しかし素晴らしい。これはもう何としてでも、個人的にゆっくり話をする機会を作りたい。
「メタルバラード大爆発、って感じの曲よね」
「三上さんの言う通り。バラードが爆発するのがメタルの面白さで、このバンドは当時からして数え切れないほどたくさん存在したメロディアスバンドの中でも、頭一つ飛び抜けてました。活動期間が短かったのが惜しい」
「再結成してるじゃないか。さっき自分でもそう言ったところじゃないか」 また黒田である。
「活動期間、という言葉を全盛期、と訂正いたしますわぁ〜」 下顎を突き出し、大須川は黒田に答えた。
「訂正が多過ぎだ」
「アンタは要らん言葉が多過ぎだ。
 さて、ここまで、硬派のメタルばかり流してますけど、女性陣にもウケが良いのが嬉しいです。後の時代、近年に言われるほど、リスナーは男と女、はっきりと分かれていたわけではなかったんですね。アビちゃんがずっと興奮してますけど」
「もっとマッチョマンなやつ、聞かせてー」
「では」


https://www.youtube.com/watch?v=uD0Zk0LEIBI
 ★ 

「おわー、懐かしい」 常に一番最初に反応するのが、明るいメタル博士、名倉である。
「被り物、してたよね、このバンド。名前何だったっけ」 三上も意外にいろいろと知っている。
「アーマード・セイント、武装する聖人たちです」
「昔PVでよく見たわ。女の人が悪い奴の城に捕まってて、助けに行く、みたいな」
「曲のイメージが全部、それでしたもんね」
「LAメタルでみんな爽やかになったのと、被り物バンドが出てきたの、どっちが先だったかなあ」
「被り物が先だったような気が」
「LAメタルの化粧も、被り物の一つと解釈するのもおもしろいわね」
「それは違うだろう、被り物をしていたメジャーバンドと言えばアーマード・セイントだけだったし、中世騎士の被り物と、女みたいな化粧の一体どこに共通性があるんだ」
 もちろん黒田を全員無視。
 こうなると黒田の反論は、逆に次の曲に移るいいタイミングを提供してくれるようである。
「アーマード・セイントとくれば、次はわかりますよね」


http://www.youtube.com/watch?v=9rVFi6qkPHE
 ★ 

「代表曲ではないかもしれませんが、このバンドのハチャメチャ加減が目立つアホメタルです」
「きゃははは。アメリカのマンガだよね」 藤村が手を叩いて笑う。
「笑いの中にも鋭い音楽性、これは凄いです」 高井が真面目な表情である。
「本物のアホというのは、転じて天才という意味です。アホ気(げ)な曲をたくさん出しているバンドですが、アホさで実力がボケたわけではなく、アホの服を脱げば、ジューダス・プリーストとも張り合えるメタルマンの出で立ちを持っていたバンドだった。プロの芸人、みたいなバンドだと思います」
「まゆ毛の人ですよね」 三上が両眉をいじる。
「は?」
「ギタリストの人。違ったかな」
 名倉が大須川の代わりに答えた。「スコット・イアンですね。近年はずっとスキンヘッドで、本当にマンガみたいな顔ですよ」
「メタルのエンターテイメント精神。ともすれば窮屈な男世界を追究するメタルマニアの風潮の中で、このバンドの『マンガメタル』は意義あるものだったと思います。
 最初、アビちゃんがきゃはははと笑いましたね。確かに笑う人が多い。バンドもそれを狙っていた。ただし、馬鹿にした笑いを送るリスナーは誰もいなかった」
「いや、違うね。それもくろくろお得意の断定。俺はあまり好きなバンドじゃない。アメリカンジョークって、わかったふりして大声で笑う奴っているじゃないか。映画館で、字幕が出るより先に大声で笑う奴」 黒田。
「それ、黒田さんじゃないですかぁー?」
「いちいち、ですかぁ。ですかぁ。『か』の後に小さい『ぁ』をつける、今風女のしゃべり方、やめてくれないかね」
「いやだぁー。やめてくれないかね。くれないかね、って。おやじだぁー」
「はい。今のはアビちゃんの勝ちですね。次」


https://www.youtube.com/watch?v=naUVmyxjPYo
 ★ 

「これはレジェンドです」 高井の目が輝いている。
「今風メタルとあんまり共通性のない音だと思うけど、君の耳の器は広い。この音がメジャーメタル、最先端という時期があった、というのが、私らおじんメタラーには懐かしいことでもあるし、なにかこう、聞いてるだけで心があの時代に戻る」
「名前また忘れた」 三上は名前を思い出さないと気が済まない性格のようだ。「このハイトーンボーカルが一番素敵だったわ。ほら、ウメボシ殿下みたいなボーカルの、さっきも出てきた、ハイトーンのボーカルがいたじゃない。あの。プログレメタルみたいな音になっちゃった」
「またウメボシ殿下ですか」
「クイーンズライクですか?」
「そう! あのバンドみたいに、ハイトーンボーカルのバンドって、なんか慌ただしくて急がしそうな感じで歌ってるのが多かった。この音は全然違うのね。王道のメタルはこうでなくっちゃ」
「ギタリストさん、亡くなってしまいましたけど」 真壁の言葉に、三上が目を剥いて反応した。
「えっ! 死んじゃったの? じゃあ解散したんだね。知らなかった...」
「美旋律ハードロックの70年代、疾走メタルの80年代、歴史物絵巻メタルの90年代、ハードロック復権サウンドの2000年代、どれも私は大好きです」
「どの時代の音も素晴らしかったですよね。"Warrior"という名曲は1977年。アメリカンメタル、またはスピードメタル、歴史初と言う人もいましたが、それもまた真実だと思います」
「大須川さん!」 ツイッターで番組の評判をリアルタイムで追っている名倉が叫ぶ。
「今調べたら、ライオットは解散してません! 残りのメンバーがRIOT V(five)という名前で活動を続け、新作も出るそうですよ」
「ほー。それは嬉しいですね。
 今終わっちゃった曲、アルバムTHUNDERSTEELも、予想しなかった起死回生の何とかでしたから、また新たな起死回生に期待したいもんです。
 ではお次」


https://www.youtube.com/watch?v=4dYP_psMuOU
 ★ 

「...このボーカルも強烈でした。同時に演奏力の確かさも相当なもので、硬派メタルの一番人気でした」
「これはセカンドアルバムですね。ファーストのおどろおどろしい雰囲気も好きだったなぁー」
「ボーカル、いっちゃってますね」 高井。
「この曲はまだおとなしいほうでしたよ。ボーカルは」
「すしん、ずしん、ってすごい。圧倒的だよね。重圧的っていうのかな。最近こんなミドルテンポのカッコイイ曲って、全然ないよね。
 ...なによぅ、わたしだってちゃんとメタルの分析、できるんだから」
「いやいや、お囃子係だと思ってたアビちゃんも鋭い耳持ってるんだな、って」 名倉がなだめる。
「おはやし、ってなに?」
「盛り上げ役ってこと。アビちゃんがリーダー!」
「へへへへ」
「これがしっかりとメジャーレーベルから出ていた、ということが80年代メタル、言ってみればメタルのバブル期の素晴らしさですよね。マイナー録音だったらこんな大きな音、できないですから」
「それはメジャーでなければ聞く価値はないという意味?」 黒田。
「さて次」


http://www.youtube.com/watch?v=np4mo3-2hAw
 ★ 

「...うん、確かにキング・オブ・メタルだった」
「そうです。私はね、death to false metal! 上っ面メタルバンド死んでまえ!と雄叫びながら、この曲、アルバムタイトル、King of metalではなくてkingS of metalとなってるところに、ならではの絆の世界があったと思うんです。
 居丈高な音ではなくて、同胞を励まし鼓舞する存在だったんですね」
「うわ〜、これもマッチョマンだね。でもつるつるマッチョマンだね」
 高井はなんだそれ、と呆れる
「こういう音はどう、高井くん?」
「そうですね、男らしさを過度に誇示するようでありながら、IQはあくまでも高い音作りだ。暑苦しい絵なんだけど、音そのものは暑苦しくない」
「でしょでしょ、つるつるってそういう意味なんだよっ!」
 高井が仕方なく同意している。この2人のやりとりも見ていて面白い。
「メンバーは4人、だからキングスだ。あくまでも尊大で唯我独尊の構え。いちいち心暖まる系に話をつなげられても、それは正確な情報ではない」 黒田。
「という、1リスナーの意見でした。次」
「おい。さっきから、ちょっと待てよ。ちゃんと司会しろよ。いろいろな意見を聞くってのが司会だろうが」
「屁のような意見には私はいちいち相手をしない。おい、さっき、トイレで私が挨拶をすると、アンタは屁で返事を返した。だから言うことも、屁なのだ。そういえばアンタ、屁みたいな顔してますなあ」
 焦っているのは名倉だけで、さすがに三上も高井も真壁も、下を向いて笑った。藤村に至っては机を叩いて爆笑している。
「次、邪魔したら本当に放り出しますよ。
 ハイ、曲が変わりましたー。マノウォーときたら次はこれ!」


http://www.youtube.com/watch?v=GtYyXjQ_uRE
 ★ 

 本当に喧嘩になってしまうのを恐れてか、常識人名倉が席を立ち、黒田と大須川の間に立った。三上の前の机に軽く腰掛けた。
「このリフこそ、80年代メタル最高峰です。ね、三上さん」
「映画、よかったなぁ〜」
「あの映画はほんと、予想外というか、you tubeで初めて宣伝見たとき、びっくりしましたね。もちろん大須川さんもご覧になられたでしょ?」
「DVD買いました。そうですね、メタリカクラスのドキュメンタリーだったらわかるんですけど、アンヴィルのドキュメンタリーが、一般ドキュメンタリー映画として、世界中でヒットしているということがあのときは信じられませんでした」
 まるで授業中にトイレに行きたい意志を表明するかのように、高井が手を挙げる。「あの...俺、初めてギターで練習したのがこの曲だったんです」
「へぇー。それはそれは。おっさんらの時代はスモーク・オン・ザ・ウォーターだったけど、そういえば80年代メタルで一番親しみやすい、プラス簡単なリフですよね。どう、アビちゃん」
「これは悪役だね」
「悪役?」
「乱入してくるの。鎖とか、ゴミ箱のフタ持って」
「あはは。またプロレスですか。でも確かに悪役的な色がありますよね」
「悪役のイメージといっても、人間的にゲスなイメージではなく、悪役ヒーロー、みたいな印象が確かにありますよね」
「秋田のなまはげですか」
 真面目な高井の言葉にしては、意表を突いて面白かった。
「映画でもあったけど、ほんとに雪だらけの土地で、リーダーのリップスは食料運送の配達をしてるんだ。
 もうすでに世界的知名度があったアンヴィルというバンドが、本業、生業というのかな、食べていく手段として仕事してる、というのはちょっとショックだったね」
 三上が継ぐ。「でも映画が当たったんでしょ。今でも、運送の仕事やってるかな?」
「でもねー、もし、スティーブ・クドロウが今でも肉体労働してたら、わたしにはかえって、安心できるっていうか、別に運送の人じゃなくたって、汗流して働く人たち、人に気を遣ってペロンペロンになりながら仕事してる人たち、メタルってそういう人たちのための音楽、って部分もあるから...やぁだ、なんでみんなわたし、睨むのよぉ」
「睨んでなどいませんよ。アビちゃんもあの映画、よく知ってるんだ」
「馬鹿にしないでくださいよぉ、わたしだってちゃあんと考えて、音楽聞いてるんだよ」
「それはそれは、失礼いたしました」
「じゃあ、違う側面から意見」 黒田である。
「本業持ちながら、メタルバンドを10年、20年続けているバンドは山ほどいる。葛藤軋轢も喧嘩も友情も、長くやってるバンドなら普通に、世界中どこにでもある。映画で描かれていたかっとび男、リップス、それをサポートする、熱き友情で結びついたドラマー。しかしどこでもある話なんだよ。アマチュアバンドでも2年3年バンドを続けていれば、必ずある話だ。ミュージシャンはあんなものにいちいち感動などしない。当たり前のものを写して感動をさらうという、非常にありきたりなドキュメントなんだ。メタルが利用されたってだけで」
「へえ。しょーむない、冷めた意見ですね。ここは別に、ミュージシャンの集まりというわけではないんでっせ。
 みなさん。CDがコンスタントに出ていたら、ミュージシャンは音楽でメシ食ってるのだという大きな誤解を、世界中のリスナーに知らしめた、メタルファンにとっては目が覚めるような映画だったわけです。
 バンドのリアルライフとやらにも黒田さんは造詣が深いようでいらっしゃるが、よくあることだって? よくあることでも、リスナーが知らないことがいっぱいある。それを知らしめたのが、雑誌のインタビューなどではなく、映画という最高の手段だったわけだ」
 さらに大須川は熱くなる。「特に! あの映画、オープニングも日本で、ラストシーンも日本だった。日本人向けの映画ではない。なのに。私はねえ、涙、涙でしたよ。どこにでもある話、しかしリスナーには決して伝わっていない世界。
 そんなに苦労してまで。感動と言うより、リスナーにとっても一生メタルを応援していこうという意識を確固たるものにした、コンサート以上の、素晴らしい体験でしたよ、あの映画は。
 それを、なんだ。おっさん、アンタはミュージシャンか?」
「また話を曲げる。あんたの悪い癖が出ているようだ」
「じゃあ、アンタのアンヴィル分析は?」
「どこにでもいる頑固メタルバンドということだ。もちろん音楽そのものは、楽しませてもらった時期もあるが」
「さっきから、いい加減にしろ。切り捨ててどうするんだ。持ち上げろ」
「なんだおい、これは驚いた。あんたはそういう、商業主義でものを考える人間なんだな。売れたらメタルの真髄? ほおー」
「ああ、そうだな。名盤名作名バンドの条件は、まず有名になることにあるんだ。売れてはいない名作、隠れた名盤の存在もしっかり理解しているつもりだがな」
「おかしな言葉を言うな。アンヴィルなんかマイナーバンドじゃないかよ。もっと先に紹介する売れ線メタルバンドがあるだろ。結局だ、数学でいう平行線の定義のように、地球が丸くたって、あんたの考えと私の考えは絶対に交わることはない」
 ギャラリーはしらけている。
「何言うとるんだ。空気を読め、って何度言えばわかる。一番の年長者のくせに」
「年長者、年少者、そういう言葉はもう止めませんか、大須川さん」 高井が遮った。
「へ?」
「売れたから名盤という意見には大いに反論、あります。今は黒田さんの意見が正しいかな」
 なんだ?
 黒田と結びつく気か?
「なあ。高井くん、正しい、悪いを話す場じゃないよ」
 真壁も大きくうなずいている。
 しかし高井は続けた。「ニュアンスが伝わってませんね。間違った情報を正す、という意味の正しさです」
 黒田が乗っかる。「司会の人選ミスなんだよ。ディレクターも全然口、出してこないけど、どうなってるんだ。くろくろはホームページでも間違った情報ばかり伝えて、ネット界では信用できない人物ということになっていた。それをだね、ちょっと、本を出したからって、有名人気取りなんじゃないのか? 帰れ。あんたがいなくても番組は続けられるんだ。俺が前に立つ。視聴者もそう願ってるんだ」
 名倉が冷静に言い放つ。「いいですか、黒田さん。ずっと僕ツイッター、チェックしてますけど、視聴者に一番邪魔だと思われてるのは、黒田さん、あなたです」

 大須川は一同に尻を向け、かがんだ。
 移動式ホワイトボードを固定する、金具を触った。
「はいはい、ちょっとごめんなさいよー」
 ホワイトボードを、輪になって並んだ席の真っ直中に押し込んだ。
 円に直線が食い込むような形で、黒田を、一人輪の外に追い出すように仕切ってしまった。
「しばらく、これで行きます。おっさん、意見があるならボードの向こうから言え。ディレクターが何も言って来ないのは、私に全権を託しているからだ。私には警備員にアンタをつまみ出してもらう、という権限もあるんだよ」
 警備員などこの建物にはいないが。
 黒田は立ち上がり、ホワイトボードを元の場所に戻そうとした。しかし大須川が押し返してくる。
 大須川も黒田も、ムキになった醜いおっさんと化している。
 ただし大須川が馬鹿な被り物をしている以上、圧倒的に黒田の分が悪い。
「黒田さん、いい加減にしてください! これ、生中継ですよ。いい恥をかいてるのは黒田さんです。わからないんですか?」 真壁が怒った。
「大人になれぇー、黒田のおっちゃーん」 藤村が両手をメガホン代わりにして言った。
 三上はあちゃちゃちゃ、と一人で慌てていた。
 黒田の一番近くで、怖い顔をしているのが名倉である。

 ...この場の本当の主役であり、一番人間が出来ているのは名倉である、ということは黒田にもわかっていた。
 大須川などただの馬鹿である。しかし名倉は違う。
 黒田はおとなしく、ホワイトボードの裏に引っ込んだ。

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