第14章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=Y-aJXwpAgPA


「楽しそうだね、あの人たち」
 長時間、たった一人でカメラを動かしている村田の背中に向かい、西原は声をかけた。
 交代要員が来る様子もなく、大層疲れて不満げにしていると西原は思っていたが、村田は声を殺して笑っていた。笑い顔のまま、静かに、声出すなと人差し指を口に当てた。
 何がおかしいのか、出演者たちが転げまわって笑っている。
 4つほどある定点の一つにカメラを据え、村田がモニタースペースに来た。

「面白いよ、あの人たち」
「こっちはそれどころじゃないのよ」 西原は両手を腰に据える。
「何が」
「さっきの話よ。ツトムちゃんに全部話、聞いた。ヒゲ夫さんも転職、考えてるのね?」
「...まだ先かな、と思ってたんだけどな。父ちゃん、社長から聞いてなかったのか?」
「父さんも、全然知らないみたいなの。ひょっとして、何も知らなかったのは私だけ?」
「俺はしばらく亜紀ちゃんと話す機会がなかったじゃん。ツトムから聞かなかったのか?」
「さっき聞いたけど、ツトムは私に教えてくれなかった。怪しいな、ツトムも」
「噂だけでさ。俺らスタッフは何の指示も受けてないぜ」
「それはわからない」
「信じろよ」
「...横川と大場のクーデター」
「何だよそれ」
「あのおっさんらが勝手に話を進めているのは間違いなさそう」
「でも、それ以前にやっぱり変だ。今日は。おかしい」
「でしょ」
「いや、今の話をしてるんだ。今日のあの人たち、勝手に番組進めてくれてるから、助かってるけどな。今、ドリフの大爆笑みたいになってるぜ。
 大場がこういうのは絶対許さない。なのにあいつら、一体どこへ行ったんだ。会社買収計画が、どうして番組が稼動している今の時間に動いてるんだよ」
 村田は不安そうな顔をしているのだろうが、ヒゲが占める面積が大きすぎるため、大きなマスクをつけている人間と同じで、表情を示すのは目の動きしかない。
 その目は右、左へとせわしなく動いている。
「このあとの収録はFM関東から籾山さんが来て、独りトークでPV流すだけだから、そいで11時から先週の80年代ポップスの再放送でしょ、おっさんたちがいなくてもどうにかなるわ」
「今、なんでおっさんたちが姿を消してる。不気味じゃないか?」
「そうね。わけがわかんないわね。父さんは今熊本にいるし、いつも通り、おっさんたちはここで偉そうにしていて普通なんだけど」
「今、ここにいないということは、理由があるんだ」
「わかり切ってること言わないで。あ、ケータイ鳴った。父さんからよ。まだ休憩、入らないわね?」
「そろそろなんだけど。少し伸ばそうか? ボードで伝えてみる」
「5分でいいから、お願いね」

「どうなってるんだ!」
 父親の、焦りに焦った声が飛び込んできた
「声大きいよ」
「大場にも横川にも連絡が取れない。そこにいないのか?」
「いないよ」
「番組はどうなってるんだ?」
「だから声大きいって。村田さんが撮影、私がモニターチェックとPV切り替え。素人さんの集まりにしては今日のゲストさん、上手に番組進めてくれてる」
「大場も横川もいないのにか?」
「うん」
「今、スタジオにいるのは誰だ?」
「未来ちゃんと吉岡くんが1階に。佐川さんと太田さんが3階で編集やってる。それと、父さんの部屋にはクチビルゲ」
「中川君がそろそろそっちに着くそうだ。俺は全員に連絡してみた。おまえがさっき言ってたこと以上のことはわからない」
「裕子さんも事情、知ってるのかな」
 元アナウンサーの中川裕子は実際のところ、この弱小局において一番仕事ができる人間である。
 社長を含めた男どもをアゴでこき使い、恐れられている存在であるが、なぜか西原亜紀には優しい。それも肩の張らない、自然な優しさである。亜紀はこの業界で成り上がっていくことよりも、中川のような女性になりたいと常日頃から思っている。
「そろそろ俺に話すつもりだったそうだ。中川君は確証をつかもうとしたんだそうだが、難しいそうでな。今、それとなくクラウドに、中川君から探りを入れてもらった」
「それで?」
「何もわからないそうだ」
「どうなるの? 不安だ、私」
「何度も言うが、今やってる放送に集中しろ。手を抜くな。もうすぐ中川君が来る。中川君なら私の代理をやってくれてお釣りが来るくらいだ。だからおまえは安心しろ」
「わかった」
「俺もすぐに東京に戻るから。つーか、もう熊本駅だ。今新幹線の切符買ってるところ。なんとか、持ちこたえろ。何もないと思うがな。横川と大場、とっつかまえてギュウギュウ言わせてやるから」
「早く帰ってきて」
「新幹線の運転手に頼め」
「裕子さんが来たら安心だよ」
「私は不安だ。今の放送がな。放送中にあの2人がそこにいないということが異常事態だ。とにかくおまえはおまえでがんばれ」

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