第15章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=jN7AFA_95XA


「そろそろスタジオに戻らないと...やばいんじゃないですか」
「大丈夫だ。スタジオの様子はアイツが逐一伝えてくれてる。しかし女王様の横暴にも困ったもんだわな」
 横川は口ひげをモシャモシャと掻いた。
 今の時間なら、NTVスタジオから車で20分程度で来られる近場ではあるが、スタジオの外に出て来いと電話で指示を受けた2人は、そのまま車に乗せられて、この高級マンションの一室に連れて来られた。
「まさかカメラが故障だとは」 300万円は下らない、テレビ撮影用カメラである。
「普通に電源、入れて使えるんだよ。屋外の撮影でもないのに、バッテリーが要るだなんて言ったのは誰だ。感電モノのバッテリーを反対向きに入れて放っておくなんて、クラウドの人間も素人の集まりか?」
「横川さん、本当に大丈夫なんでしょうね。いくら女王様のやることだといっても、重役連中に全部ひっくり返されてしまうなんてことは?」 大場が不安そうな声を出した。
「今のクラウドで、社長より偉い女王様だぞ。その女王様、直々のお誘いだったんだ。不安ならNTVにおまえだけ戻れ」
「そんなぁ...」
「あのな。俺も女王様専属になど、なる気はないさ。自分の所属だよ。天下のクラウドミュージックに入り込んだ者勝ち。必ず今の何倍もいい仕事が転がってる。
 数字出してるって言っても、平均年齢33歳の若造だらけの会社だ。これはクラウド上層部への招待券なんだよ。女王に無茶を言われて腹が立つのは俺も同じだ。しかし腹を立てても、不安は持つな」
「わかりました。横川さんを信じます」
 バタバタと足音を立てて、女王様が戻ってきた。
 そして女王様はかなりご機嫌斜めである。

「まだ始められないわけ?」
「それは、私どものせいではございません。計画通り、来月であればこんなことにはならなかったと思っております。はい」
「中継できるからっていうから、私だって昼の予定をキャンセルして、スタンバイしてるわけでしょう!」
「何度も言いますように、カメラが動かなければ放送は始められません」
「あーあ。つまんなくなっちゃったかもな。他の人に頼もっかな」
 横川は、椅子から立ち上がった。
「無理なことを言われて、私も今現在の仕事を捨ててこうして駆けつけている。この状況で、今すぐ放送を始めろなどと、日本中のどれだけ有名なディレクターを連れてきてもあなたの要望は聞くことはできませんね。
 すべての話を、なかったことにしていただきましょう。クラウド上層部にも報告をしておきます。ではさようなら」
 大場がぽかんと口を開けたままである。
「ちょっと待ってよ。無理を言って、悪かったかもしんない」
 大きなため息をつき、女王様は大きな豪華ソファーに腰を下ろし、足を組んだ。
「絶対、夕方までにオンエアできるのね?」
「お任せください」
「あんたまたスーパーのジュース、混ぜたね?」
 付き人の女性が女王様の罵声を浴びた。
「申し訳ありません!」
「もう来なくていいから」
「そんな!」
 瓶入りで1リットル1600円もする、ピンク・グレープフルーツの100%果汁。六本木の特定の店でないと売っていない。1日10本程度の限定販売。日持ちするものでもない。
 行動も読めなければ行き先も読めない女王様に常にこれを用意するのは、4人いる付き人の誰にとっても、おそろしく難しい仕事だった。
「で、私は今この瞬間からでもスタンバイOKよ。本も自分で考えたから。待ってる間、何だったら読んでみてもいいわよ」
 女王様は紙の束を投げて横川に渡した。
 手書き。強烈な丸文字。前代未聞の脚本だ。
「急な話だったので、NTVの人間が怪しみます。一度、戻りたいんですが」
「その間にカメラ、来たらどうするのよ!」
「私は2歩3歩、先の動きを読みます。それが仕事ですので。カメラはもう手配してあります。しかしカメラはここには来ません。NTVにカメラが来ます。邪魔者を排除するための、完全なる策です。ですので、一度戻らせてください」
「...30分で行って、戻ってきなさい」
「御意」
「まだまだ飾りつけが足りないわね」
 女王様は即席自宅スタジオ、ひとつの部屋に入っていった。この2時間、優に20回は出たり入ったりを繰り返している。
 理解しがたいレイアウトが、その部屋に成されている。
 最新型のカメラが動けば問題なかったところだが、旧式、量産タイプとなると照明が必要だ。となると、壁を埋め尽くすがごとくベタベタと貼られている女王様関連グッズの、その光の反射で女王様の顔はコピー用紙さながらに真っ白になる。
 なんだってこんな、テカテカと光るものばかり貼ってあるのだ。横川は理解に苦しんだ。
 また女王様が、横川たちのそばに戻って来た。
「あれ? そういえば、なぜNTVに予備のポータブルカメラがないの?」
「...社員が今持ち出しで使用してます。貧乏局ですからポータブルは1台しかないのです」
「2歩3歩先を読んでも、貧乏局ならどうしよーもないじゃん。私がその気になってるのに。ほんと、使えない人ばっかりじゃ困るわね。横川さんだけは私期待してるんだから。ほんと、頼むわよ」
「はい。では一度局のほうに戻ります」
 女王様はおどけた顔つきで口を尖らし、右手をぱくぱくと動かした。


「舐められてますよね、ほんと」 部屋を出た途端、大場は別人のように尊大な顔になった。
「日頃はあのように常識も何もないクソガキでも、毎日何億と動かしている人間であることは事実だ」
「さっきから何回か、動画でチェックしましたが、番組は滞りなく進んでいるようですね。でも戻ったら、男おんなに必ず、どこへ行ってた!と問い詰められますよ」
「社長は昨日から熊本へ出張だ。下っ端どもには適当に言っておけばいい。早ければ明日には俺たちはクラウドへ移籍なんだから」
「そうでしたね、はっはっはっ」

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