第16章

「オワロスミス、大変な発言が飛び出しました。本日の番組の目玉です。まさか黒田さんが、大ヒットをかっ飛ばすとは想定外でした。
 さて、いつまで笑ってるんですか、真壁さん」
 と言いながら大須川もまったく立ち直っていない。
「ごめんなさい」
「気を取り直して、次の曲、行きましょう」


http://www.youtube.com/watch?v=9cg6AQ1MOQE
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「...シブガキ隊だ!」
 即効で立ち直っている黒田が、イントロでそう叫んだ名倉に偉そうに言う。「シブガキ隊を覚えてっしゃるとは、あなたは別の番組でも活躍できるかもしれませんな。80年代日本の歌謡曲、90年代もそうだ、メタルに限らず洋楽のイントロ、サビがよくも裁判沙汰にならないもんだな、というくらい、たくさんパクられていた。特にこのバンドやイエスなど、原曲が鳴ってるのに歌謡曲と勘違いする人がいて、苦笑モノなんだよ」
 名倉も不機嫌な表情で言い返す。「ですから、パクリの事実から転じた隠語ですよ。わかってないのはあなただ。今でもファンはこの曲をフッツーに、シブガキ隊と呼んでますから」
「シブガキも干し柿もどうだっていいんです。さて、この曲の日本語タイトル、どなたか覚えてます?」
「えーと、炎のパトロール!」 三上が手を打って言う。
「惜しい。放火魔じゃないんですから」
「なんだったっけ。えーと。えーと。思い出した! 夜明けの彼方!」
「あははは。また惜しい。足して2で割ってください。炎の彼方。アルバムはDAWN PATROL。
 FM放送でこれを録音した私の当時の友人、山崎君という奴は、カセットテープのインデックスに、ファイア・ファー・アウェイと英語で書いてました。あのころのFMは日本語タイトルしか言わなかった。
 80年代ロックは、日本語オリジナルタイトルってやつが多かった。懐かしい曲は、当時の出来事までよく思い出させてくれます。名倉さん、原曲タイトルは?」
「ドント・テル・ミー・ユー・ラブ・ミー、ラブソングにもなってないような、アッホな歌詞でしたよね」
「ははは。まったく。私が衝撃的だったのは、ほれ、このライトな音質。ポップスよりも軽い。エルトン・ジョンよりも軽い。なのに、もうすぐ来ますが、必殺のギターソロです。これがメタルのニューヒーローか、なんて当時は思いました」
「当時のギター少年たちが必死になって真似している姿が目に浮かびますが、音はポップスですね。メタルというより」 高井。
「そうですね。でも、メタルだったんです。80年代メタルの奥深さを語る名曲といえましょう」 真壁と三上、女性陣が大きく頷いた。
「あたしはハマったわ。ルックスもグーだったし。でも、今見てみたら、あんましかっこよくなかったりするわね。なんでだろう」
 グーときた。
「どんな人たちだったの?」 名倉が再びスマートホンで素早く検索し、藤村に見せた。
「うーん、ビミョーだなぁ。サングラスかけて帽子かぶった、ショップの店長みたいな人がいるよ。横の人は馬みたいな顔」


https://www.youtube.com/watch?v=oxCs3D7P62k
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 フェイドアウトした曲に続き、今度はミドルテンポの静かなイントロ。
「他にも名曲あるぞ!と言われそうですが、この曲はフルで全部流します」
「俺も選ぶなら、この曲選ぶな。珍しくくろくろ様と意見が合ったよ」
「静かにしてください黒田さん」 棘のある三上の一言に黒田は黙る。
 ドラムスが入り、溶岩流噴出のように始まる本イントロに、全員の身体が耳になっていた。
「印象で言えば、陽側陰側、誰に聞いても陽側のバンドです。明るい人たちです。オーストラリアのお陽さまです。でもこの、明るいも暗いも全部喰らう怪獣みたいな曲、このアルバムが、アメリカ、ビルボードチャート1位を獲った。私が思うに、この曲がメタルのステータスを作ったんです」
「大賛成。このアルバムがなかったら、メタル、ハードロックは若い人間専用の音楽で終わっていたかもしれない。ベテランがついにヒットチャート1位、ぜひリアルタイムで体験したかった」 名倉は何度もうなずきながら語る。
「それにね、海外だと、50代60代のおじさんが普通に聞いてるんだって。外国はいいよなあ、おっさんがロックを聞いてても、全然自然なんだから。
 今でも活動中で、世界的人気を誇ってるってのが凄い。ぎりぎり70年代の曲だけど、Highway to Hell。今でも、映画で流れてるアメリカンロック、ベスト10なんか作られたとしたら、必ずベスト3に入ると思います」
「FINAL DESTINATION 2、公開名デッド・コースター。ハイウェイで未曾有の大事故が起こる直前にラジオから大きく流れていたのがHighway to Hellだ」 高井はニタリと笑ったが、反応したのは大須川だけだった。
 あれは面白い映画だけどみんな知らないみたいだね、と大須川は目で語り、なぜかチンパンジーのように下くちびるを突き出した。
「でも80年代から90年代にかけて駄作を出し続けたのが痛かったな。80年代初期に活躍したという印象があるけど、80年代中盤からずっとAC/DCは終わっていた」 黒田が二重アゴをさすりながら太い声で言う。つくづく、咲いた会話に水を差す男である。
「今。名倉さんと高井くんが言いましたね。Highway to Hell。
 古典、クラシックだけど、今の映画にもよく出てくる。映画が引き締まる感じがする。安っぽい映画には出てこないんだよ。AC/DCもまた、80年代メタル、80年代ロックを代表する存在。
 それは、50代60代のおっさんまで外国では普通に聞いているということが、何十年も大きな人気をキープしていたという事実を物語ってるんです。
 アルバムが売れた、売れないで判断される存在ではもうなかった。そういうことです」
「何、勝手に締めてるんだ、断言するなよ、断言屋め」 細い目を見開いて黒田が突っかかった。いつの間にかホワイトボードの裏から出てきて、端に座っている。
「締めたいんだったら、おっさん、アンタが考えろ。司会力、言葉の説得力はこの中でダントツにあんたが一番だ。認める。何といってもオワロスミス。私にはそこまでのセンスはない。
 はい、曲終わっちゃいました。後半の、スローからミドルテンポにギアチェンジするところ、いつ聞いても鳥肌立ちますね。何年経っても名曲は名曲です。次」


http://www.youtube.com/watch?v=rQvu5Eo7rKI
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「...これも、もっとメタル時代の曲を出せ!てなものですが、個人的な見解で申し訳ないですけど、私自身、レインボーというバンドに初めてのめり込んで、高校生のときは寝ても覚めても、という感じでしたが、今に至るまで通算すれば、ポップ時代のレインボーのほうが、聞いた回数は断然多いという気がするんです」
「それは、やっぱり曲が名曲ばっかりだったからじゃない?」
「三上さんの言う通り。全曲名曲、なんてアルバムを作ったのはレインボーくらいのもんじゃないでしょうか」
「それは大袈裟だ」
 真壁は完全に黒田を無視する。「私、思うんですけど、80年代メタルのファンの方って、メタルに限らず、いろんな音楽を知ってらっしゃると思います。
 90年代メタルという固有名詞は存在しないかもしれませんが、90年代メタル、2000年代メタルに詳しい人って、メタル博士ではあるけど、メタルしか知らないし、メタル以外の音楽を聞こうとしません。メタル以外の音楽に偏見を真っ先に出す人もいます。
 ちょっと誤解を招くような言い方をしてしまいましたが、バンドの数が桁外れに多くなってしまったことと、パソコンで音楽が聞けるようになったこともリスナーの全体の傾向に大きく影響していることは言うまでもありません。
 私が言いたいのは、レインボーはメタルと、他ジャンルとの間の橋渡しを担ったバンドだと思います。ポップス、プログレ、クラシック、その他いっぱい。名曲をたくさん出したバンドだからこそありえた奇跡です。80年代の奇跡、その先頭にいたバンドだと思います」
「奇跡が、そっちこっちに転がっていた素晴らしい時代、そしてそんな時代の頂点にいたバンドですね。どう、アビちゃん、こういうのは?」
「歌詞、一発で覚えちゃいます」
「頭いいんだなあ」
「馬鹿だよわたし。でもね、do you remember me, on the street of dreams, running through my memories、言葉が音符になってるの。ありゃー、なんかわたし、クニャクニャになります」
「クニャクニャになっててください。そろそろ休憩にしようと思いますが、その前に休憩前の締めの1曲。イントロで誰の曲がすぐにわかると思いますが、メタル度を測るような気分で聞いてみてください」


http://www.youtube.com/watch?v=hFDcoX7s6rE
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「...僕はね、ブライアン・メイって、実はめちゃくちゃメタルファンじゃないか?って思うんです」 名倉。
「それは?」
「ソロでも、バリバリのメタルアルバムを出してるわけじゃないけど、どの作品でも、必ずメタルファンの心をくすぐる曲があるじゃないですか。それに70年代の、ホントにクラシックなアルバム、セカンドとかサードなんか、名盤『オペラ座の夜』以前、ギターの音はメタルサウンドと称して差し支えないような音、出してました」
「70年代のヘヴィ・メタルはクイーンかも知れません。NEWS OF THE WORLDだったかな、77年? シアー・ハート・アタックという曲なんか、ギターはスラッシュメタルの勢いですよね」
「あー、違う違う。あの曲はパンクロックと同じ、コード全弦を掻き鳴らすという手法であり、メタルの疾走リフとは別物だ」
「うるっさい、黒田!」 藤村がついに言った。
 黒田が藤村を睨むが、藤村は幼稚園児のようなあかんべーで返す。
 そして、曲が走り始めた。
「おおお」 高井が感嘆の声を放った。
「ジャンル無用。ジャンルの話は横に置いといて。どう、高井くん。ロックのレジェンドのお遊びと考えても、しかしカッコいい遊びじゃないか?」
「これ、なんていうアルバムに入ってるんですか?」
「1988年”THE MIRACLE”。3作出ているオフィシャルベストの2作目にも収録されてますよ。
 じゃあみなさん、ここで休憩入れましょう。ディレクター、どこへ行ったんでしょうね。いいんですかねー、勝手に休憩しても。カメラマンさんもどこだ?」
 暗がりからADと、ヒゲのカメラマンが走ってきた。腕で〇を作っている。

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