第17章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=x9j6DE6RnSk


 休憩室、または外へ出る階段へ一同は向かう。
 廊下の端まで聞こえるような声で、黒田が言った。「高井くんが俺についた。さて後半、面白くなるぞ。俺だってな、6時間という長丁場だから、あえて嫌われ者みたいな人間を演じているわけであって。これは居酒屋トークじゃない。一応テレビ番組だからねえ。さあ、女性軍もそろそろ1人ないし2人は、俺ら側についたらいいんじゃない?」
 肩に置かれた黒田の分厚い手を、高井は払った。
「あの。勝手に何、言ってるんすか?」
「え?」
「一応テレビ番組だ。だから何か役をしなきゃ、と思って、黒田さん側についてみた。
 感想。
 面白くない。俺が面白くないんだから、見てる人もきっと面白くない。他の人は知らないですが、俺は以降まったく、黒田さんの援護射撃はしないっすから」
 黒田の歩く速度が落ち、一同から取り残されたような形になる。
「なんやねん。どうしよかと思った。そういうことか」 大須川は高井の腹に軽くジャブを打つ。
「さっき言ったでしょ、仕掛けてみるって」
「俺に仕掛けたやんか」
「何が起こるかわからない生放送。以降もどうなるかわかりませんよ。でも、大須川さんの邪魔はもうしませんから」
「休憩室、禁煙ですよね」 名倉がタバコをくわえる格好をしながら先頭を歩く三上に尋ねた。
「灰皿、置いてましたよ。いいですよ、私ら、気にしませんし。ね」
「じゃあ私も遠慮なしに」 真壁がにっこり笑う。
 真壁が吸うタバコというと、ピアニッシモのピンク色や、ポッキーみたいに細い、いい香りのタバコだろう。勝手に大須川は想像した。

 そのとき、ドタドタと階段を上ってきたのは、横川ディレクターと大場プロデューサーだった。
「やあやあ、どうもどうも。番組、調子良く進んでるみたいですね」
「横川さん、外出されてたんですか? カメラマンさんとADさんしかいませんでしたよ」 大須川は不審な空気を感じた。
「大事な社用があってね。なぁに、小さい局だ、ADだってカメラマンだって、何でもできるんだよ。何でも屋の集まりだ。ということで、失礼する。またあとで」
 大須川の癇に障ったのは、横川ではなく、ニヤニヤと笑いながら露骨に真壁のぞ美の尻を見る、大場プロデューサーだった。この男はゲスである。

 休憩室。黒田を除く6人。
「あれー、黒田さん来ないじゃん」 スマートホンを触りながら、スナック菓子を食べながら、全員まとめトークをする三上。
「さすがに入って来れないんじゃないですか。ね、大須川さん」 高井。
「だとしたらあのおっさん、本当に大人げないよな。私以上ですよ。口が悪いだけじゃなくて、性格も陰険に思える。なんてたって、俺を裁判で訴えようとした人間だからね」
「えっ??」
 全員が大須川を見た。
「知らなかったっけ名倉さん。HEAVY METAL SAMURAIの管理人タケ。あのおっさん」
「なぜまた、裁判なんですか?」 真壁。
「たいがい昔の話なんだけどね。言いがかりもいいとこ。まあ、俺も大人げなかったけどね。
 アイツが名指しで、俺のサイトの悪口を書くもんだから、俺も応戦して、徹底的にコキ下ろしてやった。自分のサイトでね。
 そしたら、名誉毀損とやらで、本当に訴状、出しやがったんだ。結局審議なし、裁判そのものが受け入れてもらえなかったんやけど、訴状が来たから、黒田武弘、俺は10年前にあの男の名前を知ってる。
 それがなぜ、視聴者参加のこの番組に来たか。選ばれたか。
 偶然にしては出来すぎてる。あのヒゲのディレクターか、プロデューサーに金でも包んだに違いない、と俺は思ってる」
「うゎー、それって裏金って言うんじゃない? 不正はんたーい」 無邪気な藤村に大須川は苦笑いをする。
「でもまさか、10年前に想像してたまんまのキャラで来るとはな。何千人見てるか知らんけど、テレビカメラの前やろ。
 悪者を演じて、番組を面白くしよなんて、あの男はこれぽっちも考えてない。主役にいちいち絡む、あれがあの男の本性や」
「今、ツイッターその他チェックしてるんですが...」 名倉が身を乗り出した。「アビちゃん、大人気だ」
「えー? わたしが? なんて書いてあんの?」
「あの娘に司会やらせろ。染まってないコの言うことが一番胸にじーんと来る。メタルクイーンはアビちゃんだ」 名倉はせわしなく指を動かす。「素直さを大人たちは学べ、アビちゃんに教えてもらえ。意見はいい、素直な反応が聞きたい」 名倉は顔を上げた。「うん、俺もその通りだと思うよ」
「えへへへ」
「あたしは? あたしは? ちょっと名倉くん、今見てるページこのままこっち飛ばして」
 名倉は何とも複雑な顔をしている。
 早速三上はツイッターの内容を目で追い始めた。
「大須川さん、スマホは?」
「ガラケーです。ちなみにメールと地図機能しか使ったことありません」
「じゃあこれ、見てください」 名倉は大須川に自分のスマートホンの画面を見せた。「NTVのツイッター関連です。ほら、凄い数ですよ。ツイッターてのは基本実名だから、2ちゃんの嫌いな大須川さんでも気にしないで読めるんじゃないですか?」 名倉は画面を大須川のほうに向けた。
「いや、ありがとう。わし、近眼やし老眼やし...まあ、評判は私が、自分の耳で聞きます。応援には感謝して、苦言には反省して、罵倒には何じゃコラと思って」
「大須川さん、なんか、くろくろさんのときよりも成長してませんか?」 ブランド物とおぼしきタバコケースから1本出した真壁が、じっと大須川の目を見つめて言った。
「へ?」
「クロニクルのくろくろさんのイメージでは、黒田さんと同じ性格の方、という印象がありました」
「そうですかね。でもま、私が自分のサイトで、読む人の迷惑考えず好き放題発言してたのは、もう10年近く前です。おっさんでも、成長するのかな?」 今の言い方はまずいと自分でも思った。アホ丸出しである。
 しかしやはり、真壁は最高の笑顔を大須川に返した。「私が好きな音楽の先生って感じがします。尊敬します」
「いやぁ。だは。だはははは」
 好きな、という言葉は音楽に掛かっているのか、先生に掛かっているのか。
 それによっては、今晩、大須川は近年一番幸せな体験をすることになる。

 そのとき、大きな舌打ちが響いた。
 三上である。
 名倉が困った顔をしている。誰かのツイッターに、三上にとって面白くないことが書かれているようだ。
「ねえ、三上さん」 名倉が呼びかけても、三上は恐い顔をしたまま顔を上げない。
「くっそ。許さん」 三上の低い声に、部屋がしんとなった。
「三上さぁん、わたしも、ネットでずいぶん虐められた。
 虐められてる、助けて、とブログに、わたし、すがったの。でも、余計に酷い言葉、ぶつけられちゃった。ネットってそうゆうもんだから、三上さん、気にしないで。でもそのネットのおかげでこうして、みんなと会えたんだもんね」
 全員がほっこりした気分になった。
 しかし、丸い目をして真剣に話しかける藤村をも、三上は無視した。
 そして立ち上がった。
「トイレ行ってきます。皆さんは楽しく話していてちょうだい」
 そのまま三上は休憩室を出て行った。

「...免疫、ないんですかね?」 高井。
「ないんでしょうな」 大須川。
「わたし、様子見に行ってきます」
「いいよいいよアビちゃん、あの人もいい大人なんだから。じゃあそろそろスタジオに戻ろうか」


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