第20章

 大須川たちに詳細に説明する時間はない。
 ただ、番組がプロデューサーたちの悪意によって、予告もなしに中断されるということを西原は大須川に話した。小部屋にはヒゲ夫こと村田カメラマンもいる。

「それだけじゃ事情がよく、わからんな」
 西原は足をじたばたさせた。「休憩の間に入れる映像はきっちり30分です、あと8分しかありません! とにかく、番組が中断されるかもしれないってことを知っておいてください。指示は私から出しますから」
 その言い方に少々むかっときた大須川は、言い放った。
「勝手だな、アンタ」
「はい?」
「あのね。呼んでおいて、番組中断すると一方的に、なんだ」
「...申し訳ありませんでした」
「でした、って何だよ」
「ですから、私からも謝ります」
「私からも、って何だよ。アンタしか謝ってないじゃないか」
「すみません、俺からも謝ります」 村田も頭を下げた。
 一瞬、大須川などに言うべきではなかったと西原は思った。
「しかし、LENYAって、あのLEYNAだよな?」
「あのLEYNAです」
「そもそもね、俺が、大場とか横川の仲間だとか、アンタ思わないの?」
「あ! いえ、はい、信用してますので」
「ははは。信用してるって、今日初めて会ったばっかりじゃないか」
 大須川は禿げた頭をぺちぺち叩きながら、西原を睨んだ。
「ヒゲの横川とカバの大場も、禿のこの俺もみんな、アンタら若い人間にはみんな、薄汚いおっさんなんだろうな。
 しかーし。
 若い人間に信用されるというだけでも俺は光栄だ。若いお嬢ちゃんたちを助けずして何が禿げ頭か。老後を待つだけのこの哀しい禿人生。面白そうだ。LEYNA何するものぞ。応援するぞ、何でも言いなさい」
「ありがとうございます!」
「...でもね、わし、司会下ろされちゃったのよ」
「え?」
「ギャラリーの一人に司会を奪われた。情けないことですわ。大場のおっさんに直々に言われた」
「じゃあねえ...今は大須川さん、じたばた暴れたりせずに、それに従ってください。司会やらないでいいんでしたら、もっと詳しくお話できるわね」 また西原は時計を見た。
「5分後、映像切り替えたら、私の手が空きます。曲テロップは...どうしよう。流す曲、教えてもらう時間がない」
「予想外の展開だ。テロップは放っておこう。定点でカメラ据え置いてるから、モニター切り替えは俺がやる。ゆっくり大須川さんに説明しな」
「ごめんね、ヒゲ夫さん」

 10分程度かけて、大須川は事情を聞いた。
 もう番組ははじまっている。音が聞こえてくる。
 何とも困った曲が流れているが、あの人物ならなるほどかもしれない。

「大須川さんには関係ないことなのに、申し訳ないです」
「いや、今の時間に起こってることやから。しかし...あり得るんやな、そんな無茶な話」
「LEYNAに怖いものなしです。でも最後まで、何とかこの番組続けたい。邪魔されたくないんです。でも私たちには今、味方が誰一人いません。ディレクターもプロデューサーも、社長も、みんないない状態なんです」
「俺はあの新しい司会を追い出したいよ」
「ほんと、馬鹿。大場のオヤジ。
 私はヘビメタには詳しくないんですけど、ごめんなさい。でも村田カメラマン、ヘビメタが大好きで。いつもめんどくさそうに仕事する人なんですけど、今日みたいにキビキビ楽しそうに仕事してるのは初めて見ました。番組が中断されちゃったら、きっと苦情の電話が殺到でしょうね」
「中断どころか、この局がなくなってしまうんやろ?」
「そうです。何かいいアイデア、ないですか?」
 一瞬の間の後、言葉を返そうとした大須川を西原はやんわりと止めた。「そうですよね、会社の危機なんだから、私たちが番組に出て、アピールしたらいいってことですよね?」 声のトーンにはまったく覇気がない。
「私たちがカメラの前で訴えても、番組中断について視聴者の反感をかうでしょうし、何よりも、LEYNAの番組ジャック大宣伝になっちゃいます」
「そりゃま、そうやな...」
 ない知恵を必死に絞る大須川。
 西原はすがるような目つきで大須川の目をじっと見つめる。
 最初、美形韓流スターの真似事のように見えた、性別不明に思えた西原という女性は、これだけ近い距離でよく見れば、やはり相当の美人である。女性にじっと見つめられるなど、近年、仕事以外で何かあったか。いや、これも仕事のうちなのかな。うーん、性別不明じゃない。凛々しい美しさなのだ。
 にやけそうになるのを大須川は必死に抑えた。
 しかし邪念からいいアイデアが急に浮かぶというのは、本を書いた大須川には数回、経験済みのことである。
「西原さん、CSってもちろんデジタル放送やね?」
「もちろん」
「民放みたいに、ほれ、なんちゅうのか、意見をください、赤ボタンを押してイエスかノーか、って機能、そういうのはないの?」
「民放デジタル放送にはありますけど、CS番組ではあまり活用されていませんし、NTVにそのシステムはありません」
 壁にコンセントが抜かれた小さいテレビと、日焼けしたリモコンがテーブルの上に無造作に置かれている。
 大須川はそのリモコンを手に取った。
「いいか、西原さん。この局がなくなってしまうかもしれん。そういう状態やな、今」
「はい」
「ほんなら、無茶をやろう。
 大丈夫、警察に捕まるようなことじゃない。あんた今さっき、誰も味方がいない、って言ったな。味方は、いるぞ」
「出演者の方々全員に説明する時間はもうありません」
「違う。もっと大きな味方だ。いいか、よく聞いて。
 このテレビ、映るんやな?」
 大須川は小さなテレビの電源を入れた。


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