第21章


「...ってわけでね。そうしたらプロデューサーの命令で、あたしが司会ってことになっちゃった。そこ、気難しい反応ダメよ。じゃあ早速、曲行きます!」

http://www.youtube.com/watch?v=4SJC5XykIt0
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 司会交代の説明が何やらよくわからないままに、20秒程度で済んでしまった。
 視聴者はさぞ面食らっていることだろう。
 しかし本当に面食らうのはこの曲である。
「番組後半は、あたしら、女子の視点で80年代メタルをバッシバッシ斬って行きたいと思います。
 で。なせこの曲?って、みんな思ったんじゃない?」
 メンバーは鳩が豆鉄砲食らったような顔で止まっていた。
 黒田に至っては完全に背を向けていた。

 三上洋子はちゃかちゃかと忙しく動きながら、司会になった喜びを全身で表現している。

「この曲はね、あたしが初めて、音楽に目覚めた記念すべき曲なの。
 歌のない音楽ってね。歌のない音楽よ。そんなんあり、ってあんとき、思った。
 そうそう、今の若い子はそうして笑うけども。でもそうよね」
 高井と藤村は苦笑いをしただけである。
「日本中、どこの学校にもあった。けいおん!でおなじみ、軽音楽部。
 でもみんな一生懸命で、軽い音楽を演奏してる子なんて誰もいなかったと思う。
 お寺の息子だった、匿名にさせてもらうけど、あたしのあこがれの先輩がいてね。今だったら美ボーズだわ。その先輩が、講堂のステージで演奏したこの曲。
 これが、あたしが覚醒した瞬間だったの」
「覚醒だって。どうにかしてくださいよ」
 黒田が名倉にささやいた。
 こうなってしまってはもうどうしようもない、という諦めの暗い表情で名倉は応えた。
「そこ、コソコソ話をしない! あたしの話が終わってから、感想をどうぞ述べ合ってください。今はあたしの時間ね。
 今もあたしの後輩たちが頑張ってると思う。県立相川東高等学校、軽音楽部。そこからは、あの、みんな知ってるあの、AION FORCEがデビューしてるのよね!」
「知らねーよ」 黒田。
「AION FORCEの初期の音源、残念ながら、こんな展開になると思ってなかったから、車には積んでなかったの。本当だったらここで流したかったところだったんだけど」
 高井が挙手をした。
「あ、質問は後でまとめて。今は遠慮して」
「あの。その、ショッピングセンターみたいな名前のバンド、俺知りません。80年代メタルの番組だ、という流れを崩さないでくれますか」
 三上は人差し指を立て、メトロノームのように振った。
 名倉はずっこけて椅子から落ちそうになった。
「AION FORCEはビジュアル系だけど、あの子たちの音にもあたしらと共通した感性、つまり80年代ロックの大きな遺産がしっかりと生きてるわけよ。帰り、CDショップに寄って買ってみることね。
 とか言ってる間に曲が終わっちゃった。
 次の曲ね」
 三上は指でトーンと、大須川のノートパソコンのキーを突くようにして叩いたが、音が流れない。
「あれ、どうなってるの。あれ?」 再び同じ曲が流れる。
「あれ? あ、こうだこうだ」

http://www.youtube.com/watch?v=iDNtqy0zjJA
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「大須川さんの話とカブっちゃうかもしれないけど、視点が違うから、聞いてくれるかな。
 この曲もあたしの思い出。
 全然メタルじゃない、とか思わないで。あたしの世代のいいところは、ジャンルを作らないで、ジャンルの枠にこだわらないで、いいものはいいと思って、何でも聞いたところ」
 どういうわけか、三上の両手がオーケストラの指揮者のように動いている。完全に悦に入っている。しかし口は止まらない。
「ほらここ、ここ、デェ〜スぺらぁードぉ〜♪
 美ボーズの先輩が合宿で、観客じゃなくってだよ、あたしたちのために弾いてくれた曲。もう、大合唱。ほんと、永遠不滅の名曲だよね」
「...ちょっといいですか、三上さん」 名倉。
 この番組が終了したら自分が幹事で、打ち上げをする。絶対にする。目の前に座ってほしいのはまさに恋した美坊主が長髪イケメンになったかのような名倉である。目の前でなくても、何だったら真横でも構わない。広い居酒屋ではなく狭い居酒屋の方がいいな。
 そこまで考えていた三上である。高井に対する態度とは全然違う。
「はい、何ですか名倉さん?」
「曲、全然聞こえないんですけど」
「あ、そうでしたか、ボリューム上げましょうか?」
「そういう問題じゃないんです。せめてさっきまでと同様、曲の最初のサビを過ぎるまでは黙って聞きませんか。最初は曲紹介だけ、最小限に」
「...わかりました。はい。そうします。あたしったら、ちょっとハイになっちゃってたかな。すみません、名倉さん」
「それと」 高井が継ぐ。「自分の思い出とか、そういうのはブログで勝手にやっておいてください」
「わかってないわねぇー! 男は若くても年食ってても。
 いい? 高井君。あたしら女子はね、そりゃ、堅苦しい解説は苦手だわよ。でもね、あたしらが過去、使ったお金よ。好きなバンドの、それこそドーナツ盤まで全部、そろえた。グッズももちろん。それがあって、どんなバンドも次のアルバムを出すことができたの。女子がメタルを支えたという事実は大きいわよ。そうだね、料理と同じ。女子は評価し、そして金を払う側なの。男は研究が好きだから、シェフになる。あたしら女子はそれを評価し、お金を出す。まさにウィンウィンの原型。80年代メタルも同じ。そうよね、真壁さん?」
「すみません、少し、わかりにくいです」
「あれぇー。じゃあホワイドボードに書こうか? あたしね、コモン式の先生やってたこともあるんだから」
「しつもーん、いいっすか?」 高井がこの日、一番大きな声を出した。
「音楽に関係のない、リクエストとかはやめてよね」
「違いまーす、音楽にモロ関係あることだと思います。ドーナツバン、って何ですか?」
「あーそうか、若い人は知らないわね。こんなやつでね」
 三上はマーカーを手にして、ホワイトボードに円を描こうとした。
 マーカーの先がすかっと滑った。
 さっき、大須川がキャップの蓋を閉めるのを忘れていたせいである。
「何これ、インキ出ないわよ。カメラマンの人、ペンお願いしまーす」
 三上は音楽がもう終わっているのに気づいていない。
「シングル盤。レコード盤の小さいやつ。表面、裏面1曲ずつ入っている。真ん中の穴が大きくて、ドーナツのような形をしていたから、ドーナツ盤だ。アダプターをくっつけて、大きな穴を埋めるようにしてレコードのターンテーブルに乗せるんだが、俺らの年代にとってはそのプラスチック製のアダプターの意味がわからなかった、そういうものだ。レコード、LPは見たことあるよな?」 三上に背を向けている黒田が、早口で高井に説明した。
「はい。要するに小さいレコード盤ですね」
「そうだ」
「...そうです、小さいレコードです。では、次の曲、行きましょうね!」
 しかし三上は生中継であることを忘れてはいない。満面の笑みである。


http://www.youtube.com/watch?v=aM4BqmRA9WM
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「ハノイ・ロックスです」
 そして三上は黙った。
 そしてすぐに話し出した。10秒持たなかった。
「やっぱりテレビ番組なんだから、あたしがしゃべってないと間が持ちません」
 間が持たないのは、全員で聞いているという一体感がまるでないからである。
「女子はこのバンドにみんな惚れ込んだ。白夜のヴァイオレンス、これが北欧スタイルの原型でもあり、日本の女子たちが育てた、世界に羽ばたくバンドの第1弾って言うことができるわね。男がメタルの話をすると、こういう本当のヒーローの話を省くから、困ったものなんです」
「ああ、本当に困ったもんですわ!」
 ホワイトボードの裏から大きな声がした。
 大須川。
 しっかり海賊姿である。
「女子女子って。うるさいなあ、まったく! 女子と書いて、その上におばさんというルビをつけてほしいもんだ」
「何のご用ですかぁ? プロデューサーに業務命令を受けて司会を交代したのであり、あなたにもう、司会する権利はありません」
「はい、そうですね。だから俺はギャラリーとなってここで座って、本来の目的である現メタルファン元メタルファン、素人リスナーによる座談会の参加者として、楽しくこの場を盛り上がる側に回りますよ。
 さあ、怒りと苛立ちを噛み殺した顔はやめて、とっとと司会、続けてください」


http://www.youtube.com/watch?v=tbRfYDP5P28
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 大須川は空いた椅子に腰を下ろした。テーブルの上に両肘を置いて、組んだ。への字を結んだ頑固老人のような表情で、前に立つ三上を見上げる。
 隣の黒田が初めて、大須川に笑った顔を向けた。
「帰ったのかと思ったよ」
「いやあ、格好のバトル相手のアンタを放って帰ったり、できませんよ」
「目の前でベラベラ話すの、止めてくれませんか!」 三上が怒った。
「ごめんなさい。ベラベラ話すの、止めます。ひそひそ話します」
 三上はひと睨み効かせてから、メタルの思い出話とやらを再開した。

「でも、この締まらない空気です」 やがてヒソヒソ話に名倉が加わってきた。「いったい視聴者の方々にはどう映ってるんでしょうか」
「女子、から観た80年代メタルですかね」 高井も首を突っ込んできた。
「脚本があれば女性視聴者に受ける内容もありでしょう。しかし真壁さんは黙っちゃったし、藤村さんは紙に落書き、してますよ。
 たまたま持ってらっしゃった携帯音楽プレイヤーからの音源。そんなものでいいのか。まったくこの先の展開が読めないです」
「でも、大きな音で聞くと、この曲いいよなあ」
「そうですね」
「おい、後ろに行かないか?」
「後ろに行って何するんです、黒田さん?」
「聞いてられないよ、これは。後ろで密談だ」
「賛成」 大須川たちは座ったまま自分たちの椅子を抱え、尻に椅子を貼り付けたままごそごそと移動した。

 聞いてください、いい加減にしなさい、何をやってるんですか、本番中ですよ、と大きな声で怒鳴ろうとした三上は、ヒゲのカメラマンがカメラを手持ちし、大須川たちに近づいて写しているのを見て、絶句した。

「ほれほれ、カメラがこっちに来たぞ。こっちはこっちで進めましょう」

http://www.youtube.com/watch?v=-X9gTzX7aeA
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「じゃあ、前は勝手に進めていただいて、音楽と離れるのが痛いですけど、俺らは俺らでこうして密談、進めましょうか?」 名倉はいたずら小僧のように楽しそうな顔をしている。
「80年代メタルトリビア、で勝負しようか?」 黒田が楽しそうである。
「あんまりマイナー過ぎるバンドは駄目ですよ」
「前でしゃべってる方を邪魔してはいけません。もっとマイクに近づいて。小さい声で密談風に」
「おっさん同士気分のいいもんじゃないな」
「じゃあわたしも入ってあげる!」 藤村が黒田と大須川の間にぎゅうぎゅうと身体を押し込んできた。

 さっきまで大須川がいた位置に、唖然として立つ三上。
 短い休憩をとるショップ店員のように、椅子に尻を半分だけ置き、ぼけっとしている真壁。
 テーブルに両腕をだらしなく乗せ、しらけた顔をしている高井。
 そして後ろに、おしくら饅頭のような体勢の4人。
 カメラはその4人の目の前にある。

「ではいきますよ。SILVER MOUNTAINの1789をカバーした日本のバンドは?」 大須川。
「なんだおい、クイズ大会になってるじゃないか」
「甘いな」 名倉が即答した。「ガルネリウス。今の日本のメタルではトップのバンドですね。では今度が私が。オジー・オズボーンの超名曲Mr.Crowley。あまりに有名なあのイントロのキーボードは、実は当時有名なバンドのもろパクリです。そのバンドとは」
「えーと、あれだ、あれ、フッツーの名前の、あー、普通過ぎて名前が出てこない」 大須川が自分の頭をぽかぽか叩く。
「では上乗せクイズ。100円増しです。ミスター・クロウリーが悪役として主人公兄弟を悩ませ続ける海外連続ドラマと言えば?」
「スーパーナチュナル?」 素っ頓狂な声で藤村が答える。
「大正解。アビちゃん200円」 名倉は両人差し指で藤村を差す。
「やったー!」
「200円って何だよ」


http://www.youtube.com/watch?v=lTiScsOixso
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 村田カメラマンは、密談を始めた彼らを写すためだけに、近づいたわけではなかった。
 密談を写しながら、カメラは時に、もっと下方を写す。
 そこにはスケッチブックに、大須川の汚い字で書かれた文字があった。


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