第22章


 西原亜紀はもう一度父親に電話をした。
 中川裕子の態度が明確となったこと。そしてこちらの実行計画を伝えた。
 父親いわく、何が起ころうと、NTVの筆頭株主は赤川里美である。最悪の場合NTVが吸収されても、それは吸収ではなく合併。亜紀のその後の仕事は必ずある。だから馬鹿なことはやめなさい。
 亜紀はそう諭されてしまった。

 特別待遇など一切なかったが、仮にも自分の父親の会社で、元アナウンサー、本当の師匠と慕う中川祐子と仕事をやっていけることを、亜紀は励みとしていた。
 そしてその中川に裏切られた。

 亜紀にとって、この会社がなくなれば、TV業界の仕事には未練はない。
 父親には従わない。
 最後までクラウドに反抗してやる。
 クラウド側に付いた中川にも、最後の捨て台詞、決め台詞くらいは投げつけてやりたい。

 電話番の藤田未来(みき)が、スタジオに駆け込んできた。
 モニターの前に立つ亜紀に藤田は訴えた。
「カスパーが全部、直接こっちに電話、回してきてるんです! 対応し切れません!」
 CS放送各局に対する意見、苦情はカスパーのセンターが一括して受ける方式になっている。意見苦情が重いものであれば、局に電話が回されるという仕組みである。
 現在生中継しているこの番組に対する苦情が、10分前から急激に増えた。
 新人20人の研修真っ最中であったカスパーの担当部門、その責任者が、本仕事の邪魔だとばかりに、NTV関連の電話をすべて直接、NTV事務所に回線を切り替えてしまったそうだ。
 3つの電話が全部鳴りっぱなしであり、出たらいきなり苦情と怒声が飛び出す。
 藤田はパニックになっていた。

 泣き声に近い藤田の訴えをよそに、西原は腕を組み、それがどうした、勝手にしたら、と冷たい態度を返した。
「...そうですよね。うん。助けて、なんて虫が良すぎ。何とかします。はい。私の責任なんだから。うん。よし。いや。ううん。やっぱり、何とかできないので帰ります」
「帰ってどうすんの。未来ちゃんもクラウドに行くんでしょ? そんな、仕事投げ出すみたいなこと、やっちゃ駄目じゃない。どっちか、しなさい。私たちの邪魔をするのか、協力をするのか」
「でも、でも」
 藤田はスタジオの固い床にべたっと座り込んでしまった。
「中川さんが、しゃべれもしないし機械も弱い事務専門の私なんか、普通なら仕事なんかないって。だから。でも、でもやっぱり私、そんなことできない!」
 うわーん、と子供のような声で藤田は泣き出した。
 西原にとってはこの藤田も裏切り者に等しいが、親友のように行動を共にした半年間は、今日一日の出来事で覆るものでもなかった。
「はいはい。涙を拭きなさい。あんただって大変だもんね。宮城のお母さん、まだ仮設住宅だもんね」
 藤田は顔を上げ、一度西原の目をじっと見て、再び大きな声で泣いた。
「はいはい。よしよし。で、未来ちゃん。そんなことできない、って今言ったよね。何をやれ、ってアイツらに言われてるの?」
「...テロ行為です」
「え?」
「この建物の電源、全部切るんです。
 中川さんからメールが入ったら、即、作戦開始なんです。今さっき、連絡があったの」
「何それ! 電源なんて、どうやって切るのよ!」
 藤田はおずおずと自分のスマートフォンを差し出した。

元警備員室、黄色いステッカーが張ってある机、2番目の引き出し、小さいロッカー、番号は8932、いくつか鍵があるから全部それを地下室に持っていく、動いてないボイラールーム、さらにその中に2つの小部屋、どちらかの部屋、ブレーカー方式になっていると思う、それでNTV全部の電源が落ちる、警備会社から即連絡あり、電圧源増設のためただ今工事中、と答える
メールじゃなくて、私からのコールが入ったら、電話には出ないで即、開始
未来ちゃんの仕事は以上
成功したらAD以上の仕事を確保してあげる
頑張って!

「なぁーにが、頑張ってよ。
 で、どうするんのよ。未来ちゃん。AD以上の仕事をもらうために、中川さんの仕事、手伝うつもり?」
「嫌ですう。やりませぇん。私、宮城に帰ってお母さんと一緒に住んで、おじさんのやってるカマボコ工場で働きます」
「じゃあ私もカマボコ工場で仕事するわ」
「亜紀ちゃぁぁぁん」
「でもその前に。未来ちゃん、とりあえずその鍵、誰にも触れないようにどこかへ隠してしまいましょう。ついてきて」
 2人はスタジオから駆け出した。


 1階エントランス。
 まったく予期せぬ来客がそこに立っていた。2人は口に手を当て、驚いたまま立ち尽くした。

 頭から血を流した、13歳14歳程度とおぼしき少年だった。


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