第23章

http://www.youtube.com/watch?v=kI9feXOK5sw
 ★ 

 撮影スペースのギャラリーは完全に2分していた。
 意地でも司会を続ける三上。そして三上の目の前に移動させられた、真壁と高井。
 後ろに大須川、名倉、黒田、藤村の4人が背を向けてかたまっている。
 三上は声を張り上げ、やはりボディーアクションもふんだんに、自分のロック体験を演説している。真壁はしらけ切った表情であり、高井は居眠りをしている。
 後ろの4人はクイズ大会で盛り上がっていた。

「じゃあねじゃあね、今度はわたし。
 スーパーナチュラルシーズン2。狼男の回。少女モンスターを殺さなければならなくなったディーンとサム。悲しい悲しいそのエピソード、一番悲しいシーンでジャジャーンと鳴ってた、クインズライッのバラードと言えば?」
「全然わかんねえよ」 カメラマンの村田まで参加している。
「いい加減スーパーナチュラルから離れなさい」
「いやぁー。海賊ちゃんも名倉さんも黒田さんも知らないんだぁー」
「Real World」
「ブー」
「Road to Madness」
「ブッブー」
「クイーンズライクに他、バラードなんかありましたっけ? ほんとにバラードだよね?」
「あれはもう、メタルバラードの名曲中の名曲よん。わかんないんだ、3人とも」
「なんか腹立つな」
 考え込みながら、ふとスタジオ入り口に視線を向けた大須川は、人影を見た。
 少年だった。
 後ろにADの西原と、1階にいた若い女性がくっついている。
 少年はこっちに向かって歩いてきた。少年の額が血で染まり、その血を拭いたと思えるタオルを西原が持っていた。
「どーしたの! 血、出てるよ!」 見たまんまに藤村が叫んだ。
 村田は思わずカメラを少年に向けた。
 そして少年に駆け寄ったのは、三上である。
「8時にここに来なさい、って言ってたのに! あんた頭、どうしたのよ!」
「...金、落とした。仕方ないから、駐車場にいた。近所のがきんちょが一輪車で遊んでた。乗してもらった。こけた」
「びょ、病院!」 三上は少年の腕をひっつかみ、出入り口に向かって走った。
 そして立ち止まり、一同に向かって言った。
「息子です。怪我してるみたいですから、病院へ行きます! 後はよろしくお願いします!」

「頭、切っただけみたいです。吐き気もないって言ってました。階段、1段抜かしでひょいひょい。縫ったら治りますよ、たぶん。
 それから...」
 西原は遠慮がちに、大須川に対して手招きをした。
「私、ちょっとあっちへ行きます。名倉さん、パソコンに音源入ってますので、即興で司会、やってもらえます?」
「どこか行くんですか大須川さん? 司会に戻ってくださいよ! ツイッターではたくさんの視聴者が大須川さんの司会を待ってます」
 大須川は困った。
 西原は、わかりましたという様子でこっくりとうなずいた。
「大丈夫ですか、そっち?」 大須川が不安を隠さず訊いた。
 西原は片腕でガッツポーズをし、指をくるくると回した。そしてモニターの方に小走りで戻っていった。
「...ということは、再開しましょうか」

 大須川は立ち上がり、撮影スペース、最前列に置いてあるオーディオセットのそばに来た。
 全員が一度立ち上がった。ごとごとと音を立て、元の位置に戻った。


 しかし西原の気分はガッツポーズとはほど遠い。
 このビルの電源を管理する地下室の鍵。
 すでに持ち去られた後だった。
 まだグズグズと泣いている藤田は、向こうの協力者になるのは止め、こっちに付いてくれるようだ。
 藤田以外の協力者、言うなればクラウドのスパイがまだ別にいる。
 西原にはわかった。
 あの人物しかいない。
 あるいは、あの人物もまたスパイかもしれない。
 最悪、2人のスパイがいる。
 西原は一度モニターを確かめ、3階、社長室に駆け上がった。

 赤川である。
 大株主様だそうだ。
 しかしあの女は、父が人生を賭けた趣味でやっているNTVという局に、結局何も思い入れなど持っていない。
 20年30年、まるでドラキュラのように、自分が歳を取らない人間であると思い込み、人造人間でも作るほうが安く済むんじゃないのかという金を、自分の見かけに費やしている妖怪ばばあ。
 何としても止めてやる。自分にとってのNTV最後の番組を決して潰させはしない。

 しかし赤川は部屋にいなかった。
 電気は煌々と点っている。
 もう地下室にいる?
 西原は再び走った。
 社長室入り口でぶつかりそうになったのは、ツトムである。
「何やってんだ亜紀ちゃん!」
 それはこっちのセリフだ。西原がスパイその2と疑っている人物である。
 西原は身構えた。
「おいおい、なんだその腰の入っていないポーズは。遊んでる場合じゃないんだぞ」
「ツトムくん、まさかあなたがクラウドのスパイ?」
「何言ってんだ馬鹿。ちょっと、モニターのとこ、戻って手伝ってくれ」
「何をよ?」
「くればわかる!」 苛立たしげに吉岡は怒鳴った。


 大須川が司会に戻った。ツイッターをまめにチェックしている名倉が、親指を立てる。やはり、とことん爽やかな男である。
「えー。では。
 ちょうど、ジャパメタが連続して流れていたようですが。ちょうど良かった。3つほど、日本のバンドの曲を流します」


https://www.youtube.com/watch?v=VNdnugLWec8
 ★(英語ヴァージョン)

「出た〜!」 名倉が手を叩く。
「Crazy Nightもいいけど、さっすが大須川さん」
 歌が入った。名倉はヘナヘナと腰砕けになる。「そうそう、これこれ、日本語バージョン。すげえ歌詞だ」
「そうです、原曲、というかアルバムには英語バージョンが収録されてましたが、まず、英語より日本語のほうが素晴らしいという、希有な例じゃないでしょうか。だからラウドネスなのだ、という名曲中の名曲です」
「間奏最後に入るコーラス、なんて言ってるか知ってます? もうすぐもうすぐ。ここ。僕ら昔、イカレポ〜ンチ♪って歌ってたんですよ」
「わはは! そう聞こえますね」
「すっごいですね。私、二井原実さんは日本一のメタル・ボーカリストだと思ってます」 拳を握った真壁。
「リアルタイムでは、洋楽メタラーの中ではあんまり評判よくなかった。関東ではどうだったか、知りません。
 特に、ラウドネスは私の実家の近くの藤井寺高校、軽音楽部出身であり、元はレイジーというアイドルバンド。三上さんがいたら喜んだのになあ。
 特にまだガキだった私らの先輩が、元アイドルのくせに、なんて馬鹿にしてました。私はですね、サードアルバムが出た頃、まさにその藤井寺の喫茶店で、若き日の、ドラマーの樋口宗孝さんと話したことがありまして」 大須川は真面目な顔で合掌する。
「そのころから大須川さんはファンだったんですか?」
「いえ。全然聞いてませんでした。私が抱えてた、レンタルレコード。なんだ少年、見せてみろ、という感じで、私が持っていたレコード、誰のものなのか忘れましたけど、それを解説してくれたのが樋口さんでした。
 私は、何やこのおっさん、と思いましたが、洋楽メタルを数々聞いていながら、ラウドネスを聞いていないアホ少年に、樋口さんが自己紹介してくださり、ラウドネスを聞いてみろ、と言ってくれまして。
 それからもう、今に至るまで、アルバム全部持ってます」
「海外での評価を、唯一得ていたバンドだったよな」 黒田。
「そうです、二井原さんのボーカルがもう、メタル以外の何物でもなくって。大須川さん、今の曲は何年くらいですか?」 真壁が尋ねる。
「87年です」
「日本語でも、だぁーって突進するパワーが日本離れしていると思います。何というのか、四方八方、全方向に火を放ってますよね」
「曲やら完成度で言えば、ラウドネスを超えるロックバンドは数々いたと思うんです。
 ただ一点。ラウドネスは突進鋼鉄サウンドである。曲も完成度も関係なし、これ以上ない個性ですよね。
 このわかりやすさに海外のリスナーは即反応したと思います。
 さて。次。このバンドの音も衝撃的でした」


http://www.youtube.com/watch?v=RcOKygAI4Vc
 ★ 

「メガ・ロックという言葉が懐かしい。でもこのバンドのスタイルを見事に言い当てた言葉です」
「海外ではラウドネスより先に有名になったんじゃなかった?」 黒田。
「レディングフェスですか、日本人で初めて出演したバンド、確かにそんなニュースがありました。
 1990年、まるまる1年間、私はロンドンにいたんです。日本と言えばVOW WOWだ、とあっちのリスナーもみんな知ってると思ってましたら。
 みんな、ほとんど知らない。ラウドネスの方が断然有名でしたね。けど、友達になったあっちの奴にVOW WOWを聞かせてやったら、みんな、スゲーという感じで。
 海外生活の経験のあるアビちゃん、どうよ。日本のメタルバンドって、何か聞いたことあった?」
「メタルは8歳くらいの頃からいっぱい、何でも聞きまくってたけど、どこの国のバンドとか、意識して聞いたこと、一度もないよ。でもさっきのラウドネスの音は、誰かに聞かせてもらったことあるかもしんない」
「この音はどう?」
「音、ブ厚いね。ドシーン、ドシーンだね。歌、すごい。日本人じゃないんでしょ?」
「それが。れっきとした日本人ボーカリストです。この人も、もっと活躍してほしかったよなあ...」
「メガロック、言い換えれば怪獣ロック、ゴジラみたいに歩いて海を越えた音かもしれない」
「うまいこと言いますね、名倉さん。
 では、次。これはしばらく、息を呑んで聞いてみてください」


https://www.youtube.com/watch?v=OTyFLadSv4Q

「...北海道の英雄。素晴らしいバンドだったですね」 名倉。
「ボーカル、怖い...」 真壁が両肩をぷるっと震わせた。「これもジャパメタ離れしてますよね」
「ラウドネス、ヴァウワウ、フラットバッカー、ジャパニーズメタル3大バンドについては、その、ジャパメタ絡みの思い出は全然ないんです。
 ジャパメタが固有名詞化されているジャンルだとしたら、それは歌謡曲に近いものであり、わしら男には洋楽を比べて明らかに落ちる質で、全然聞かなかったです。
 いわゆる女子、三上さんの言う女子がジャパメタを支えていたような感じですかね。中にはいいバンドもいたとは思いますが。
 しかし3大バンドは別。ジャパメタじゃない、ジャパニーズ・ヘヴィ・メタル。外国産に並んでいた、いや、曲によっては超えていました」
「PVが確か、仮面ライダーが怪人と戦うような場所で撮影されてましてね。フラットバッカーは何から何までインパクトあったな〜」 名倉。
「いいですか」
「はいはい、高井くん」
「今日聞いた曲の中で、一番インパクトあります」
「これもレジェンドですか?」
「全開ですね。こんなバンドが埋もれていたなんて」
「それがね、このバンドは国内で2枚のアルバムを出した後、キッスの血吐き火拭きマン、ジーン・シモンズの元で、EZOと改名し、活動拠点を完全にアメリカに移したんです」
「けど、その後は...」 腕組みをする名倉。
「そうですね。EZOのアルバム2枚、私は音楽的には名作だと思ってますが、けど全然、かわいそうなくらいに売れなかった。アメリカでは。ジーン・シモンズがプロデュースしたバンドは売れなくなる、というジンクスにさらに色を塗りました」
 高井は凄い、凄いを連発している。

「ではまた、再び80年代メタルスタンダードを続けます」


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