第26章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=oM5PUlZCPnI


「LEYNAさん、長らくお待たせしまして、申し訳ありませんでした。不肖、わたくしとこの大場の尽力により、クラウドミュージックTVの移動中継車を呼ぶことができました。こっちの部屋でスタンバイ願います」
「こっちの部屋? 何言ってんのよ、あたしの部屋じゃない! それに! 何で中継車、呼べるのなら最初から呼ばないの!」
「高いカメラを壊したのはクラウドのスタッフさんではないでしょうか。それに三鷹のイベントが中止になったという連絡があったのが30分前です」
「何? 今さら、私に注意とか垂れるわけ?」
「滅相もございません」
「最初からそうしてればよかったじゃない! 最低3時間は放送できるって言うから服も用意して、何よ! 2時間しか放送できないじゃない! この後の番組も潰したらどう?」
「いや、この後の番組の出演者には何も知らせてませんので...」
「じゃあ今、知らせりゃいいじゃない! 誰よ、その人! 言うこと聞かないんだったら、ヒドい目に遭わせちゃうよ」
「ちょっと待ってください。連絡してみますから」
 横川ディレクターは横目で大場を見た。
「えっ? 電話、私が?」
 次の番組の司会者は籾山(もみやま)という、80年代文化の権威のような人物であり、70歳近くになってもポップな口調が変わらない、横川、大場共に頭が上がらない人物である。加えて大場は籾山に金を借りていて、まだ返していない。
 しかし目の前で怒り倒す女王様に叶うものはない。実際のところ、権威の籾山よりも遙かに力があるのはこの女王様である。

 
 何を出しても当たるJポップの女王LEYNA。
 クラウドミュージックが所有するCSテレビ局で自分専用の番組を持っているが、それで飽き足らず、自分の局を持ちたいと言い出した。
 採算が取れる、取れないの問題ではない。女王様がそう言い出せば、必ずそうなる。
 当初はクラウドミュージックの上層部も慌て、宥めすかしたが、女王様の決心は固かった。
 機嫌を損なわれて独立でもされたら、クラウドミュージックそのものが傾く。好きにやらせろ、というのが上層部の判断だった。
 そして本日のドタバタ劇もすべて女王様の指揮である。
 哀れにもターゲットにされたのが、80年代文化専門局のなつかしTVちゃんねる、NTV。
 二束三文の昔の映像ばかりを流し、有志のような人間ばかりが集まるトーク番組も数多く放送している。
 別名リサイクルテレビ局。
 予算をとてつもなく安くあげて番組を成立させていることを羨む業界人もいれば、儲けの少なさを嘲る業界人もいる。通販番組すら一般では販売していないような、誰も買わないような懐かしグッズの紹介ばかり。
 一風変わった局として視聴者の人気を集めてはいるが、視聴料金は月に980円、自転車操業というのは社長が誰に対しても隠さず言う通り、本当のことであった。


 ツトムくんこと吉岡は、誰にも言っていない秘密がある。
 そもそも、この騒動の原因を作ったのが吉岡だった。

 女王様LEYNAが先々月、引っ越しをした。
 それまでは六本木の、誰もが知っている超高級マンションに住んでいたのだが、LEYNAが憧れていたのは最上階の暮らし。
 Jポップの女王、CDでは不動日本一の売り上げを誇るLEYNAであっても、地方都市1つの全予算程度の財産を持つ天上人たちに対し、部屋を代えろなどということは通らない。
 そしてLEYNAは港区の28階建てマンションの最上階で折り合いをつけた。
 引っ越し業者は頼まない。それはLEYNAがケチであるということが第一であり、次に音楽関係者以外自分の住んでいるところを知られたくないというのが理由である。
 そして縁ゆかりのあるTV局の若手ADなどが大挙引っ越し作業に駆り出された。
 吉岡の友人が作業員の一人としてセレクトされていたところ、軽い交通事故を起こし、吉岡に代理を頼んだ。
 電話をもらったそのとき、吉岡は横川ディレクター、大場プロデューサーと食事の最中だった。
 吉岡は何も包み隠さず、横川と大場にそのことを告げた。
 あのLEYNAの、お引っ越し。
 俺たちも作業員の格好で行くから、是非連れていけ、と2人は吉岡に頼んだ。

 LEYNAのふとしたぼやきを、耳敏く彼らが聞いた。
 そして、生まれながらの腰巾着という性格を発揮し、大場がLEYNAと話を進めた。
 老後が不安な彼らの本心は、クラウドミュージックで働きたいということである。横川も大場もこの世界では、結局仕事が満足に出来ない流れ者である。どこへ行っても何でも屋をやらされ、そして給料が安いという不満ばかりを述べ、NTVに対しては露ほどの帰属意識も持っていない。
 仮にクラウドの上層部に横川と大場が出向いていったといしても、鼻で笑われて追い出される。
 しかしLEYNAの後推しがあれば、CS音楽業界ではトップのクラウドに出入りできる身分となれるのだ。

 LEYNAの希望は、クラウドの番組とNTVの番組の同時中継。
 番組中、突如生中継を挟み、LEYNA専門局が開局!と、ゲリラ的に放送したいらしい。
 臨時放送スタジオは、新しいLEYNAのマンション、その一部屋。車3台程度は入るであろう広さである。リビングはまだ倍ほど広い。
 クラウドミュージックのスタッフ3人は昼前からセッティングを済ませ、そこにいるすべての人間に倣い女王様のご機嫌を伺い続けているが、彼らも女王様同様、待ちくたびれていた。
 NTVでの、素人ばかりが登場する80年代ロックのわけのわからない6時間番組が、2時間程度で中断され、続いてこちらで放送が開始されるというのが当初の予定だった。
 それが延びに延びているのは、部屋の隅でヘコヘコと言い訳ばかりをしているNTVの横川と大場という2人の男のせいである。

「本当にお待たせしました。6時ちょうどに開始しましょう! 本当にお待たせいたしました!」
 当初LEYNAに対し若干偉そうな態度を取っていた横川だが、今はもうプライドのかけらもなく、ただただ焦るばかりである。
「何が6時よ。15分も何で待たなきゃいけないのよ!」
「きりがいいと思いますので...」
「緊急放送よ! 今すぐ初めて!」
 クラウドのスタッフが所定位置に動いた。
「あの...実は、移動中継車がすぐそこなんですが、どこかの馬鹿が起こした事故で足止めを食ってまして。はい、大丈夫です、警察にも連絡をいたしました、10分程度でここ、1階玄関先に到着します」
「なんでみーんな、あたしのじゃまばかりするのよ!」

 移動中継車が足止めを食らっているというのは嘘である。もうすでに玄関前にスタンバイしている。
 2人はNTVスタジオにいるスパイから連絡を待っているのだ。
 放送電波をジャックする作業を整えていたはずが、あの忌々しい西原がパソコンマニアの吉岡にでも頼んだのだろう、NTV側で電波にロックがかかった。
 NTVに戻り、手動でロックを外すしかない。
 その作業は煩雑で、横川にも大場にも不可能である。作戦を考えた中川裕子は、今の時間はクラウドミュージック本社で様子をうかがっている。そして今日午前中からのNTVへの出勤を無断欠勤している。おそらく中川も西原たちに怪しまれているに違いない。
 となると、最終手段しかない。
 NTV局全体の電源を落とす。数秒でいい。至極単純で簡単な作業である。ロックはリセットされる。
 そこで、クラウド社員たちによる遠隔操作でNTVの電波を移動中継車に飛ばし、ここ、LEYNA宅、臨時スタジオから番組ジャックをするという手筈である。
 その最終手段を、15分前にスパイに命令した。スパイの働きにすべてが掛かっている。
 連絡が6時までに、必ずあるはずだ。
 横川と大場にとっては緊迫した時間が過ぎた。


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