]

第27章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=NHywdqH3F6Y


 地下室。
 そろそろと、配電盤のある部屋に近づいた吉岡と西原。
 扉が開いているようだ。西原はここへは一度も来たことがない。
「まずおれがオバハンを押さえつける。亜紀ちゃんは鍵を奪え。他にも誰かいるかもしれない。中川もいるかもな。クラウドの人間もいたら、ちょっと厄介だ」
「大丈夫?」
「操作盤が奥の小さい部屋にあって...とりあえず突撃だ」
 吉岡は数センチほど開いている扉をぐいっと開けた。

 赤川がひとり、コンクリートの段差に腰掛けていた。
 2人の姿を見るや、モップを手にして立ち上がった。
「来たな、来たな! 思い通りにさせてなるものか! 私が最後の砦になってやる! 来るなら、来んかーい!」
 赤川はモップを振り上げた。
「ふん! 絶対にここは通さない!」
「落ち着いて、赤川さん。鍵、渡してください」
「鍵って何さ。あんたが持ってるんだろ!」
「どうやってこの部屋に入ったんだ?」
「入り口の鍵は3階にあった。でも電気をいじくる部屋の鍵はない。アンタが持ってるんだろうて!」
「持ってないって」
「ええい、白々しい!」 叫んだ拍子に、赤川は段差から滑って、転んだ。
 様子がおかしい。
 西原は尻を押さえている赤川の近くに腰を下ろした。
「おばさん、お尻打っちゃったの? 大丈夫? ねえ。私たちね、クラウドミュージックの乗っ取りに反対して、こうして動いてるの。ひょっとして、おばさんも?」
「...あんたも父さんの局、売っ払って金を手にしたいとか、思ってるんだろ!」
「なんでまた、そんな考え方ができるのよ」
「中川祐子から全部聞いたんだ。私はね、こう見えても頭の回転はいいんだから、全部、だまされた振り、泳がされた振りしてやったわよ。
 お生憎さま。バッカよねえ、あの中川。あんたのお父さんにあれだけ世話になっておきながら」
「おばさん、話がよく見えない」
「中川から話、聞いてんだろ!」
「ここ3日ほど、会ってないし話してもいないよ」
 目をキョロキョロさせる赤川を、西原は手を取って起こした。
「どうやら...あんたらは悪の手先じゃないみたいだね。
 亜紀ちゃん。父ちゃんからさっき聞いた。中川の話と併せて、じっくり考えたらさ、連中はこっちにはもう来ない。来れない。だから私は考えた。こっちにスパイがいるんだって」
「おばさんがスパイじゃねえのか」
「引っぱたくよ!」
「おばさん、私は安心した。おばさんも、中川さんから指令、受けてたのね?」
「だから言ってるじゃないか。全部騙されたふり、だよ。だから私が、ここでこうやって守ってんのさ」
「あのねえ。俺らもそれをくい止めるために来たんだって」
「...それがすぐにわからないというのが。私は、馬鹿だ。馬鹿の阿呆だ。ごめんね、亜紀ちゃん。あんたを信用できないってさ、なんかもう、私失格!ってことよね。あんたはどう思ってようと構やしないんだよ。でもね、情けないさ、自分が。大事なあんたのことを...」
 赤川は涙ぐんでいる。
「ちょっと。どうして泣くのよ。全然泣く場面じゃないでしょ、おばさん」
「ね。受付のあの頼りない女の子、あの子が怪しいんじゃないの?」
「未来ちゃんは全部白状しました。反省して、情報を全部私たちに教えてくれたのよ」
「亜紀ちゃん、私のこと、何年もずっと嫌ってるんでしょう。わかってるわよ。でも私、一度でも、私をお母さんと呼びなさいとか、そんなこと言ったことあった?」
「ちょっと、そんなこと、今話しすることじゃないでしょ」 西川は赤川を睨んだ。
 そして肩の力を抜く。
「でもね、今日のことが落ち着いたら2回くらいは、お母さんって呼んであげてもいいかな。もうすぐ母の日だし、1回だけ何か買ってあげてもいいかな」
「......」
「もう、泣いてる場合じゃないんだから。でも」
 西原は吉岡を見上げた。
「赤川さんはスパイじゃない」
「そうだな。おばさん、こんな、ネズミが走り回ってそうなとこにいないでいいから。俺が番をする。亜紀ちゃんはモニターチェックに戻れ」
「うん。ツトム君がここにいたら安心。だからおばさん、3階に戻りましょ」
 ひー、ひー、と泣きながら赤川は黙って西原に従った。


⇒ 第28章へ







inserted by FC2 system