第28章

「では、また80年代王道メタルに戻りましょう!」


http://www.youtube.com/watch?v=usTvW9vk2EU
 ★ 

「LAメタルのジューダス・プリーストみたいな存在感でしたよね。80年代メタル屈指の名曲集だ」 名倉。
「私、初めて聞きましたけど、そんなに有名なバンドなんですか?」 この音を知らないのは不覚、とでも言いたげに真壁が言った。
「いやいや、音の存在感だけの話で。
 名盤中の名盤、これ1枚切りで終わったのが本当に惜しい。違うバンド名で80年代初頭から活動してはいましたが、これがメジャーレーベルからのファーストアルバムです。
 例によって近年再結成してますが、アルバムはつまらなかったですよね、大須川さん」
「そうですね、風格だけで曲追いつかず、ベテランのプーです」
「今じゃ無名のバンドかもしれないけど、音は凄かった。メジャースタイルの決定版。89年でしたっけ、大須川さん」
「確か、89年ですね」
「出た時期が絵になっていたというか。80年代メタルの締めくくりにこの音。もう、90年代メジャーメタルは絶対にこのバンドが先導していく、と思ったんですけどね」
「あれ、黒田さん、なんで黙ってるんですか」
「聴き惚れてるんだよ」
「アビちゃん、感想は?」
「メタルのお父さんって感じ」
「いつもわかりやすい感想ありがとう。
 では、次の曲です。
 メタルのメジャー化。それは、ポピュラーで誰でも聞きやすい音ということだけでなく、メタルならではの凄み、メタルでしか聞けない世界を前に出したものでなければなりません。
 80年代前半、レジェンドたちの偉業あって、90年代近くの様々なバンドによるメタル改造も可能となった。
 80年代メタルの中心、そう言ってもいい音だったと思います。次の曲、アルバムは歴史的でした」


https://www.youtube.com/watch?v=bnNWUUZ7cEA

「バカダモ〜ン!」
「アビちゃんの大好きなやつですね」
「私の人生で一番のフェイバリットでーす」
 高井が何度もうなずいている。「これこそレジェンド。俺が生まれる前にもうこんな音があったなんて、奇跡だ。俺、思ったんですよ。かっこいい音であるのと同時に、めちゃくちゃ潔い音だな、って」
「それはどういう意味?」
「名作には名作なりの、語りがあります。そのアルバムオリジナルの世界のことです。それはヘヴィ・メタルというアートの数々でした。
 アートですから、興味ない人間には、少々くどい部分があります。メタルに限らず、濃いもの、深いものって必ずそうでしょう。
 でもこのアルバムは、特に全曲の、むちゃくちゃあっさりしたエンディングに現れているように、どかんどかん暴れた後は、すっと引く。
 なんか、必殺技を絶対に外さず、ターゲット撃沈を確認したらすっと引く。つまり、くどくないんですよ、全然。他に俺、こんなアルバムは知りません」
「そうだねえ。私だって他にこんなアルバムは知りません。メタルの歴史、屈指の名盤、名曲集でしょう」
「あのね、わたしね、難しいこと全然わっからないんだけど、でもこのアルバムが凄いってことはわかるよ。一生聞いてるよ。それがメジャーってことで、高井くんのような賢〜い人も、わたしみたいな人生荒波女でも、絶対にこれを離さない、ってとこが名作ってことよね」
 全面的に正しいことを言っていると全員が認めながらも、藤村の言葉はいちいち面白すぎた。
「なーんか、馬鹿にされてるみたいなんですけどぉー」
「あははは、違う違う、馬鹿にしてないよ。言葉が面白かっただけなんだって。
 じゃあ、次。フルコーラスで聞きましょう。人生が変わった、というリスナーが多かった、これも名作中の名作です」


http://www.youtube.com/watch?v=hfsZ4EzSn80
 ★ 

「...少々前時代的な、モンスターというよりは恐竜的なイメージが、ハードロックの復権とか言われましたっけ」 名倉。
「私なんか、これほどまでのシンガーだったのか、ということに驚いたんですが」 大須川。
「当初、ドラマーがコージー・パウエルだった。いざアルバムが完成すれば、ドラマーはカーマイン・アピスだった。なんか、背景も凄すぎます」
「へぇー! コージー・パウエルが?」
「知らなかったですか? 今確かめます。ほら。ウィキペディアに」
 ツイッターを気にしながら、名倉がずっとスマートフォンを持って話している。何秒で目的のページを見つけ出し、その画面を大須川に見せた。
 名倉は神技のように操作が早い。そこらへん、大須川は老人に等しい。
「私ね、従姉妹のメタル姉ちゃんから、リアルタイムで直に聞かせてもらったのを覚えてます。
 あれは私の家が引っ越ししたあたりだったから、8歳くらいだったかな」
「これこれ、真壁さん、年齢ばれちゃいますって」
「私はそんな、いい経験も嫌な経験も重ねて今の自分があると思ってますので、年齢なんて隠したりしません。34です、今」
 凛としたその表情にまた大須川はとろけそうになった。
「8歳で、これがわかった?」
「はい。姉ちゃんがすっごい仰々しくしゃべってて、姉ちゃんの家、一軒家だったから、お昼間とか、すごい音量でレコード流して、私も一緒にお姉ちゃんの真似をしてヘッドバンギング大会です」
「何という恵まれた環境だ」
「でもこのアルバムはヘッドバンギング大会じゃなかったですね。
 姉ちゃんは歌詞カード、ノートに英語を書いたりして、私はあまり理解できないながら、日本語の訳詞を読んでたりしました」
「原体験、と言っていい時期に、このアルバムが刷り込まれた。あ、すんません、ひよこみたいな言い方をして。
 でも私など、原体験はいわゆる洋楽一般であり、メタルじゃないですから、あなたの方がよっぽど耳が肥えていると思いますよ」
「いいえ、そんなことありません」
「私など、初めて買ったレコードがプロレスラーの入場曲でしてね。ハードロックの名盤に混じって、ジンギスカンとかヴィレッジ・ピープルとか、およそコメディー音楽と言っていいようなものばかり聞いてました。
 へぇー、という顔をして聞いている黒田さんだって、同じようなものです。ひょっとして、黒田さんは歌謡曲ファンだったのでは? アイドルのドーナツ盤とか買いまくってたとか?」
「そんなことがどうしてわかるんだ」
「そういう気がするからです。図星でしょう? ピンクレディーとか、河合奈保子、松本伊代。全部揃えてたんじゃないですか?」
 図星だった。
「このNTV、なつかしチャンネルではまさに懐かしき日々の歌謡曲番組も豊富に取りそろえ、放映しております」
 大須川は局の宣伝で結んだ。
「次。
 時は90年代に移ろうとする1989年。ボン・ジョヴィやモトリー・クルー、そしてスコーピオンズにオジー、欧米トップクラスのバンド及び制作側の協力により、このバンドがデビューしました。


http://www.youtube.com/watch?v=lbeoEPNB-Vk
 ★ 

「うわ〜、いたいた!」 じっくり聞かずして名倉が叫ぶ。
「ロシア連邦、当時はソビエト連邦、ソ連と呼ばれていた。世界一の共産主義大国。生活から娯楽に至るまですべて外国文化が入っていかなかった広大な大陸に、1988年あたりから、ついに欧米文化が押し寄せることになるのです。
 ペレストロイカ、という鎖国主義撤廃政策のおかげです。このバンドが世界に向けてデビューしたのは」
「なんせ個性的だったので俺はよく覚えてるんですけど、BURSTマガジンなんかでは全然騒ぎにもなっておらず、冷めた反応でしたよね」
 BURSTマガジンというのはメタル専門雑誌である。ネットのおかげで発行部数が激減したそうだが、現在でも発行されている。
「BURSTというより、このバンドはむしろ一般ニュースで取り上げられていて、音楽関連では例によって評論家から稚拙だ何だと言われ、扱いが小さかったと思うんですが、私はですね、学生時代にロシア語を学習していたことがありまして、たとえば、今、これこれ、このコーラスはロシア語なんですよ。フスタバイチェー、リュージルースキー♪」
 大須川が変な踊りで歌い出す。
「どういう意味なんですか? 曲名通り、マイ・ジェネレーション?」
「ロシアの若人よ、立ち上がれ!という意味です。ほんとですって」
「そういうふうに見えないんですけど、大須川さんは共産圏に興味がおありだったんですか?」
「何をおっしゃる名倉さん。浪人して、私立大学行ける金はなく、センター試験、いや共通一次だったか、忘れた、それで何とか引っかかった大学がロシア語学科でしてね。
 学校は途中で辞めましたけど、人生何がどう動くかわからんもんで、私はここ何年も、ロシアン・メタルにはまっております」
「ロシアのメタルって、このバンドだけじゃなかったんですか?」
「何をおっしゃる真壁さん。自主制作含め、CD出してるバンドは今、日本より遙かに多いんです。メタルだけでもね。
 中にはびっくりするような、メジャーサウンドを普通に出してるバンドがたくさんいます。ただし、なんせ広い連邦国ですから、英語で歌う必要がないんですね。9割以上のメタルバンド、歌が全部ロシア語。しかし演奏は、今は欧米産に完全に並んでいます。
 なのに、いまだ、取引関係はロシア語が読めなければだめ。日本にまったくロシアンメタルが入って来ないのはそのせいです」
「なんか、興味あります」
「でしょう! いくらでも聞かせてあげますよ。何でしたら、大阪まで一度遊びに来ませんか、真壁さん。他の人は来ないでいいですよ。
 私の家に来たら、あらゆる国のメタルがありますので、1日、まったりして過ごしながら、一緒に聞きませんか。ソファー、安く買ったんですけど、いつもおっさん一人で座ってるものですから、侘びしいもんでしてね」 というのはすべて大須川の心の中の声である。

「ちなみにゴーリキー・パークは一度アメリカに移住し、もう1枚名作を作っています。それでまたロシアに帰り、2枚ほどアルバムを制作しました。ロシアに戻っても、すべて英語で通したという、ロシアでは珍しいバンドでした。その時期の音も名盤でしてねえ。
 こんな番組をまた、用意してくださったら、ロシアのメタルを流してもみたい。私にはいろんな用意があります。
 がんばってくださいよ、ほんと、NTVさん。視聴者の皆様もどうか、応援よろしくお願いいたします。
 ではここで、強引に定義するなら新しい音を創造し、来るべき90年代そしてそれ以降に、80年代メタルの素晴らしさを伝えていったという、いわば変り種メタル、変種メタル、変態メタルの数々を、次々聞いていってほしいと思います。時間の都合上、ダイジェスト的に流します」


http://www.youtube.com/watch?v=J2SYPzKzD94
 ★ 

「...これは、有名ですね。プログレメタルみたいな音でデビューしたバンドでしたが、メタルがプロレスならこの音は格闘技の黒船、とてつもないインパクトでした」
「適度に重くて、ポップで、聞きやすいですね」 高井。
「でも、強い音だろ?」
「はい。俺はあの、何でしたっけ、犬の顔のジャケット」
「DOGMAN、あれも名作です」
「あのアルバム以降しか知らないんだけど、グルーブ・メタルサウンドのレジェンドだと思ってた。でもこんな、手技足技、全面波状攻撃みたいなメタルサウンドを作ってたなんて」
「今も活動中ですけど、DOGMAN以降はぱっとしませんねえ」 名倉。
「ボーカル兼ベースの、黒人の背の高い、あのおっさん関連のアルバムでは全盛期に迫る迫力を出している音もあるんですけど、このバンド自体は確かにぱっとしませんね」
「ギターリフがドラムスみたい」 藤村。
「どういうこと?」
「わたし音楽用語とかわかんないからごめんね。でもギターの音、ドラムスみたいにビートを刻んでて、わたしこんなの、初めて聞きました」
「その解釈は正しいよ。グルーブメタル、そんな名前のジャンルもあるんです。高井くんがさっき言った、音楽全体で揺れるようなメタルサウンドです。
 では次。
 雑誌の評価は酷いものだったように記憶してるんですが、私は音楽観が変わってしまったバンドです」


http://www.youtube.com/watch?v=UyiNQZrbsqU
 ★ 

「...このバンドも、この時期が頂点でしたね。この手のジャンルの評価は、日本人ライターは上手に伝えることができなかった。学問的知識と照らし合わせることができなかったからでしょう。しかし聞いたリスナーの反応は凄かったように思います」
 若い高井が呆然としている。
「...スラッシュメタルかなと思ったんですが、なんか違うみたい」 真壁。「なんかこう、タコが武装してるみたいです」
「あはは。そうですね、8本足の武装軍団、何とも破天荒な攻撃力です。
 でもタコにも太い本体があるわけで、その本体、このバンドは大きかった。私はロンドンでこのバンド、見たんですよ。それはもう、コンサートが終わってからも何日も続いて記事が新聞に出てるという」
「そこまで人気があったんですか?」
「ボーカリストが抜群にアホで、ステージですっぽんぽんになって、オシッコしたんですよ。放水する消防車みたいに。ステージ後、警察に捕まった」
「それはアホだ...」
「レッド・ホット・チリ・ペッパーズが、当時、素っ裸に、アソコに動物の角を被せて登場するというパフォーマンスで話題をさらっていましたが、このバンドは同じスタイルの過激バンドと観られ、パフォーマンスばかりが注目され、結果、すぐに忘れ去られました。
 今に残るのはこの、非常に面白かったタコ・メタルサウンドの数々です。
 さて、次は変態じゃないですよ」


http://www.youtube.com/watch?v=iJgHR-cpboY
 ★ 

「これ、知ってる!」
「母ちゃんかな?」
「うん!」
「アビちゃん、いくつって言ったっけ?」
「22だよ」
「D.A.D.がこの曲を世界的に大ヒットさせたのが1989年あたり、当たったのはこのアルバムだけで、現在も活動を続けているも、一発屋の印象を多くのリスナーが持っている。
 アビちゃんの母ちゃんはずっと、こういう音を忘れないで聞いてらっしゃったんですね」
「パソコンで音楽が聞けるようになってから、もう大変。家の中ではいっつでも音楽が鳴ってるって感じ」
「当時はバンドの数もジャンルの数もすでに飽和状態で、バック・トゥ・ルーツ、とやらで、ロックンロールメタル、よき時代のハードロックらしさを商売くさく前に出すバンドがたくさん、一番の音楽は俺らのこの音だとばかりに偉そうに登場してきましたが、そこで誰もが予想しなかったシンプル・イズ・ベストのこのサウンド。
 シンプルではあるが新しい。メタルサウンドはまだまだ飽和していないということを教えてくれたバンドでもあります」
「デンマークのバンドだったですよね。でもあのアルバムは北欧らしさも満点、パワーメタルに匹敵する力もあった。
 僕は1980年代最大の名盤、最大のブライテストホープだと思ったんですが...一度きりのミラクルパワーだったのか、バンドを育てる側に問題があったのか、不思議なアルバムではあります」 名倉が締めた。
「次。これは黒田さんに解説お願いします。今も活動中、デンマークのレジェンドです」


http://www.youtube.com/watch?v=ZWqBm28ZKeE
 ★ 

 黒田よりも先に藤村が間抜けな声を出した。
「いやーん、ホラーメタル」
 黒田は大変深刻な表情をしている。余程思い入れの深い音なのか。しばらく黒田は黙り込んでいる。
 そのまま1分ほどが経過。
 しかし音楽が鳴り続けているので、妙な間ができるということはない。
「黒田さん、感想と分析を」
「今藤村さんが悲鳴に近い感想を放ったように。確かにボーカルは魔物に取り付かれた人間のそれだ。しかししっかり聞けば、ちゃんとメロディーラインをなぞっている。90年代に誕生したホラースタイル、オカルトスタイルに大きな橋渡しをした。それは、何を被っていても、芯の部分では決して音楽から外れてはいけないという鉄則だ」
 大須川はすっとぼけた。「黒田さん、評論家みたいなことを言いますね」
「たまには真正面から見た意見も必要かと思ってね」
「いや、一本取られました」 大須川は額をぱちんと叩いた。「でもこのマーシフル・フェイトは当初日本盤なし、輸入盤屋界隈で大きく話題になりました。
 こんな音が登場する伏線、予告が何もなかったですから、このアルバム、オープニングを飾ったこの曲には本当に驚きました。伏線、予告がなかった新しい路線の登場、そのインパクトは何者にも勝ります。
 このバンドもそうだったもしれません。これはじっくり聞きましょう」


http://www.youtube.com/watch?v=JmV9MsFnUbk
 ★ 

「...このバンド、名前は知っていますが、もっとオカルトチックなバンドという印象があります」 真壁。
「確かにそういう印象を持たせる音源、映像、それに雑誌の記事も多かったように思います。でも、これがこのバンド、セカンドアルバムにして全世界に名前を轟かせたオープニングでした」
「ボーカル、普通の人じゃありませんね。オペラ出身の人とか?」
「その勉強、修行をした人ではありましょう。メサイア・マルコリン。当時は北欧ゴシックメタルの伝道師とすら呼ばれました。
 この音が生まれたその背景には、この荘厳な音に合うストーリーがあってほしいところですが、実際のところ、CANDLEMASSはファーストアルバムでいきなりこけた。
 それでボーカルを交代させ、そのオーディションをリーダーがおこなった。リーダーに夜遅く電話をかけてきて、母親に受話器を持たせ、電話の向こうで歌いながらオーディションに参加した男がいた。
 それが天界のメタルサウンド、この曲このアルバムが生まれた背景です。名作の裏には何かしら、興醒めするような事実があったりするものですが」
「ぶゎっははははは」 藤村がいきなり笑う。
「何か面白いこと言ったか?」
「大須川さん、今、興醒めって...」
「それが」
「ぶゎははははははは。興醒めって言葉が面白いんです。あはははは、気にしないで進めてください。なははははは」
 藤村に言葉を笑われては、さすがに不愉快である。人懐っこさだけで世間を渡っていけると考えているこのような小娘には、おっさんがきちんと叱ってやらねばならない。
「...当時、この音がゴシックメタル、と呼ばれていました。ゴシックメタル、と呼ばれたのはこのバンドが初めてです。高井くん、今言う、ゴシックメタルとは雰囲気、感じが全然違うよね?」
「まず、女性ボーカルでないというところが。
...でもこっちのほうが、本来のゴシックメタルという説得力を感じます。俺はその、最近の、人間離れして巧いですね、しかしそれがどうした的なゴシックメタルの女性ボーカルにうんざりしてます。みんな同じ人が歌ってるみたいですから」
「確かに。ソプラノボーカルは私も飽き飽きしてます。
 CANDLEMASSはメサイア・マルコリン時代、3枚のアルバムを残していますが、この音を真似できたバンドはいません。
 さて、次は少し雰囲気が変わります。音そのものは変り種ではなく、正統派中の正統派なんですけど。どこが変わっていたか。聞けばすぐにわかります」


http://www.youtube.com/watch?v=lgqEGuW0yII
 ★ 

 大須川はしばらく黙っていた。
 その間1分ほど。
「...あれ? 歌がないよ」 藤村。
「まさしく。ギター・インストブーム。シュラプネル、というレーベルが何人もソロギタリストをデビューさせ、小さいブームだったかもしれませんが、それなりの一派を作りました。
 その中には、今現在、日本の芸能人となっている、マーティン・フライドマンもいました。
 おそらく頂点に位置していたのがこの人。黒人です。
 ...どうです。速弾きがイングヴェイとはまた全然カラーが違いますね。
 黒人と言ったらもっと、朝から豚足食べるみたいな、濃いファンク・メタルサウンドを想像し、実際にそういうバンドも数々いましたが、そういう意味でいえばこの人の音は、今現在の職人ギターサウンドに至るまで、黒人らしさがまるでない革命的な音楽性だったといえるでしょう」
「これを聞くとイングヴェイがいかにあほらしい音かわかります。いや、ファンの方ごめんなさい」 名倉はカメラに向かって両手を合わせた。「僕はイングヴェイは北欧メタルメイカーとしては高く評価しています。しかしギターは、確かにイングヴェイ流ギター道を完成させてはいますが、それだけのことだった」
「90年代のSEVENTH SIGNは歴史的名作だと思いますが、名曲あってのことです。名倉さんの意見に私も賛成です。
 ギターという楽器をピアノと同じレベルにまで高めた、こういうギタリストの音を前にすると、ギターそのものの印象が変わります。ちなみにトニー・マカパインは天才的ピアニストでもありました。
 さて、変わり種メタルコーナーの最後です。それから、本日最後の休憩にいたしましょう」


https://www.youtube.com/watch?v=GSKeo5AS5vM
 ★ 

「...うん、大須川さんの言いたいこと、すごくわかりますよ」 名倉がにやりと笑った。
 この曲、このアルバムを知る人間は、100%近く自分と趣味が同じであると大須川はこれまでの体験からわかっていた。大須川と名倉は、外国人がよくやるような『拳の挨拶』を交わした。
「さて、初めて聞いた印象をどうぞ、一番お若い藤村さん」
「んーとね、これメタル? じゃないよね」
「あと1分、じっくり聞いてください」

「...メタルを50年前に卒業して、違う世界で活動しているお師匠様がいるの。メタルの極意を聞きに、若いメタルバンドがチベットの山の中に聞きに来ます。それでね、お師匠様はドラゴンボールを若いバンドに渡す。その玉の中から流れてきた音楽。それが、これ!」
「なんか、どっかの映画で見たような話だな」 名倉が笑った。
「なんでチベットか、よくわかりませんが、おっさんが若い人間に名作名盤の素晴らしさを伝えるときに、言葉、伝え方がやっぱりおっさんになるから、若い人間が持つ印象は、総じて『要するにクラシックな名作なんですね』ということで終わってしまう。
 これがおっさんくさい音であればそれも構わないんですが、でなければ、おっさんの熟成した名作紹介よりも、若い人たちの正直な感想文が、同じく若い人たちに対する最もわかりやすい名盤名作紹介になります」
「誉められてるのか、怒られてるのか、わかんないよ」
「誉めてるんですよアビちゃん。あとはこの音、いいと思う? つまらないと思う?」
 藤村はにっこり微笑む。「すんごい、カッコいい!」
「日本では最も過小評価に終わったバンド一番の名作が、30年余後に、22歳のメタラーによって素晴らしいという評価を受けている」
 大須川はテレビカメラを真正面から見た。
「視聴者の皆さん。80年代メタルは、80年代メタルを懐かしむ現在40代50代の人間のためだけにあるのではありません。
 観賞用として聞くのもよし、90年代、2000年代飛び越えて、これから次の音楽を作るもよし。メタルは常に、若い感性のためにあるのです。
 私のようなおっさんがメタルを楽しんでいた時期の姿は、今の若い、あなたたちと100%、まったく同じなんです。時代性を感じさせるダサいものじゃありません。それは、数々流してきた音楽が証明していると思います。
 番組も佳境に差し掛かってまいりました。30分後、またお会いしましょう」


⇒ 第29章へ







inserted by FC2 system