第29章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=4QvNft-MxLk


 怒りまくるLEYNAとクラウドのスタッフの剣幕に耐えられず、一度玄関を出て、エレベーター前まで大場と横川は避難した。
 スパイからの連絡はまだない。
 ついに6時を回ってしまった。
 NTV番組ジャックでないと、意味がないのである。痺れを切らしたクラウド側がクラウドTVだけで流すと、他の、不景気な局がLEYNAに協力を申し出ることも十分に考えられる。
 そうなると、大場と横川の役目は何もない。今さらNTVに戻れるはずもなく、つまりクビ、無職、職安通いである。

「あ、あいつら!」
 ひときわ大きな声を放ったのは、大場である。
 スマートフォンを、番組を視聴できる仕様にしてあるが、中断される番組に興味などないので、見ていなかった。
 今、見た。
 司会の男が珍妙な姿でわけのわからない音楽の話を繰り広げているが、一番後ろに座る若い男の出演者の背中には、A4サイズの紙が貼られてあり、今、カメラマンがそれを大写しにした。

いきなりですが、この番組、放送中断の危機です。
詳しくはリモコンのボタンを押して、番組案内のページをご覧ください。
視聴者のみなさまのお助けを必要としています!


 50を過ぎたおっさん同士2人、顔をくっつけ合って番組情報を見る。

NTV、なつかしテレビチャンネルがあのLEYNA、クラウドミュージックのLEYNAによって潰されることとなりました。
本日この時間、この番組はいつ何時にも中断され、放送がジャックされるかも知れません。おそらくそうなります。我々、NTVスタッフの抵抗です。どうか視聴者の皆様、この事実を知っていただき、視聴者としての意見をカスパー本部に伝えてください。皆様の助けがNTV存続につながるかも知れません。我々スタッフの心からのお願いです。


「大変ですよ...」
「カスパーに睨まれたら俺ら、一生この業界で仕事できん...」
「逃げますか」
「逃げる」
 横川は急いでエレベーターのボタンを押す。
「スパイはどうします?」
「仕事、投げやがったな」
「とりあえず、俺は親戚の葬式と言うことにする。じゃあ」
「何がじゃあですか、ちょっと!」
 横川が先に、エレベータに乗り込んだ。
「さて、考えろ考えろ」
「何を考えたら!」
「うるさい! 自分に言ってるんだよ!」 横川は大場を突き飛ばした。
「ここまで来たら...じゃなくて、まだ戻れる、そう、まだ戻れる」
「横川さん、もう戻れないですよ」
「視聴者が参加してみろ。倫理調査会が出てくる。俺の後輩で馬鹿が一人いるんだそこに。民放局同等の地位を! なんて運動まがいのことをやってやがる。食いつかれたら、終わりだ。俺ら2人とも」
「どうしたらいいんですか! どうしたら!」
「馬鹿! まだ終わってなどいない!」
 エレベーターが1階に到着した。
 玄関前には道を大きく塞いで、パラボラアンテナをこれ見よがしにくっつけた移動中継車が止まっていた。
 何を思ったか、横川はスタンバイするクラウドの社員に向かい、笑顔で言った。

「ご苦労様。どうも、遅くなってすみません。いよいよ放送開始です。6時10分にスタートです。
 それでLEYNAさんが、コンサートの直前にやるアレ、スタッフのみんなでやりたいんだそうです。私ら2人はまだクラウドの人間じゃないということで、あなたたちを呼んでおいでと命令を受けました。車の番をしておきますから、一度戻ってください」
 やれやれ、といった表情で移動中継車の3人は、エレベーターに乗っていった。


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