第30章


「もう待ってらんない。放送開始。あのおっさんたちはどうでもいい」
 女王様は怒りの表情から一転、プロフェッショナルシンガーの顔つきになった。
 女王様の扱いに慣れたクラウドTVの臨時ディレクターが訊く。
「じゃあ中継車のほうでNTVのほうの回線、切ってしまいます?」
「切っちゃって切っちゃって。全責任はあたしが持つから。ついでにNTVそのものも切っちゃえ切っちゃえ」
 女王様はカメラの前に立った。
 何でもいきなり新曲の振りから入るらしく、もちろん口パクであるが、ADもオーディオプレイヤーの再生ボタンに指を乗せている。
 女王様がスタンバイ。
 女王様でなければ、両腕に鎖をつけられ天井から吊された奴隷のような格好であった。
 クラウドTV本部の人間とヘッドセットで、臨時ディレクターが会話する。
「はい、キュー入りましたー。音声OK? 照明OK? 中継車、準備OK?」

 緊張感が漂う中、玄関からのそっと3人の男がいきなり入ってきた。
 ディレクターの声が完全に裏返った。「何、なに? 中継車どうなってるんだよ!」
「LEYNAさんが呼んでるって...」
 天使のポーズから跳び蹴りのポーズになった女王様は、怒りのあまり目が血走っている。
「呼んで、ないわよ!」
「おまえらとっとと中継車戻れ! 本局がパニクってるぞ、早く戻れ! すぐに開始だ!」
「はい!」

 トランシーバーから怒声が響く。
 28階である。エレベーターを待つのがもどかしいといって、階段を駆け降りるわけにもいかない。
「まだかおい」「早くしろ」「クビにしちゃうよ!」
 ディレクターとLEYNAのお囃子。3人は寸分違わぬ動作で揃って頭を下げ続けている。
 そしてやっと1階エントランスに着いた。


 移動中継車が、なかった。


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