第31章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=PdneZ9eEYwg


 モニターにはもちろん番組が映っている。機材の故障でもない限り、番組については何の心配も要らない。その横には持ち運び可能のポータブルテレビがある。
 大きい画面、小さい画面、西原亜紀と藤田未来が交互に、目を皿のようにして眺めている。
 ポータブルテレビのほうは一般家庭に置いてあるテレビとまったく同じである。視聴者と同じ画面を見ていることになる。番組ジャックがあれば、すぐにわかる。
「未来ちゃん、もう1回、クラウドに切り替えてみて」
「はい」
 クラウドのほうでも普段通り、予定通りの番組が続けられている。
 もはや、こっちでできることはすべてやった。
 吉岡ツトムが遠隔操作をシャットアウトしてくれたし、この建物の全電源をダウンさせるという突飛な作戦も食い止めた。

 現時点では、一般視聴用の画面では変わらずに番組は放送され続けている。
 ネットで、LEYNAの今日の予定を調べた。
 夜7時、そして10時、民放地上波デジタル、2局で生中継番組がある。
 西原は時計を見た。
 午後5時10分。
 LEYNAが長くてあと1時間半、動かなければ、私たちの勝ちである。LEYNAの負けだ。

 そこで、西原はふと我に返った。
 今日の乗っ取りが失敗しても、明日、あさって、連中がここを乗っ取る機会など、これからいくらでもある。
 どっちみち、このスタジオでバタバタ走り回るのも、ひょっとしたら今日が最後かもしれない。
 父が今晩中に話をつけ、そして明日は、ここにいるのはおそらくクラウドのスタッフだろう。
 自分に任せられた最後の時間。
 誰に評価もされないでいい。これが自分の最後の仕事。
 仲のいい藤田は里に帰ってカマボコ屋を手伝うなどと言っている。ころころ言うことが変わる人間なので、どこまで本気なのかさっぱりわからない。
 しかし何においても終わりは突然やってくるものである。今月分の給料を父親から分捕れば、失業者となる。それでも仕方ない。
 自分はまだ若いから、選り好みさえしなければ仕事などいくらでもあるだろう。あるいは本当に藤田が里に帰るのなら、ついて行こうか。

 村田がこちらにやって来た。
「今の曲終われば最後の休憩。V、大丈夫だな?」
「うん。進行、どう?」
「大場の馬鹿などいなくて大正解。問題なく進んでる」

 西原は休憩に入る大須川の締めの言葉を確認し、番組を編集済みの30分映像に切り替えた。
「私、トイレ行ってくる。未来ちゃん、モニター見ておいてね」
「はーい」

 2階ロビーに出てトイレに入ろうかと思ったら、電話の音が3つほど重なって鳴っているのが聞こえた。
 今、事務所には誰もいない状態になっている。とりあえず西原は1階に下りた。

 そして驚いた。
 玄関先。
 来客用の駐車場には1台しか車が止まっていないが、そこが黒山の人だかりである。
 30人ほどの人だかりは騒ぐ様子もなく、ただ、何かをおとなしく待っているような様子である。
 ついにLEYNA側が動いた?
 しかし一般視聴者用の映像には、クラウド側においても、番組ジャックの様子などない。

 一般視聴者へ向けたメッセージ。
 まさか。
 西原は扉を開けた。
 目の前のグループが、おー!とざわめき、拍手をした。その拍手は全員に伝わった。
「あの、すみません、ひょっとして、番組案内のお知らせを読んでくださって、集まってくれたんですか?」
 しばらくの間があった後、どこかで見たことのあるバンドのロゴマークTシャツを来た年齢不詳の長髪男が言った。「番組ジャックされちゃうんだろ? ここで俺らが、LEYNA様か誰だか知んないが、拝金主義のJポップヤローたちを食い止めてやりますよ!」
「ありがとうございます。全部、本当のことです。でもLEYNAはここへは来ません。クラウドミュージックTVとの同時中継をおこなうべく、スタジオで待機していると思われます」
「カンケーねえよ。番組の心意気、あんたらの心意気に打たれて、俺らは応援すべくここに集まってるんだ」
 横の、同じく年齢不詳の女性が言う。「心配しないで。私たちは暴徒じゃありません。ただの徒(と)、です。決して騒いだりしませんから。ねー!」
 観客は控えめな拍手で応える。
「局はスタッフ、たった4人しかいません。ディレクターもプロデューサーも、LEYNA側についてしまい、出て行ってしまいました。今の番組を番組予定表通り、きちんと終わらせるのが私たちの仕事です。本当にありがとう」
 西原は深く頭を下げた。
「こちらにモニター、1台移します。電源コードの長さがありますから、玄関ガラス越しになっちゃいますが...」
「4人しかいないんでしょ」 さっきとは別の男。「いいからいいから。今休憩中ですね。はじまったら、スマホで見る。全員は持ってないけどさ、まるでこうなるとちっちゃな街頭テレビだな」
 数人が笑った。
 西原は再び頭を下げた。

 半年間、仕事をして、視聴者からお誉めも受けたこともある。
 それよりずっと多かったのが苦情、クレーム。
 しかしすべて、メールを通してだった。
 西原は初めて、視聴者たちと会い、会話をした。
 それが嬉しかった。

 西原はトイレに行くのも忘れ、3階に駆け上がった。


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