第33章


「つまり、私の頼みが聞けないと言うのね? 土壇場に来て、あなたの態度はクラウドに対する冒涜よ」

 こっちはこの物語に初めて登場する、『NTVの女王様』である。

 NTV、機材運び込みのための裏口の近くに止められた、赤い車。

「黙ってないで何とか言いなさい」
 助手席であくびをしているのは、クラウド側が送り込んだスパイである。
「あ、そう。報酬アップの要求? 調子に乗ってると、クラウドの仕事も紹介できないことになるけど?」
「あのー。自分の仕事は、今日一日で完結するはずだった仕事ですよね。予防線を張られてしまうようなことになったのは、作戦参謀であるあなたの落ち度でしょう。自分はあくまでも状況を冷静に見ていたつもりです。
 ここに及んで、あなたは無茶を言う。そんな大きな機械を担いで、スパイダーマンみたいにここから屋上に上って、アンテナケーブルを切れ? 私にそんな芸当ができるとお思いですか。太さも2センチはあります。中には電気も通っていますし。絶縁ワイヤーカッターは? ゴーグルは?」
 こっちの女王は唇を噛んだ。
 ずっと虚勢を張ってはいたが、虚勢を張らねばこの人物とは対等に話せない。そして、もはや虚勢を張ることができない状況になっていた。
「ぽんぽんと飛び出す命令口調が途絶えましたね。口ごもっていらっしゃる? じゃあついてに申し上げましょう。
 海外ドラマの見過ぎであることは自分自身、認めております。私は2重スパイです。依頼主はあなたなんか足元にも及ばない、雲の上の人物でしてねえ。あなた、中川裕子さんの命令を聞くと同時に、あなたを監視し、その動向を探っておりました。もちろん、これで」 スパイはスマートフォンをちらつかせる。「NTVの西原社長にも逐一、報告を入れております。3重スパイだな、こりゃ。ねえ、スパイの傾向とか、ご存知ですか?」
「......」
「二重スパイといいながら、自分の利益を考える小ずるいスパイだって多い。各国諜報機関は二重スパイを見張るスパイなんてものを、また送り込んでたりしてるんですよね。
 目が泳いでますよ、中川さん。私の話がわかってない?
 私だって、あなたが示してくれたように、クラウドで仕事したいですよ。それが私のプランBでした。依頼主を説得し、本日以降も二重スパイとして、クラウドに潜り込むんです。クラウドはちゃんと残業手当ても出るし、ボーナスもあるんですから。
 でも、無茶を言う依頼者は、これはもう、見込みなしということなんです。
 従う側として、従う見込みなし。それが今のあなたです。
 あなたの言うことは行き当たりばったり過ぎる。結局自分の身可愛さです。あなた自身が必殺技を使わない限り、クラウドに見捨てられるという状況なんですよね、今。
 クラウドの仕事を紹介できない? えっらそうに。あなたがクラウドに見捨てられるという状況でしょう。自分は身を引きます。ケーブルを切るなんて、完全に犯罪行為ですから。
 では戻りますね。そろそろ戻らないと、怪しまれるかもしれない。
 展開としては多分、LEYNAがここに乗り込んでくるでしょう。それを防御する人の善い出演者の一人として、がんばってきます。じゃあ、お達者で」

 スパイは再び大きなあくびをして、車から降りた。


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