第34章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=g93mz_eZ5N4

 腹が減ったからコンビニに行くと言う者(黒田)もいれば、トイレに行くと言う者(名倉)もいて、外でゆっくり電話をしたいという者もいれば(真壁)、柔軟体操をしたいという者(藤村)もいる。
 とにかく5分で用事を済ませ、休憩室に集まるよう、厳しい表情で大須川は伝えた。


「じゃあ、説明しますよ」
 番組中断騒ぎを知っているのは大須川と、名倉だけである。
 番組中にもずっとツイッターを追っていた名倉には、西原がメールで短く伝えた。
 名倉は慌てず騒がず、顔にも出さなかった。
 黒田、真壁、高井、藤村の4人には詳細は伝えていないが、何かが起こっている、という雰囲気は伝わっている。
 それを大須川が、これから説明しようとしていた。

「LEYNAってご存知ですよね、みんな。知らない人間はいない、あのLEYNAです。
 LEYNAは自分の属するクラウドミュージックで、いくつかの番組を持っています。そして、今回、自分自身の局を持とうと考えました。一日中LEYNAチャンネル。と思います。
 ここからは私の推測ですが、LEYNAに独立でもされたら、日本一規模の会社、クラウドミュージックが傾きかねない。LEYNAに怖いものなしです。
 このNTVの乗っ取り。その役目を担った三下役者が、みなさんここにきたときに御覧になったでしょう。
 若いADさんとヒゲのカメラマンに番組を任せて外出してしまい、帰って来ない、これまたヒゲの横川ディレクターと、食パンみたいな顔をした大場ディレクター。あの2人が、今LEYNAの元に駆けつけ、番組ジャックを計画しているのです」
「何だよ、番組ジャックって。まさかLEYNAがここにやってきて、番組を乗っ取るのか?」
「それだったら、お客の立場で来てらっしゃる黒田さんには土産話のひとつにもなるでしょう。
 違います。私たちのやってる番組が突然中断され、LEYNAが別に待機しているスタジオでの中継に切り替えられます」
「何だって! じゃあ、今までの放送、誰も見てないってことになってるの?」
「急がない、高井くん。よく聞け。ADさんもカメラマンさんも、外部モニターでしっかりチェックしてくれています。今のところ、番組は普通に流れています。そして、高井くんの背中に貼らせてもらった、さっきの紙の内容」
「何か、ただごとじゃないなと思ってたんだけど」
「ADさんおよびこの局に残っているスタッフは、LEYNAおよびクラウドミュージックと闘っています。そのことを、番組案内で伝えてるんです、視聴者に」
「番組案内って、リモコンの赤いボタン押したら、画面に出てくるやつですか?」
「そう。相手はクラウドミュージックのLEYNA。闘っても、勝てるはずがありません。
 ADさんカメラマン、その他の人たち。明日はお払い箱、クビです。それは確定です。
 なのにね、今の、私たちのやっているこの番組を、潰させないように彼らは頑張ってるんです。これに応えないで、人間と言えましょうか!」
「...でも、わたしは何をしたらいいの?」
「アビちゃん、私らにできることはこれといって、ないんです。なぜかと言えば、私たちは今番組に出演しているからです。
 あの、凛々しいADさん。西原さんです。彼女いわく、番組中で窮状を訴えるのは、視聴者には関係のないお家騒動を視聴者に見せるということ」
「お家騒動じゃないだろう、乗っ取りじゃないか。会社法? かなんだかわからんけど、許せることじゃないだろう?」
「それが正論です、黒田さん。でも視聴者はどう思います? お家騒動ですよ、そんなものは。視聴料払ってるのに、揉め事など映すな。それが普通の神経です。
 いや、揉め事を喜ぶ視聴者だってたくさんいるでしょう。そっちのほうが多いかもしれません。
 そこで、私は西原さんたちの心意気に打たれた。今日でクビになっても構わないから、この番組だけは絶対に最後まで、きちんと終わらせる。はっきりと西原さんは私にそう言いました。
 アビちゃん、俺らにできることは、番組を最後まで、きちんと終わらせることなんだ。西原さんたちスタッフの奮闘で、幸い、まだ番組は続いている。LEYNA側は相当焦っていることだろうと思う。
 黒田さん、アビちゃん、高井くん、名倉さん、真壁さん。彼女たちを、助けたいと思いませんか?」
「よし。わかった。最後まで、頑張ろうじゃないか」
「黒田さん、あなたが一番ゴテると思ってましたが」 大須川が笑う。
「あの人たちの今後が、心配と言いますか、申し訳ないという気も少しします。番組のために頑張ってらっしゃるんですね。あと2時間、ないですけど、私たちも最後まで頑張りましょう」
「そのお言葉が一番心強いです、真壁さん。私も、番組スタッフと同じ気持ちであります」
「一日だけの、打倒LEYNAか。メタルらしくって、楽しいな。協力します、大須川さん」
「ありがとう、高井くん」
「アビちゃんね、今さっき、母ちゃん呼んだよ。間に合わないかもしんないけど、放送、終わってからの打ち上げ、母ちゃんも参加していい?」
「もちろん」
「わたし、LEYNA嫌い。いじめっ子の奴ら、みんな大ファンだったもん。西原のお姉さん、私大好き。いっぱい助けてあげるんだから!」
「でも...」
 ひとりトーンの違う声を出した名倉を、全員が凝視する。
「僕は少し、心配なんです。さっき窓から顔出して、外を見たんです。入り口に、視聴者でしょう、もうわんさか、集まってます。彼らが大人しくしてるでしょうか?」
「...そりゃ、面倒だな」 大須川が出口に向かう。
「ちょっと見て来ます」


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