第35章

BGM
http://www.youtube.com/watch?v=3FsrPEUt2Dg


「おおーっ」
「出た、主役だ!」
「応援しとるぞ!」
 大拍手。
 群衆、という数だった。大須川は1階エントランスを出る前に、固まってしまった。
 自分が書いた、あの呼びかけに反応してくれた人たちである。
 カスパー本部に連絡を、と書いたつもりだった。
 いや。本当にそう書いたか、思い出せない。
 しかしまさか、直接やってくるとは。
 逃げたくなったが、勇気を振り絞って大須川は表に出た。

 じっと大須川を見つめる人たち。
 静まり返っている。

「あの、すみません、わざわざご足労願いまして。つかぬことお伺いしますが。皆さん、メタルファンですか?」

 おおーっ!という大喝采。
 幸い、向かいは休業中の工場だが、もしマンションなどがあれば一発、通報である。
「めちゃくちゃ嬉しいです。でも、みなさん、どうかご静粛に願えませんか。番組を心配し、こうして集まってくださった皆様が、警察の取り調べとまでは行かなくても、警察に追っ払われるという悪い思い出になってしまったら、私は皆様に、どうお詫びしていいのかわかりません」
「大丈夫だって」
 一歩目の前に進み出たのは、頭に包帯を巻かれ、ラッキョのようになっている少年だった。
「きみは...大丈夫なのか、怪我」
「はい。切っただけですから。それよりも。おい。母ちゃん、無様なとこ見せて。息子からも謝ります。あれじゃ番組になってなかったよな。おいこら母ちゃん、ちゃんとこっちに来て、大須川さんに謝れよ!」
 ワッペンだらけのデニムを脱いで普通のおばさんに戻り、小さくなっている三上洋子が、眉間にしわを寄せ、情けない表情で息子の横に来た。そして大須川にごめんなさい、迷惑かけましたと謝った。
 後ろから誰かの声が飛んだ。「オバチャン、戻りな。あんただって番組出演者だろ」 
「そうそう。女性メタラーの意見だって、暴走しなければ重要な意見なんだから!」 おばさんグループが三上に駆け寄った。
 三上は息子と並んで、これ以上ない照れた顔をしている。息子まで照れる必要はないと思うが、いい関係の親子なんだろう。
「いいですね、みなさん、三上さんに戻ってもらいますよ」
 拍手。
「ロニー・ジェイムスと来たら?」 大須川が息子に突然尋ねる。
「ディオ」 息子は即答した。やはり親子である。
「きみも出演しろ。司会者命令だ」
 拍手。
「でもせっかく集まってくださったのに、後15分で始まる最後の放送、皆さん見れませんね、これじゃ。どうしよう。ちょっと待ってください」
 大須川は西原に電話する。
 すぐに西原は出た。
「あの、今エントランスなんですけど。集まってくださった方、スマートフォンで番組を見られている方々もいますが、どうでしょう、駄目なら駄目で今言ってください。
 この方たち、スタジオに入ってもらうってのは、駄目ですか? 念のため、有志で今すぐ自警団を作ります。危ない人間がもしいたら、入れません。そこは私が責任持ちます」
 西原は返事をしない。
「あと1時間10分。西原さん、さっき言いましたね。これが最後の仕事だと」
「なんだなんだ! どうなってるんだ、なんだ、この騒ぎは!」
 信楽焼のタヌキが、突然大須川の目の前に現れた。
「どうなってる? 大須川さん」
「社長!」
 大きな拍手が巻き上がった。
「どうしよう、説明の時間はないです」
「大須川さん! 大須川さん! 父さん、帰ってきたの!? 電話代わってください!」
 西原が電話の向こうで叫んだ。大須川はケータイをタヌキに渡した。

 その様子から、タヌキは事情をある程度知っているものと思われた。
「...よし、じゃあ従おう。約束だぞ」
 タヌキは大須川のほうを向き、ニカッと笑ったかと思うと、エントランス、メインドアを大きく開け放った。「みなさん!」
 町内の隅々まで響き渡る太い声である。
「これから皆様をスタジオに案内いたします。ただし、ひとつお約束してください。音楽番組です。拍手、喝采大いに結構。ただし、番組の邪魔をする行為、カメラの前に立つ等、そこはご遠慮願います。よろしいかな?」
 大拍手。
 出演者が休憩室から、何事かと全員降りてきた。
 観客の太い声。
「アビちゃんだー!」
「本物だ!」
「女神だ!」
「光臨だ!」
 藤村は少しも照れることなく、イェーイとVサインをした。
 群集とはいえど、放送での、スタッフたちの願いに応えた、良識ある人間たちである。出演者を取り囲むような真似はしない。
 ただし藤村以外は全員、檻の中に放り込まれた子猫のような表情である。
 黒田までが小さくなっているのに、大須川は声を出して笑った。


⇒ 第36章へ







inserted by FC2 system