第36章

「どーなってんのよ。ここに入っていけって言うの?」
「そうしろって言ったの、あなたでしょう」 クラウドミュージックTV第2編成部ディレクターの山岸は、あまりの行き当たりばったり加減に、言葉遣いもかなり崩れている。
 いつも怒っているのが女王様であるが、山岸は今ほど激しく怒っている女王様を見るのは初めてである。
「何よ! 誰に口聞いてんのよ!」
「すんません。でも、今、今です、しっかりちゃんと、足元を見て動きましょう。感情で動いてはいけません」

 群衆の一番後ろの当たる位置、そこからわずか5メートル。
 この場での一番の悪役になるクラウドの人間、およびLEYNAが、ご丁寧にも、クラウドミュージックのロゴとLEYNAの新曲の宣伝が入ったハイエースに乗っている。
 LEYNAは嫌がったが、四の五の言っている暇はなく、一番近場に駐車されていたこの車でやってきたわけであるが。

「LEYNAさん、俺ら、見つかったら殺されるんじゃないですか?」
「だったら何でこんなところに車止めんのよ!」
「ここしか止めるとこ、ないですよ」
「一度離れたらどうですか?」 後ろに座っているカメラマンが言う。
「ダメ。今動いたら、ばれちゃうわ。こいつらがいなくなるまで、ここはじっと亀の子よ」
「いなくなるまで、ってこいつら全員、あの文字放送のトリックで集まった奴らですよ。番組、終わるまで絶対どきませんよ」
「だったら裏口に回る?」
「裏口、鍵閉まってたらどうするんですか」
「スパイがいるんでしょう! それに頼めば!」
「どうして連絡取るんですか。スパイへの電話番号、大場と横川しか知りません」
「なんで聞いておかなかったの! 馬鹿!」

 群集は何かで盛り上がっている。
 最前列のほうで誰かがしゃべっているが、ここまでははっきり聞こえない。

 誰か一人でもこっちを振り返ると、確実に襲撃される。
 山岸にはLEYNAの野外コンサートで、一度群集に半殺しにされた経験があった。
 石橋を叩いても渡らない性格の、気の小さい山岸には絶体絶命の今。

 生きた心地がしない山岸だったが、すぐに群衆は引いていった。
 なんと、群衆たちが建物の中に、ぞろぞろと入っていくではないか。
 いかん。
 スタッフたちがこっちを向いている!
 山岸は車を動かした。
 進行方向に向かって直角に車を止めた。道路を塞いでしまった形になった。
「何やってんの」
「いや、スタッフの奴らがこっち見てるもんですから」
「ほんっと、馬鹿ね、一旦車動かして、また戻ってきたらいいだけじゃない!」


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