第39章



「何とか全曲流せそうです、ありがとうございます、皆さんのおかげです」
 後40分。
 どうやらLEYNAの乱入など、なさそうである。
 ヒゲの村田カメラマンは観客のいなかった何時間は、定点カメラをたまに動かすだけで楽そうに仕事をしていたが、今はカメラを肩に担ぎ、忙しそうに右、左と動いている。
 視線を向けるたびに、モニターの前にいる西原は大きく丸を作ったり、手を振ったり、グッドジョブサインを送ってくれる。
 早くも大須川は胸がいっぱいになり、感動した。

 俺としたことが。感動するのはまだ早い。大須川は表情を引き締めた。
 後30分。
 全部終わった後には、テレビカメラの前で号泣しても構わない。
 見苦しくなどない。ないに決まっている。ないと思う。
 いいや、泣くぞ。絶対泣いてやる。

「では残りの時間、私がセレクトした、怒涛の80年代メタルスペシャル順不同ベスト10です。
 1位はメタリカだ。皆さん、そうご想像されることと思いますが、一度メタリカは流しましたし、あえて外しました。メタリカはもう別格といたします。
 では、まいります」


http://www.youtube.com/watch?v=pZb3Xya7jQ8
 ★ 

 何事もなく、終わりそうだと実感したのは大須川だけではなさそうだった。全員がそう思ったようである。
 大須川は言葉を用意していたつもりだったが、全員がなにやら感慨深げな表情になっている。
 高井までが危ない薬を吸っているような顔をしている。
 まあいいだろう。
 BGMはある意味80年代メタル最強の曲である。

「股間にノコギリ...」
 言い出したのが三上だったから、全員が大笑いした。
「股間にノコギリのジャケット、買うの恥ずかしかったですよ」
「大須川さん、当時はどんな格好されてたんですか?」
「それはもう、毎日デニム&レザー...といいたいところなんですけど、目立たない、フッツーの予備校生でしたね。
 そんな奴が恥ずかしそうに股間にノコギリジャケットですよ。あれはこの曲じゃなくて、シングルでした。アニマル。続くカッコの中は恥ずかしくて言えません。
 そういえば、名倉さんは若い頃は? 今と同じく、おモテになってたんじゃ?」
「いや、大須川さんと同じく、と言っては失礼ですけど、高校生のときは柔道部でね」
 観客、女性グループからどよめき。
「そいで、大学はそういうわけか弓道部。メタルなんか聞いてると、和の音楽を聞け、って怒られたりしてね。顔はブツブツだらけ。地味な青春時代でしたよ」
「じゃあ観客の皆さんにうかがいます。おっさま連中にお訊きします。若い頃、ぱっとしなかった人は? 拍手で答えて下さい」
 ひときわ大きな拍手があった。そして笑い。
「ほら。案外ね、メタルって、ビジュアル的にリスナーの最先端に立ってた奴って、ころっとメタルファン、やめとるんですよ。就職、とやらいう時期にね。
 ひとつの分析ですが、ファッションに金かけるのなら、1枚でも多くのレコードを買いたかった」
 再び大きな拍手。
「それと、やっぱり、いつまで経っても大人になりきれない。どうもこうもしようのないことに対して、常に不満を持ってるんですな。おっさんモラトリアムです」
「moratorium? 意味、わかんないよ」 藤村。
「社会に適合するまでの猶予期間、つまり、成長できん幼い人間性、ってことです」
「じゃあ、黒田さんも幼いの?」
「おいっ」
 笑いと共に、殻を破れーという観客の声が飛んだ。
「いい言葉が飛んで参りました。さて黒田さんは放送終了までに、殻を破れるのか。皆様、注目していきましょう。
 次」


https://www.youtube.com/watch?v=jFtyxDdE4h4
 ★ 

 スタジオの反応。大須川には感動的ですらある。
「賛否両論の音であり、バンドでありアルバムでしたが、やっぱり80年代代表です」
 観客、若い連中がカクンカクンと身体を動かしている。ヘッドバンギングに移行するのも時間の問題だ。
 西原が気を利かせ、観客に近いスピーカーの音量を上げた。
「こっちだって暴れ倒したくなってきましたけど、さて名倉さん、やっぱり、純にかっちょええ、ですよね」
「はい。ただただ速いというだけのギター、軽い音質、そっぽを向いたメタラーは当時多かったでしょう。
 でもこのバンドは、イングヴェイにとっては単なる修行の場であり、グラハムもまた、いち役者に過ぎなかった。メインは前年にアメリカン・プログレッシブロックの歴史的名盤を出したニュー・イングランドのブレイン3人です。
 ニュー・イングランドを一度聞いてしまえば、あの音の、奇跡のメタルスタイルとして感動倍増です。
 小難しいこと言ってる僕、バカみたいですかね、あはは」
「いえいえ、よくわかる解説ありがとうございます。私は、以降こんな音がまったく存在しなかった、近年も存在しないということで、異色の大衆性を持った名盤、名曲の数々だったと思います。三上さん、大好きだったんじゃないですか?」
「死ぬほどハマりました。ホントに、あの当時はそう言われてたんですけど、グラハムはメタル界のジェームズ・ディーン。レインボーから、ずっと最先端にいた人なのに、長髪ではない、なんて言うのかしら、洋風男前、凄い人気でした。
 フィルムコンサートで紙テープ、みんな投げるんですよ。あたしもカメラ持っていって、それで写真全部、壁しか写ってなかったり」
「フィルムコンサート、懐かしいですね。
 高井くんの見方はどう?」
「メタルと言うより、過激なハードポップに聞こえたりするんですが」
「ブレインはニュー・イングランド、そう思ってまったく正解なんです!」 名倉が拳を握っている。
「生まれたて、という感触がインパクトありますね」
「アビちゃんは?」
「ボーカルの人、1曲歌ったら寝込んでそうだね」
 観客席から笑い。
「では黒田さん」
「セカンドアルバムでは奇人スティーヴ・ヴァイが好き放題暴れ倒し、サードアルバムは何ともまったりした普通のハードロック、要はアルカトラスはわけのわからんバンドで終わってしまったが、今、みなさんがこんな熱意を持って歓迎している音なんだから、終わっているとは言い難いんじゃないかな」
「おお、黒田さんらしからぬ大変前向きな発言!」
「もう少しだ! おっちゃん、殻を破るんだよ! もう少し面白いこと言ってよー! このままだと興醒めだよ!」
 黒田は藤村に向かって勘弁してくれという表情をする。気難しいおっさんの顔が、家族のお父さんの顔になっている。
「洋風男前、グラハム・ボネットのスタイルだったんですね、これが。一時はどんな長髪メタルマンも、この人には勝てなかったんです。
 なんか、命を削ってるような歌だと私も思ったことがありましたが、今はジェームズ・ディーンと言うより、根津甚八みたいな顔になって、還暦を越えてなおメタル界への復帰を狙っているようです。
 では次」


http://www.youtube.com/watch?v=WQgu0MpnKq8
 ★ 

 観客スペースのおっさん軍団がどよめく。
「...こんなバンドのこんな名作が1985年という時期にありましたから、90年代、2000年代のプログレメタル、何とか言われても、ぴんと来なかったんですよね」
「そうですね、80年代のこのバンドのアルバムはパワー勝負の名作ばかりです。ジャンルの話ではなくて、これぞパワーメタルという解釈はおかしいでしょうか」 名倉は斜め前の黒田に質問するように話しかけた。
「ジューダス・プリーストのPAINKILLER路線を目標に目指すような、若手中心の鋼鉄サウンドが一般的パワーメタルの解釈だが、パワーというのは結局押しの強さであって、名倉さんの解釈も私は正しいと思う」
 しばし沈黙。
「何だよ。おかしいこと、俺言ったか?」
「皆さん、弾けた言葉、殻を破った黒田さんを期待してるんですよ」
「あのな。自分で言うのも馬鹿らしいが、偏屈キャラの俺が、みんなの発言を解説付きで肯定するキャラになってるんだよ、今。これが精一杯だ。大須川さん、先に進めましょう」 また困ったお父さんの顔である。
 観客席から、からかうようなブーイング。

 そして、大須川が言葉を失った。
 大須川の視線はスタジオ出入り口。
 何事かと、出演者が同じ方向を見る。
 観客には何が起こったのかわからない。
 西原が走った。

 3人の女性がいた。 
 大須川たちに向かって微笑んでいる真壁のぞ美。
 その後ろ。西原が身体全体を動かして会話している。
 その相手の女性。
 遠目には時代遅れのメタル少女のように見える。
 そんな衣装と、あの時代のヘアスタイルは、メイクの人間に即席で作ってもらったものだろう。
 どんな格好をしていても、顔だけはド派手である。
 何を考えている? 真壁はなぜ女神様のように微笑んでいる?
 大須川は完全にわけがわからなくなった。

「みなさん、ご紹介します、私の友人、LEYNAさんです」
 真壁がピンマイクをつけた直後に、そう言った。
 出演者たちの口は開いたまま。
 しかし観客スペースに不穏な空気が漂いつつある。
 モデル立ちをしているLEYNAが伊達サングラスを外した。
 そして一礼をした。

「みなさん。テレビ局内でゴタゴタがあったのは事実です。視聴者の皆様に、不安を与えてしまったことをここでお詫びします。
 私がYTVの生録をキャンセルして、ここに駆けつけた理由とは。
 もちろん、この80年代メタルスペシャル番組に、参加するためです。
 一部のみなさまはご存じでしょうか。私の大の親友、マーティン・フライドマンさん。私はマーティンに曲を作ってもらったこともあります。マーティンが教えてくれた、メタルの名曲の数々。私は今日、放送開始からずっとこの番組を見ていました。
 居ても立ってもいられなくなり、参加したいという意志を示しました。
 すべては私のわがままです。話が曲がり、こじれて捻れて、困った事態になりました。
 でも。私がここに今いるということ。
 番組ではもちろん、私は欲しがりません、出しゃばりません。ただ参加させていただきたいのです。よろしく、お願いします」
 LEYNAは再び一礼した。
 さすがに女王である。話せば、魔法を使う。
 観客から大拍手、大歓声が起こった。

 何を言うとんねん。大須川は呆れの極致だった。
 ヘナヘナになっていたのは西原である。
 一体どうなっているのか。

「番組、潰すのなら私たちが身体を張って止めます」 最初、西原は食ってかかった。
「和平しました。これからはNTVを応援します」とLEYNAが言った。
 和平、とは何だ。
 出演者の一人、真壁のぞ美が西原に対し、大きくうなずいたが、それもわけがわからない。
 真壁がスパイだったのか。
 LEYNAはたった残り20分で、すべてを覆すつもりなのか。
 それは出演者、そして観客が絶対許さないだろう。
 それがわからぬほどLEYNAも馬鹿ではあるまい。
 いざとなったら、自分がLEYNAをくい止める。力ずくで舞台から引き下ろす。
 20分。あと20分で放送終了なのだ。
 父親の西原陽一が、モニターの前で、ボードに何かを書いていた。

「亜紀、大須川さんたちに見えるように、これ見せてこい」

放送30分延長

「父さん、8時からの『それゆけ歌謡曲』はどうなるのよ!」
「司会、籾山のじいさんが体調が悪いとやらで、来やがらんのだ。昔取ったふんどし相撲よ。私が司会をやる。
 それで、おまえは何も言うな。私はこの展開を信じる。LEYNAを信じる。ええい、うるさい。開局以来の大ゲスト様だ。30分延長する。何も言うな」
 亜紀は一言も発していない。
 もう、どうにでもなってしまえという気分で、ボードを持った。
 そして出演者一同に示した。

「急きょ、特別ゲスト、LEYNAさんが参加されました。放送時間が30分延長されます」

 LEYNAが何をたくらんでいようと、出演者全員で封じ込めるしかない。
 LEYNAは、くるしゅうないという表情である。
 三上の息子、翔太だけがきょとんとしている。
 しかし真壁を除く主演者全員が、大須川と気持ちを同じにしていた。
 絶対に、LEYNAに主導権など取らせない。
 そのために。大須川を全面的にバックアップする。
 黒田までがこれ以上ない真剣な表情で、大須川を見ている。
 大須川と黒田の目が合った。
 黒田は大きくうなずいた。
 大須川は何とか、平静を取り戻した。
 続けるしかない。

「では、続けていきますよ。驚いて固まってる観客席の皆さん、早く溶けてください」


http://www.youtube.com/watch?v=6ug1273KfLY
 ★ 

 LEYNAのせいで固まった空気を元に戻すために、もっと攻撃的な曲を出すべきだったが。
「...ジーノ、ですね。天界のハードロックサウンド」 いち早く冷静になった名倉が言う。
「ジーノ・ロート、最も天才という言葉が似合うギタリストです」
「当時の雑誌のインタビュー記事に興味深いものがあって、今でも覚えてるんですが、ジーノ・ロートは文筆業で暮らしていて、ギターの練習など若い頃から、まるでやらない。
 音楽をやりたいモードになったとき、仲間を集めて数か月集中的にレコーディングする。
 ホントかな、と思う話ですが、今に至るまでリリースされたアルバムはたった3枚、コンピレーション入れて5枚、そのどれもが神懸かった名作ばかりと来ている。神が降りた音、というのはこういう音を言うのかと」
「前向きも後ろ向きもない、ただただアート的なサビです」 高井が真横に座るLEYNAに緊張しながら、声を振り絞った。
「ジーノ? バンド名?」 藤村。
「そうだよ、アビちゃん。ZENO」
「母ちゃんに教えて、買ってもらうんだ」
 LEYNAが挙手をした。思わず大須川は身構えた。
「はい、LEYNAさんどうぞ」
「あたしも初めて聞くんだけど、東洋的な音階、入ってるね。またマーティンの話だけど、マーティンもオールインストギターアルバムで、こんな音が詰まったアルバムを、メタルミュージシシャン時代に1枚出してるんだよ。
 マーティンの新作、もうすぐ出るけど、日本から離れた完璧メタルアルバムだから、宣伝させてくださいね。
 でも素晴らしい曲ですね。ジーノ? マーティンに教えてあげなくちゃね。これは世界の隅々にまで届く音です」

 終わり?
 LEYNAは着席して、澄ましている。
「で、では次。
 日本ではあまり人気がありませんが、イギリスの、国民的人気バンドです」


http://www.youtube.com/watch?v=7N7zZ_q1BI0
 ★ 

 LEYNAが最初に口を開いた。
「...出しゃばらないと言ったのに出しゃばってすみません。このボーカリスト、なんていう名前の人です?」
「ボブ・キャトレイ。ソロアルバムも6枚、7枚出しています」
「スムースな、絹のような歌声」
「声から想像するに、白馬の王子様のイメージですが、実際は売れ残った大福餅みたいな顔です。だからこそ素晴らしいと私は思いますが」
 LEYNAのオーラが消えている。いち出演者となっている。
 ここに来て大須川はLEYNAに対し警戒心が薄れてきた。
「朝日が射す雲の上を飛び回るペガサス。そんなイメージよね」
 LEYNAと目が合った藤村が、クネクネしながら答えた。「ファンタジー映画みたい。LEYNAさんもいろんな音楽聞いて、曲のインスピレーションとか、湧くんですかぁ?」
「うん。いろんな音楽聞いてるよ。その音楽にね、のめり込むあまり、似たような音になっちゃったりして。ごめんなさい、偉大なバンドの方たち」
 LEYNAはまるで関西芸人のようなノリで笑いを取った。
「80年代、初期の音は職人色の、もう一つ日本人にはわかりにくい音ばかりだったように思うんですが、80年代真ん中に化けました。
 メロディーがヨーロッパ産らしい奥深いもので、そして哀愁一辺倒のこのボーカルです。哀愁であろうがメロディアスであろうが、一丸となったパワー演奏がこのバンドを天上へと押し上げ、そして天上から鳴り響いたこの名曲なんですね」
「こういう音なんですよ、子供に聞かせたいのは」 三上。
「翔太くん、感想もらいたいんだけど」
「キンチョーするな、ぼくちゃん」 再び緊張でガチガチになっている翔太に、緊張の原因であるLEYNAが言葉を飛ばした。
「あ、はい。えーと。映画の曲で、ジャンル関係なしに、いいなあ、って思うのがたまにあります。メタルでもこんな、映画みたいな音があるんだなって」
「映画みたいな音か。ありがとう。
 で、高井くん、現在、トレンドのメタルにないのがこのファンタジー要素です。でも、売れる音にはこういう音、要素は取り混ぜにくくて、難しいところなんだろうけど」
「そうですね。今もこういう音を出すバンドはいると思いますが、ジャンル分けの衝立(ついたて)が高い今のメタルシーンでは、こういう音が好きだという人に耳にしか届かない」
「ジャンル分けの衝立、か。今日の名言にひとつ追加だな」
「衝立はおそらく、80年代にもあったと思います。でも、その衝立は足を上げて跨ぐだけで簡単に乗り越えられた。
 今は違います。ネットで簡単に、いろいろな情報を仕入れられるのに、衝立がやたらと高いんです。実証しろと言われても無理ですが、イメージの話だけですみません」
「LEYNAさん、ミュージシャンとして、ジャンルの間に立つジャンル分けの衝立、どう思われます?」
「私はね、物真似だとか、パクリとか言われるのは、やっぱり長時間かけてプロデューサーやエンジニアと仕事するわけだから、ちゃんとわかってるの。リリースする前から。
 でも、正直言います、影響を受けたミュージシャンのアルバムもまた、売れてほしいわけ。私は好きでパク、いや、インスピレーションを頂戴したんだから。あ、どの曲とかは言いっこなしよ」
 LEYNAはもう観客の心を完全につかんでいる。「通販、ダウンロード、それだけでリスナーは買おうと思えば世界中のあらゆるジャンルの音が手に入れられて、そしてプロと呼ばれるバンドも副業をしながらアルバムをリリースできる時代よね。
 ジャンルの衝立の高さは必然で、そりゃあもう、バンドの数があまりにも多すぎるんだから、一般の人の収入を考えたら、好きなものを絞って聞くしかないと思う。
 ごめんなさい、私ばっかりしゃべって」
「いいです、続けてください」
「宣伝になっちゃうけどごめんなさいね。夏過ぎくらいに出る予定の私の新作、2200円です。私が無理を通したんです。でも買ってくださいなんて、言いません。
 思うのは、CDの価格を下げることが、不正ダウンロード、アップロードの減少につながると私は信じてるし、毎月CD3枚買える人が4枚買えるとなれば、それはリスナーにとっても聞ける音楽の種類が増えるってことだし。
 高井くん、っていうの?」
「は、は、ははい、高井です、光栄です」
「パソコンで音楽聞いてる人が大半という時代に、私の考えてることって、時代遅れって思うこともある。いろんな売り方を周りは提案してくるけど、CDとコンサート、いつだってそれが中心だって思ってる私のような人間もいることを、知ってくれたら嬉しいかな。
 今日の番組で、たくさんの過去のバンドが、浮かばれたと思う。you tubeもいいけど、やっぱり、買え、ってことよね」
 観客スペースから大拍手。

 ここに来るまで、番組など見ていないはずじゃなかったのか。
 なのに、自分が言うべきまとめの言葉まで奪われてしまった。悔しい。
 しかし大須川は不思議と腹が立たない。プロには負ける。大負け。降参である。
「では、次に行かせていただきます。残りは5曲」


http://www.youtube.com/watch?v=jNUwsKZKSzI
 ★ 

「...雰囲気はほんとにshake meだね。でも、バンド名、ホント?」
 藤村がプロジェクターから壁に投影された文字を指さす。
「シンデレラ、どころかこれは道路工事のBGMですよ。
 そこそこ売れたバンドなので、ファンの間ではこの音はシンデレラだ、というように定着していったんですが、私はこのバンド名は明らかに失敗だったと思う」
「同感だ」 黒田。「たとえば、メタリカだって、当初はメタルだからメタリカって、そりゃ何だと笑う向きも少なからずあった。でも、メタルを超えた名作を出した何年後かは、メタリカはブランド名になった。今やメタリカの名前を滑稽と笑う人間は誰一人いない。
 シンデレラはまだまだアルバム最低3枚くらい出して、確固たる位置を築くべきだった」
「黒田さん、シンデレラは90年代にかけて合計4枚のアルバムを出してますが」
「あ、そう? でも、ジャンルの壁を崩すほどは売れなかったよな」
「アルバムはどれも傑作なんですよね、シンデレラは。
 今鳴ってるのはファーストアルバムですが、道路工事サウンドは1枚で終わり、セカンドは激シブのブルースハードロック路線へと転換します」
「この声でブルースですか、ちょっと聞いてみたいな」 LEYNA。
「おすすめですよ、聞いてみてください。
 どっちみち、ブルースロック路線になってもシンデレラという名前は似合わなかった。当時からして、60歳の人間でも普通に聞けるハードロックサウンドだったんですけど、名前で損こいた筆頭のバンドだと私は思います。
 さて、残るは4曲です」


https://www.youtube.com/watch?v=jFtyxDdE4h4
 ★ 

「出た〜!」 数時間ぶり、名倉の叫びである。
「これ、本命だ!」 翔太が立ち上がりそうな勢いである。
「あたしが聞かせてやったんだろ」 三上が翔太の後頭部をはたいた。
「このバンドは最初からメジャーレーベル配給でしたが、輸入盤屋が一時大騒ぎ、というインパクトをまき散らしたアルバムです。しばらく、じっくり聞きましょう」

 観客スペースで始まったヘッドバンギング大会。
 若い連中だけではないようである。
「このバンドだって、実際アホな名前ですよ。可愛いメイドさん、なんですから。でも、ファーストアルバムの時点で誰も笑わなかったですね。新人なのに、年間ベストアルバムクラスのアルバムでしたから」
「バンド名の由来は、たまたま読んでいた雑誌の広告だったそうです」
「へえ。それもまた、男気+アホ気のある話ですね」
「様式美スタイルだけど、ボーカルが男らしい。誰が聞いても満点という音でした」
「やっぱり、メタルサウンドは野生味よね。あたしがどれだけ逆立ちしてもこれは無理だわ。でもこの...ソロ、スゴいよね。キーボードとギターのバトル。スタンダードだけど、目が覚める。これは欲しいな」
「パクられますか?」
「あ、何も言ってませんよ、CDがほしいって言っただけですから」
 口を尖らせるLEYNAは藤村と並んで、まるで少女のような空気も出している。実際の年齢は30は過ぎている。まるで魔女である。
「あの、真壁さん。発言なさってくださいね」
「私はもう、聞き惚れるだけで。ベスト10、みたいなやり方だったら、私たちにも、観客のみなさんにも展開が読めてしまったと思うんです。順不同が、正解だったですね」
「ありがとうございます。とはいえ残り3曲、全部、今日初めて流すバンドです。あのバンドがなかったじゃないか、そのビッグサウンドが3曲の中に入っておれば嬉しいんですが」


http://www.youtube.com/watch?v=o7PF-rrxsxU
 ★ 

 カメラが観客スペースを映す。
 観客が揺れている。100人程度であったはずだが、大須川には5倍に増えたように見えた。
 元々薄暗いスペースだったが、わざわざ用意したかのように、絵になっている。
 かつては日本にもあったメタルサウンドハウス、あの時期の空気を再現しているようだ。
「...イントロから歌、サビ、完璧すぎて、いつ聞いても名曲ですね」 真壁。
「ヘヴィ・メタルのアメリカ大陸制覇、第一弾と言っていいアルバムでしょう。イギリスのバンド、アメリカのバンド、もう関係ない。これを言っちゃおしまいですが、全部放ったらかして、私もあそこで首、振りまくりたい」
「それでは司会者の面目が立ちませんね!」 今日、番組開始あたりで不必要によく響いた、黒田の太い声である。
「司会者、できることなら私がやりたかった。このような司会者に任せていいのかと私は思った!」
 突然の成り行きに、観客数グループも首を振るのをやめ、注目している。
「しかるに! 私は4時間5時間6時間! 時間が経過するごとに、本来の自分の態度に気がついた!
 つまり。こういうことなのです」
 黒田が立ち上がった。
 そして。
 観客の中へと突進していった。

「......」
「曲、終わっちゃいますよ」
「黒田さん、爆発した...」
 さすがにLEYNAも手を口に当てて驚いている。
「我も人なり、彼も人なり。放っておきましょう。
 では残り2曲です!」


http://www.youtube.com/watch?v=YMTfI0vlYBU
 ★ 

「...あー。さいこーですねー」 酔っている名倉。
 名倉まで観客席に突進して行ったらどうしようと思ったが、大須川を見捨てる気はないようで、ありがたかった。
 バンド紹介を書いたメモ帳が床に落ちたが、大須川は拾おうとはしなかった。
「...アイアム、アイムミー。アイアムアイムミーで、私は今日ここにいる。みなさんもここにいる。黒田さんも踊っている」
「オカマファッションなのに、歌はメタルキッズを代弁する。なんか、無茶苦茶なバンドでしたよね」 笑う名倉。
「このバンドが仮にスーツ着て歌っていても、今におけるこの感激に変わりはありません」 難しい顔の高井。

「では、最後の曲になりました。
 わたくし、一般80年代メタルファンおっさん代表、不肖、大須川剛太郎による80年代メタル、孤高のベスト1、グランプリバンド!」
 何とも、あったものではないダサい紹介だったが、長い仕事の最後の1曲、大須川の頭の中は真っ白だった。


https://www.youtube.com/watch?v=qGPT1kfaSEs
 ★ 

「...あれ? 私、みなさん、あっちへ行って大暴れなさるものだと思ってましたが」
 大須川は黙った。

 出演者はLEYNA含め、皆同じポーズである。
 祈るように両手を組み、その上に顔を乗せている。

 聴いているのだ。

 長かった今日一日。
 1週間が1日に凝縮したような1日。

 女神のように微笑む真壁。
 ご苦労様でした、と目が語っている。
 いやいや、明日から、いや、今晩から私とあなたの歴史が始まる。
 待っていてください、のぞ美さん。

 西原がすぐそこにやってきていた。
 ボードを持っている。


30分延長したの、忘れたんですか?
あとちょうど40分ありますよ



 大須川は我に返った。
 え。あと40分?
 時間内に終わらせることばかり考えていた。
 確かに時間内に終了したが、40分も余ってしまった。
 どうする?

 曲が終わった。
 
「みなさん、ご苦労様でした、と言いたいところですが、さて、番組ボーナストラック、LEYNAさんのおかげで30分延長です。残り40分。
 さて。
 番組の締め。まだまだ音楽流しますよ!」
 観客スペースから大歓声。
「今から5分程度の間に、出演者全員、自分の一番好きな曲を紙に書いて、私に渡してください。
 同じ曲じゃなければ、今日流したバンドの曲で全然構いません。または、誰も知らないマイナーバンドでも構いません。みんなが思うメタルの名曲を選んでください。
 こういうこともあろうかと。
 私の用意してきたものはノートパソコンだけではありません。
 初めて使用する、3TBのハードディスク、チョーシン電器で買った1万3800円。80年代メタルのほとんどすべてがここに入っています。時は金なり。みなさん、早速紙に書いてください。
 5分間の間は、黒田さん。あなたの出番です。
 私はしばらくパソコンに向かいますので」
 黒田はさすがに運動不足がたたり、たった3曲でバテバテ、スタジオの隅でどこから持ってきたのか、バスタオルで汗を拭っている。
「黒田さん! 早く!」
 くーろーだ、くーろーだ、のコール。
 なんで俺が、という顔をして黒田が、よちよちとこっちに戻って来た。
「お願いしますよ、締めのメタル講釈だ」
 大須川は愛想なく定位置を離れた。


「えー、その、では、本日、締めの役目を賜りました、黒田武弘です」
 政治家じゃないんだぞー、という野次。
「視聴者の皆様、憎まれ口ばかりで空気を読まなかった私を許してください。興醒めな発言を繰り返して、申し訳ありませんでした。娘ほどの年齢の子にも注意されてしまいました。
 みなさん、今BGMも止まっておりますので、私の話をお聞きください。こちらをご覧ください。
 ありがとうございます。
 そして、こちらをご覧になってくだされば、普通のおやじがここにいます。
 うだつの上がらない、どこの町にも透明人間のようにとけ込んでしまうおやじです。
 こう見えましても、1980年代は年齢相応に、若者でありました。当たり前ですね。
 だって何歌ってるんかわからないんだも〜ん、などと抜かす、日本の音楽しか聞かない人間の中で、これぞ俺のための音楽だ、これを聞いている間は自分が物語の主役だ。そんなことを毎日考えながら、80年代メタルにのめり込んでおりました。
 そして、多くのロックファンがそうだったように、いずれ音楽主体の生活を卒業し、月に何万と費やすレコード、CDのたぐいが、家のローン、交際費飲み代、そういうものに取って替わる日が来るものだと普通に考えておりました。
 90年代は、リタルタイム80年代メタラーにとっては、メタルライフ卒業の年代であり、また、気持ちの上でも今風純日本人となった時期です。私も、それなりに仕事人間へと変貌しました。
 2000年代もあっと言う間に終わり、私は今、とうとう50を過ぎた年齢です。
 なんとまだ、音楽生活を捨てられないでいるのです。
 もちろん若い頃とは、音楽の聞き方が違います」
 今暴れてたじゃ〜ん、という藤村の突っ込み。観客が笑う。
「ははは。まったく。メタルで暴れたのはおそらく20年ぶり以上です。
 私の一番の楽しみは、家族が寝静まってから、こっそりとヘッドホンで音楽を聞くことなんです。
 コンサートもひとりで行く。誰かと一緒にメタルを聞いて楽しむこともない。音楽の聞き方は、若い頃とまったく違う形になってしまいました。
 言ってみれば、孤独な趣味です。
 でもね、一度も孤独などと、考えたこともないんです。意地ではありません。80年代メタルの、どこに孤独感がありますか。
 今はこんなおやじになりましたが、音楽の効用を若いとき以上に、堪能しているつもりでいます。
 若いときはメタルの勢いに突き動かされた。
 そして今は、音楽の効用に酔いしれております。
 80年代メタルは不滅です、
 つまり。
 80年代メタル、ばんざーい!!」

 でかい声に、マイクの音が完全に割れた。
 バンザーイ、と観客スペースから、同じくおやじの声。
 それはスタジオ全体の拍手に変わった。
「あのー」
 大きな声で大須川が割り込んで来た。
 黒田の話をまったく聞いていなかった様子である。
「早く黒田さんもリクエスト、書いてください」
「じゃあ、1分でいいから、私、しゃべっていいかな」 LEYNAである。
「どうぞ」 パソコンに向かう大須川が答えた。

「視聴者のみなさん。私はパフォーマーでありながら、リスナーと同じ気持ちを持っています。いいえ、どんなリスナーよりもどん欲な、ミュージシャンでいたい。
 今日の番組の続き、パート2、パート3と制作してくれるよう、NTVの社長さんに私から頼んでみます。
 私が参加したのはたった40分程度ですが、最初から参加したかったです。できればLEYNAの音楽も聞いてほしいですけど、うふふふ。みなさんの音楽に対する熱。絶対に消してほしくありません。
 そして私も、20年後30年後、リスナーが心地よく思い出していただける音楽をこれからも作っていきますので。よろしくお願いします」
 大きな拍手。
 ベストのタイミングでLEYNAが引いた。

「みなさん、合計9名のリクエスト。全部持っておりましたよ、はい。
 じゃあ、もう、出演者の方々も、語りはいいです、思い思いに楽しんでください。
 ただ一つ。曲を流す前に、曲を選んだ方は、短いコメントだけ、お願いします。ピンマイク、外したい方は外してください。コメントはこのスタンドマイクで。コメントの後に曲、流します。
 順番は抽選で〜〜、と。

 では最初の曲。
 三上翔太くんです。
 この選曲は渋い。渋すぎ。80年代の曲じゃないですが、構いません。
 そして続きましたね、同じバンドが!
 じゃあ三上くん、どうぞ」

「え、あの、その、僕が生まれて初めて、これだけ感動したぞって曲です。はい、どうも」
 いっぱいいっぱいのしゃべりに観客は暖かい拍手を送った。


http://www.youtube.com/watch?v=FspXByxdCx4
 ★ 

 大須川だけはこの場を離れるわけには行かない。
 出演者たちは冷たくも、観客スペースへ行ってしまった。
 カメラはもうこっちを映していない。LEYNAまで向こうへ行ってしまった。
 しかし。
 大須川の真横に名倉が座った。
 まるでプロレスの実況中継のようである。

「みなさん、海草のように揺れてますね」
「私らも揺れましょう」
 揺れながら2人はしゃべった。
「この曲、あれバージョンですね」
「さすが名倉博士。リズム入り、ソロ入りのあっちバージョンです」
「アルバムはバンド始まって以来、いやメタル始まって以来のチャカポコサウンドでしたが、見ざる聞かざる言わざるみたいなジャケットが印象的でしたねえ」
「ルドルフでしたか、あのポーズが大変印象的でした。おまえら、まっすぐ前ばっかり見てんじゃねえ。そう言いたげな」
「迷うと書いて、迷曲が多かったアルバムでしたが、結局のところ、このバンドの音でしたよね。そしてラストを飾ったこの名曲。今となればあれもまた、迷う迷作じゃなくて、正々堂々とした名作でしたよ」
「同じ意見」
 2人は横向きにぱーんと、ハイタッチをした。

「では、次。
 おー。親子連続です。
 ちょっと三上さん! どこ行ったんですか!」
 三上が走ってきた。
「えーと、今日は本当にありがとうございました。途中、ちょっと突っ走っちゃって、でもまた暖かく迎えてくださって、みなさんに感謝感激です。
 私の選んだ曲は、世界一、かっこいい80年代メタルです。イェーイ!」


http://www.youtube.com/watch?v=I0bbDDVCPhg
 ★ 

「おー。これは私も一番の名曲と思います」
「ぐわんぐわん、地面が揺れてますよね」
 大須川の声と名倉の声は似ている。
 注目しなければどっちがしゃべっているのかわからない。
 もちろん観客にはどうでもいいことだった。
 ふと大須川が気がつけば、ヒゲのカメラマンが抱えていた大きなカメラではなく、小さいカメラが自分たちに向かって据えられていた。
 きっとこのしゃべりも、上手に放送してくれていることと思う。
「グラハムが、サビ以外ではがなり立てていないんです。そしてどうですか、この威風堂々感」
「まったく、威風堂々という言葉がこれほど似合う曲もありませんよ」
「ほら、このドラムスの乱打。テッド・マッケンナもこれで一気に名を売りましたが、コージー・パウエルがもし叩いていたら、と思うと、ぞくっときます」
 大須川が机をドラムスに見立てて叩き始めた。
 もう無茶苦茶である。

「あ、次名倉さんですよ。あー、立たないでもいいです、このままで」


http://www.youtube.com/watch?v=eaEviJ72_Uc
 ★ 

「ははぁー。そう来ましたか。この名曲、名盤の存在を忘れていたとは、大須川剛太郎一生の不覚」
「...2段構成のイントロ。戦慄が走ります。
 純正メタルサウンドはアルバム1枚きりだったかもしれませんが、なんせ、メンツが」
「ケン・ヘンズレー。あり得ない加入でしたね。西部劇、荒くれ男たちの酒場に、英国紳士が入っていく、みたいな絵でしたもん」
「この奇跡は、リック・メドロックの歩み寄りだったんでしょうか、それとも、ケン・ヘンズレーによる強引な音楽性改革だったんでしょうか」
「難しい。ブラックフット関連も、ユーライア・ヒープに始まるケン・ヘンズレー関連も、私は全部聞きましたが、器用さに勝るケン・ヘンズレー主導だった、んじゃないでしょうかね」
「案外、このアルバムを最後に脱退したチャーリー・ハーグレットが中心だったりして」
「わはは! それは深い」

「次は黒田さんです。わ、また暴れてるよ。ようやる。血圧大丈夫なのかな。黒田さん! 黒田さん!」
 西原が走って、黒田を引っ張ってきた。
「水、飲んでください。大丈夫ですか?」
「げふっ。はい、じゃあ、私が選んだ80年代ベストトラック!
 ちょっと休憩しますわ。私もここに座るよ」


http://www.youtube.com/watch?v=kE__YoKNnho
 ★ 

「疾走する中世一大絵巻、ウィー・ロックでありながら、異様な絵でしたよね。King of Rock'n'Rollも同様」
「はっはっは、この曲を忘れるとは大須川さんもヤキが回ったのか?」
「黒田さん、また元のキャラに戻ってますがな」
「すっごいクリアな音ですよね」
「どちらかと言えば重量感は二の次みたいな音だったように思うんですけど、CD化の恩恵でしょうか、こうして大きな音で聞いてみたら、素晴らしい重量感ですね」
「レコード時代の音が耳に染み着いてます、僕の年代も」
「ジャケットはインパクトありましたよね」
「僕は部屋に貼ってましたよ。レコードジャケットはポスター代わりになったんだ」
「レコード、入ったままだとすぐに壁から落ちる」
「あははは」
「ちょっと黒田さん、カメラこっち映してますよ。腹くらい引っ込めてください」
「よし、充電完了。あっちに参戦してくる!」
「こんな時間にスイッチ入ってしまいましたね。えらいこっちゃです」

「さて次は、おーい、高井くん。君のリクエストだ」
 なんと高井もヘッドバンギング大会に参加している模様である。髪が大きく乱れ、汗だくだった。
 高井は髪を手ぐしで整え、顔の汗を拭き、マイクの前に立った。
 クールな高井に戻った。

「...どうも、はじめまして。私が、高井勇気です」
 放送席2人、同じ方向に突っ伏した。
「俺をメタルの世界に誘ってくれたバンド。このバンドがいなければ、俺はメタルファンにはなっていません。マイナーなバンドでごめんなさい。ありがとうございました!」


http://www.youtube.com/watch?v=-wj3fTwCfsI
 ★ 

 大須川がパソコンのキーを指でちょんと叩く。
 イントロが流れる。
 高井はコウモリのような変な姿勢で走り出し、観客の中に突っ込んでいった。
「なんでしょうか、彼は」
「しかし渋い選曲ですよこれ」
「ハードコアパンクとメタルバンドの合体。そういうバンドは80年代数多くいましたが、よく言われるじゃないですか。AとBを足して2で割った音、とか。私は思うんですが、2で割ったりしなかったバンドが、成功したように思うんです」
「ほう。なるほど。この音はまさしく、単純かつ最強の合体ですもんね」
「ケミストリーとか、そんなもんは要りません。化学反応などないのが、メタルらしいと言えるんです。強い音と強い音を足して、強さ2倍。不恰好でも何でも、ストレートにそのまんま。このリフ。コンバットメタルサウンドですな。私らはこんなところで何をやってるんでしょうか」
「なんか僕も暴れたくなってきました」
「海賊姿の私をただ一人残して、暴れてきたらよろしかろう」
「いえいえ。大須川さんを見捨てませんよ。最後まで付き合います」
 また、片手をあわせて打ち鳴らした。

「さて、ここで、カメラマンさん。村田さんです。彼もまた、メタルファンでありました。6時間、たったひとりで撮影をしてくれました」
 大須川は席を立ち、村田の前に行った。照れている村田の尻をぱしんと叩き、カメラを一度受け取った。そして村田を撮った。

「ああ、どうも、こんにちわ。はじめまして。毎度ありがとうございます。カメラマンの村田と申します。通称ヒゲ夫です。私のリクエストまで取り入れてくださって、感謝感激です。みなさん、暴れてください!! 今日はありがとうございました!」

https://www.youtube.com/watch?v=46TKmvPDGGs
 ★ 

「ほう。そう来ましたか、村田カメラマンさん」
「私は感激です。Aces Highでも良かったんですけど、個人的にはこっちが好きでして。さすが」
「このアルバムは評判良くなかったですよね。この音を理解できなかったとはメタルマスコミも愚かだった」
「PIECE OF MINDもSEVENTH SON OF A SEVENTH SONも、名作中の名作だと私は思います。威風堂々。数あるメタルサウンドの中で一番、威風堂々でした。必殺技の多い少ないでアルバムを決めちゃいかんですよ。必殺技の効き目こそ名作足り得る理由かと」
「プロレスファンの大須川さんらしい意見です」
「名倉さん、プロレス見ないの?」
「ブルーザー・ブロディーあたりまでですね」
「それで十分!」
「最近のプロレスはどうなってるんですか?」
「80年代メタルのような、大木(たいぼく)のような人気はありません。小さい盛り上がりが無数に。プロレスとメタルはやっぱり似てますね」
「80年代メタルの名作はアントニオ猪木でありブルーザー・ブロディーであり、アンドレ・ザ・ジャイアントでありジャンボ鶴田であり。今風メタルサウンドは格闘技の猛者、程度ですか」
「まったくその通りです。メタル最盛期とプロレス最盛期、時代も色も良く似てます。そういえば、黒田さんの顔はブッチャーに似てませんか」
「わははは。目が似てますね。悪人なんだか善人なんだかまったくわからない顔。悪人か善人か、どっちかだという顔」
「さてさて。次はアビちゃんです。名倉さん、びっくりしますよ。うっそー、と私は思いました」
「何がです?」
「ありえない曲です。渋すぎです。このバンド、紹介しなかったのは私の大チョンボです」

「えーとぉ、私の家族はぁ、アメリカに住んでてぇ、家族みんな、メタルが大好き!
 でもね、パパと母ちゃん、離婚しちゃったんだ。でね、パパなんだけど、家族で過ごした最後の日、わたしが14歳のときだったかなあ。最後、パパの車から降りて。空港だったの。わたしと母ちゃんは日本へ。
 でね、パパがこれ聞いてパパのこと思い出せ、なんてカッコつけたこと言うのよねぇ。パパにもらったCDなんです。みんな、ありがと♪」


http://www.youtube.com/watch?v=drYWi3rAgR4
 ★ 

「名倉さん、釣りやってる老人みたいに、何を寝てるんですか」
「...いや、ほんと渋いわ。この曲の前にRock Meという世紀の名曲があるんだけど、こっちを選ぶとは! あの子の眼、違う、耳はタダモノじゃないよ」
「ONCE BITTENはもらわなかったんじゃないです?」
「TWICE SHYだけしかもらわなかったのかな?」
「どっちにせよ名曲だ」
「しかしあの子、舌っ足らずもいいとこだけど、綺麗な英語話しますよねえ」
「そりゃ、あっち生まれなんですから。あれ、ヘッドバンギングの衆がシーンとなってますよ」
「少々お歳を召した方もいますから、休憩タイムにちょうどいいかもしれませんね。
 そういえば大須川さん、いわゆるメロディアスハード、AORスタイルの曲、全然紹介されませんでしたね?」
「好かんのですよ。メロハァ〜、とかAORは。でもグレイト・ホワイトは別格です。男気のある音ですから。それに鋼鉄メタル時代を経て完成して世界でもありますし」
「メロディアスをもうちょい紹介したら、視聴率もアップしたかもしれませんよ?」
「はて。メロディアスの源流となると、80年代一般ロックも盛り込まなくてはならず、そうなると迷路ですね」
「確かに。6時間では足りないでしょう。メロディアスだけで6時間、進めちゃうかもしれませんよね」
「そうです、だから私は苦渋の決断の末、泣く泣く、断腸の思いでメロディアスハードを省略したのです」
「ホントですか?」
「嘘です。びょろりーん」
「何か、酔っ払いの会話みたいになってきましたね」
「私だって、暴れたい」
「これ終わってから、カラオケボックスで暴れましょうか? 音、パソコンからでも音楽プレイヤーからでも引けますし」
「私と、名倉さんと、黒田さんしか来なかったら、かなり汗くさく、わびしいものになりますね」
「確かに」
「しかししみじみ、いい曲です」
「名曲です」

「あ、次は私だ」
 大須川は立ち上がる。

「これには80年代メタルワールドが10年まとめて全部ひっくり返ったぁ! 家壊す怪獣メタルサウンド。ケツまくったこのバンドに怖い物はなかった。メタルウェイブの波状攻撃、リスナーは溺れ呑まれて窒息するしかない。2014年もヘヴィ・メタルの警戒警報発令だ、80年代魂の必殺メタルサウンド、われわれの生きる理由、すなわちブラック・サバス、Turn Up the Night!」


http://www.youtube.com/watch?v=jii_DNY8Zko
 ★ 

「...古館伊知郎とか、浜村淳入ってませんでした?」
「名倉さん、関東人でも浜村淳ご存知?」
「しかし。うわ〜。床抜けないかな。全員暴れ倒してます。ほら、あそこ! LEYNAさんまで!」
「貴重映像ってやつですか。カメラマンさーん、LEYNAさんを追ってください、とんでもないことになってますよー」
「...しかしホントに建物壊しそうなメタルですよね」
「この曲、無茶苦茶好きなんですよ。なんか、他の曲に比べると、ちょっと明るいでしょ? Neon Knightよりも断然ヘヴィーで」
「しかし、あれ、高井くんの踊りは一体何なんでしょう」
「コウモリ男ですよね。あの、両側に広げる腕は一体何の意味があるのかと」
「一際異彩を放ってますね。あ、また黒田さんがくたばってますよ!」
「わははは! 何と持続力のない。西原さーん、飲み物を持っていってあげてくださーい、脱水症状起こしてるかもしれません」

「...この後、誰が残ってます?」
「真壁さんとLEYNAさんです」
「LEYNAさんにも書いてもらったんですか?」
「はい、これまたおそろしく渋い選曲で驚きました」
「それは楽しみです」
「でもねー、どちらかがしっとり系で、どちらかが爆発系なんですよ」
「何ですかそりゃ」
「時間的にも残り2曲でちょうど番組終了です」
「しっとりと終わるもよし、爆発して終わるもよし」
「ですよね。じゃあどっちか、名倉さんが引いてください」
「わかりました」

 真壁が我を忘れて踊り狂うところを見てみたい気もするし、見たくない気もする。
 真壁は汗をかいていない。一体どこに立っていたのだろうか。
 スタンドマイクに立つ前、大須川に真壁は目配せをした。
 大須川は真壁のもとに駆け寄った。
「大須川さん、ちょっと早いですけど、今日は本当にお疲れ様でした。こんなに楽しい日は一体いつ以来だろう」
「真壁さん、打ち上げ参加するでしょ?」
「打ち上げですか? はい、もちろん。でも少しリクエスト聞いてください」
「なんです?」
「それは、またあとで」

「今日は本当にありがとうございました。スタッフの方にもお礼申し上げます。
 私が選んだのは、一瞬だけ輝いて消えてしまった、メジャーメタルの流れ星のようなバンドでした。80年代メタルには流れ星がたくさんあります。でも流れ星はまた巡ってきます。今日は長時間、ありがとうございました」


https://www.youtube.com/watch?v=TV6VyEPHJgQ
 ★ 

「真壁さんもやっぱり、タダモノじゃない」
「同感」
「一瞬だけ輝いて消えてしまった流れ星だって。表現力豊かですね」
「くされメタルとか言ってゲタゲタ笑ってるおっさんには存在しない、素晴らしい感性です。それにまた、これも名曲や...」
「セカンドアルバムも出してますけど、まったく売れなかった」
「1曲、オープニングだけ好きなんですけど、アルバムは駄作でしたね。
 今鳴ってる曲、MTVでよく流れてました。you tubeなんかで見るとまったくあの時代のだっさい映像なんですけど、音はこの通り、2014年製と言っても十分通用しますね」
「レッド・ツェッペリンの物真似バンドと言われて叩かれたのは、この後ですよね」
「ボーカリストの新しいバンドが」
「なんでこの音を持続できなかったんでしょうか。この曲があと2曲あれば、レジェンドになってたかもしれませんね」
「まさに。一瞬だけ輝いて消えてしまった流れ星でした...」

「最後はLEYNAさんですか」
「あれ、呼ばないでも来てる...」
「LEYNAさん、なんか様子、違うくないですか? なんで僕、女子高生みたいな話し方になってる?」
 目の前にLEYNAが来た。
「どうしたんですか? 最後がLEYNAさんです。曲紹介、お願いします」
「大須川さん、音セッティング、今の2ポイント3倍程度でお願い。音量はこっちでしか操作できないって」
 なんだ、2ポイント3倍って? 音量を倍くらいにしろということか?
 大須川は言われるがままにセッティングした。

 いきなり照明が、落ちた。
 停電ではない。パソコン画面だけが明るい。

「おい、まさか」
「大須川さん、向こうへ出ましょう。その、まさかですよ。多分」
「勘弁してくれ...」

http://www.youtube.com/watch?v=jkJEvpwDBXY
 ★ 

「この曲は私の友人、マーティン・フライドマンさんが登場する名曲です。
 私が歌います。いいかな?」

 歓声。

「いいかな?」

 大歓声。

「今日はありがとー! 行くよー! みんなー、レディー??」

 大、大歓声。



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