第41章

BGM
https://www.youtube.com/watch?v=zeQe5AVo7hk


 全日程終了。
 一同は休憩室に集合している。
 LEYNAは次の収録があるということで、どこに隠れていたのか、お付きの者5人ほどと共にNTVスタジオから走り去った。

 西原が今日一番の笑顔で、一同に挨拶をしている。
 その後ろには、西原の先輩という吉岡という男。何でも、ずっと地下の電源室で番をしており、そのまま忘れ去られていたそうで、眠いのかふてくされているのかわからない仏頂面だった。

「真壁さん! LEYNAの友達だったの?」 三上が驚いたまんまの表情で尋ねた。
「いえ。友達っていうわけじゃ。長野の野外コンサートで、私は姪っ子を連れて行ったんです。それで姪っ子が迷子になって、私が途方に暮れてたら、姪っ子を連れてきてくれたのが、LEYNAさんだったんです。すごい偶然というか、なんというか」
「それで真壁さん、LEYNAはああして、協力するつもりでここに来たわけじゃないでしょ?」 名倉がずいずいと進んで尋ねた。
「西原さん、大須川さんがおっしゃってたように、LEYNAさんは自分の番組宣伝をするために乗り込んでこられたようです。
 それで、クラウドミュージックの車があるのに気づいたのは私だけ。ほら、観客の皆さんに、スタジオに入ってもらったときです」
「全然気づかなかった...」 西原。
「LEYNAさんは、業界では横暴な女王様かもしれません。
 でもね、野外コンサートのとき、広いスタッフルームで、5歳の姪っ子と1時間近く遊んでくれて、色紙やCDのボックスセットまで、姪あてに送ってくれたの。私は、根はきっと単純で、いい人なんだ、って思ってた」
「どういうふうに話したんです?」
「私ね、実はLEYNAの大ファンなんです。アルバム32枚、全部持ってます。でも、そんなことは言われ慣れてるだろうから、LEYNAさんには言いません。
 LEYNAの400曲近い曲の中から、80年代メタルからインスピレーションを得たと思われる曲の数々を頭の中で整理したの。
 それでいろんな曲出して、あの曲はあの曲にインスピレーション受けたんですね、とか、そういう話を5分程度に詰め込んで、言ってみたんです」
「君の頭はパソコンか」
「LEYNAが怒らなかったのかい? パクリ指摘みたいなもんだろう?」
「絶対怒らない、って確信があった。確かに途中までむっとされてたみたいだけど、あなたが大好きな、80年代メタルの番組を今やってるんです。
 そう言うと、憑き物が落ちたような顔されて」
「どんな番組やってるか、全然知らなかったのか、LEYNAは? 何ともまあ」
「知らなかったみたいです」
「あきれるほど単純な人だ」
「しかしとんだ女王様だったな」 親父の顔になっている黒田。「まあしかし、80年代メタルのいい宣伝にはなったんじゃないのか? 結局」
 大須川は脱力しながら答える。「それが、すべてです。最後は、さすがに驚きましたが」
「LEYNAがサンキュウ!で、番組終わって、即、次の歌謡曲番組だもんな。社長さんが蝶ネクタイして司会やってるよ」
「すみませんっ!」 西原が頭を下げた。「時間との戦いで、社長は30分の延長を出しましたが、次の番組はスポンサーがついていますので、30分のカットだけでも大変なことなんです。
 1分あれば、皆さんにエンディングを普通に締めていただくところだったんですけど、どういう偶然か、また最後のあの長い曲、最後までLEYNAがヒラヒラ舞いながら歌うもんですから。サンキュウ!で、残り時間8秒。社長が完璧だ、って唸ってました」
「誰かが計算したわけじゃなくて、すべて偶然でしょうって」
「大須川さんのおっしゃるとおりです。本日の不手際、お詫びします!」
「みんな、怒ってるよっ!」 藤村が前に出る。「すんごい、西原さんに怒ってるよ!」
「...ごめんね」 西原は小さくなってしまった。
「だからぁー、今から打ち上げ。西原さんが来てくれるのなら、全部許しちゃう。ね、ねぇー、行こうよぉ〜」 藤村は西原に抱きついた。
「ありがとう、藤村さん。すっごく行きたいんだけどね、大事な仕事、投げていなくなった人たちのせいで、私らみんな、明日まで帰れないんだ」
「そんなぁー。興醒めだぁー」
「ケータイ教えるから、また別の日に、ゆっくり遊びましょ」
「約束だよー」
「うん」

「では、みなさん、今日は本当に楽しかったです」
 三上が挨拶をした。母より頭一つ背が高い翔太も一同に頭を下げた。翔太の頭の上には母の手が乗っかっている。
「あれ、三上さん、打ち上げは来ないんですか?」
「ありがとうございます大須川さん、またの機会に。このアホ翔太、ちょっと血が出てるんですよ」
「縫ってもらったんだから大丈夫だって」
「バカ。薬も飲んだんだから、明日一日はおとなしくしてなさいよ!
 というわけでみなさん、メアド交換しません?」
「しましょしましょ」
 西原含む全員が部屋の真ん中に集まった。
 大須川のケータイはガラケーであり、いまだにその、赤外線何たらがよくわからない。自分のメールアドレスを表示させるのが、またわからない。
 大須川は一同の横で座り込み、ケータイをいじっていた。
「ちょっと貸してくださいね」
 真壁が、大須川のケータイを取り上げる。
「大須川さんのアドレスでーす。ハンドルネームで登録しちゃってる人は大須川さんに言ってくださーい」
 大須川は手持ち無沙汰になりながら、思った。
 全員のアドレスなど、要らない。私はあなたのアドレスがほしい。

 西原が日当を持ってくる。
 全員はしばらく待つように言われた。
 全員腹が減っているが、まったりした時間だった。
 疲れたのか、高井は居眠りしそうになっている。
 名倉はツイッターのまとめなんとかを読んで、藤村とハイタッチなどをしている。
 最初、鬱陶しくてたまらなかった黒田が別人である。
 その黒田は三上翔太と話をしている。

 結局、黒田は大きく殻を破ったんだな。
 大須川は深く椅子にもたれ、タバコを取り出した。

 さて俺は、これからだ。
 ハードボイルドとは程遠い仕事だったが、この時間くらいはハードボイルドな空気を纏いたい。
 何年ぶりに自分は思った。
 今からである。
 今夜は俺は主役だ。
 人間対人間。
 そういう時間は、この禿げ散らかした見かけなど関係ない。
 真壁さん、俺を男にしてくれて、ありがとう。
 さてこれからだ。


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