第42章

BGM
https://www.youtube.com/watch?v=d_xMJscsw7w



「えー。寂しいなあ。打ち上げ参加は、私と真壁さんとアビちゃん、だけですか?」

 拍子が抜けた、残念だ、と言いたげに大須川は脱力したが、しかし本心は違う。
 これでいいのだ。
 万事OK。
 22歳の小娘が邪魔であるが、可愛らしい子ではあるので、まず少しは相手して、とっとと帰す。

 高井が大須川に握手を求めてきた。
 番組開始当初とは別人になった、少し精悍な顔つきになった高井。「すみません、別の日に。必ずまたお会いしましょう。俺、朝七時からバイトなんです」
「おう。また会おうな」
「本当にすみませんね。今晩、急に仕事が入りまして。また一杯、やりましょう」 名倉ともがっしり握手をした。
「くろくろさん、途中、ホントに迷惑かけました。ごめんなさい」
「とんでもない」
「またサイト、更新してください。もっと深〜く、80年代メタルを掘り下げてくださいね」 三上とも握手をした。
「俺もこの流れで本格的にメタラーになっちゃうと思うんです。また、いろいろ教えてください」
「こちらこそまた、よろしく。ちょっと血がにじんでるぞ、おでこ」
「大丈夫です!」
「今日はありがとうな、少年」
 残るは黒田だが、またトイレに行っているのか、ぼてっとしたかばんをテーブルの上に置きながら、姿が見えない。
  

 西原から日当が渡された。
 全員が受け取った。

 エントランスまで、西原と、ヒゲの村田が見送ってくれた。

 車で来ていた三上親子以外、とりあえず全員ぞろぞろと歩いて、最寄り駅に向かった。

 ちょんちょん、と誰かが大須川の腕を突いた。
 真壁である。
「あの。大須川さん、さっき、放送の終わり、私が少しリクエストある、って言ったの、覚えてます?」
「うひひひひひ。言う必要はありません。あなたとの時間は、明日1日まるまる取ってあります。私はね、あなたに会いに来たようなもんですよ。夜はこれから。一回言ってみたかった。夜は、これからです、のぞ美さん」 というのは大須川の心の声。
 そこに黒田が割り込んできた。
「大須川さん! 私も打ち上げ、よろしくお願いしますよ! 腹減ったなあ、がははは!」
 よりによって。おまえなど来るな。
 絶対来るな。帰れ。
「黒田さん、明日仕事あるんじゃないんですか?」
「明日は日曜じゃないか。何言ってるんだ。朝まで、ぱーっとやろう、ぱーっと!」
 ...最悪である。
 大須川は肩でぐいと黒田を後ろへ追いやり、真壁と並んで歩いた。
「あんな邪魔おやじ、放っておきましょう」
 真壁は下を向いて笑っている。
 もう、駅まで来てしまった。
「真壁さん、今晩、邪魔されても、私、明日一日東京にいます。ですから...」
「はい? あ、説明するより早いな」
「はい?」
 真壁が、改札に向かってちょこちょこと走った。
 改札の横に立っている、ひときわ背の高い、若い男。
 細い、ぴっちぴちのスーツを着ている。景気のいい業界の営業マンという雰囲気である。今風の東京人。生粋の大阪人である大須川にはそう見えた。
 真壁の、えらく年齢の離れた弟? そんな雰囲気だった。
 しかし真壁はその男に駆け寄り、なんと、ハグをした。
 黒田が何か言っているが、大須川には聞こえない。
 唖然呆然、とはこのことである。
「紹介します、私の彼氏。山本さんです。もうすぐ結婚するんです。ずっと、番組見ていてくれたんですよ」
 そりゃ、今日初めて会ったので、何も知らんかったのも仕方がないが。
 しかしこんな形で、大きな期待を踏みにじることはないだろう。
 全部見てたよだの。
 最後までイケてただの。
 くっだらない、屁のような言葉を男が発しているのが聞こえる。
「ちーっす。山本でーす」
「あの、打ち上げに参加したいって、フミくんが。私からもお願いします」
 何がフミくんだ。
「お願いしゃーっす」
「いいですか、大須川さん?」
「...はい。いいですよ、どうぞどうぞ、感謝感激、熱烈大歓迎。ちょっと来なさい、山本君」
「なんスかー?」
 大須川は山本の肩をひっつかみ、一同と数メートル離れた。
「おい」
「なんスか」
「俺は大阪のおっさんや」
「それが?」
「軽い東京男、撲滅委員会大阪支部代表だ。特別の配慮でおまえの打ち上げ参加、認めたるが、おっさんを舐めたらあかんぞ。イチャイチャさらしたら、ガスガスにどつき回して、窓から投げ飛ばすからな」
「は、はい。わかりました」
「わかればよろし」

「オウ、ディア」
 改札から出てきた、大きな声で叫ぶ女性。
 確かに、白人女性ではある。
「マムズカミン、フォーユー。オウディア、ユールックグレイト、マイリトルティーヴィースター」
 藤村が白人女性と抱き合った。
 一同は今日一番、呆気に取られた。
 後ろから見ると、頭の先まですべて藤村の身体は隠れた。
 女性は太っていると言うようなものではなく、業務用大型冷蔵庫だった。
「オウ、アーユディレクタ? サンキュウサンキュウ」 次に大須川が抱きすくめられた。
 息ができない。
「アビちゃん、母ちゃん、って、この人が母ちゃん!?」
「そうだよ。母ちゃん、日本語ダメだからね。大学で英語教えてるの」
「パパがアメリカに残って、それで母ちゃん母ちゃんって言うから...」
「パパは日本人。母ちゃんはアメリカ人だよ。事情あって今はパパの名前、名乗ってんだけどね」
「ずっと、反対だと思ってた」
「母ちゃんも打ち上げ、来てもいいでしょ?」
「だから構へんって、ぐわっ」
 また抱きすくめられた。冷蔵庫というより、白熊だ。

 目の前の居酒屋に入ることになった。座敷があるという。
 しかし大須川は脱力状態である。
 はよ帰りたい。

 帰り組とまた会う約束を交わし、別れた。

 しかし、名倉が残っていた。
 アビちゃん母子、真壁カップルはもう居酒屋に入っている。
 黒田が神妙な顔をしている。
「名倉さん、どうしました? 何真剣な顔してるんですか」
「大須川さん、実はですね。僕の名前は黒田武弘」
「そして私の名前が名倉優です」
「は?」
 名倉が黒田の名前を名乗り、黒田が名倉の名前を名乗った。
 ふざけているのかと思った。

「ちょっと、聞いてますか、大須川さん。僕は名倉ではなく、黒田なんですって。これ、僕の免許証。黒田武弘でしょ、ほら」
 確かに、写真が名倉で、名前が黒田となっている。
「どういうこと?」
「僕はCS局を渡り歩いて、放送作家などの仕事をしています。NTVにお邪魔したのは今日が初めてでしたが。
 僕が自分から頼んで、出演者の一人に入れてもらったんです」
「だからって、どうしたの、どうなってんの」
「くろくろさんこと、大須川さんを一目見ておきたかったんです。HEAVY METAL SAMURAIの、元管理人として」
「嘘だ。え? じゃあ、アンタがTAKEか?」
「タケじゃなくて、テイクです。僕のオヤジがジャズバー、昔やってましてね。TAKE FIVEという店の名前。僕の名前が武弘というのは偶然です」
「そんなこっちゃ、どうでもええ。ずっと俺のサイトに嫌がらせしてきたり、訴状出したりしたの、あんた、ってことか?」
「その通りです。こうして白状したのは、虫のいい話ですが、私なりに、大須川さんと和解したいと思いまして」
「和解? 和解も何もないよ。何年も前の話じゃないか」
「あなたは本を出版し、売れに売れている」
「印税定額契約だから月収18万円だよ。それに只今早くもスランプ中やけどね」
「どんな人間か、この目で確かめたかった」
「じゃあこの、黒田さんは、いや、偽の黒田さん、この人は一体何なんだ?」
「お金を出して、頼みました。名倉さんはCS局の仕事もアルバイトでやってらっしゃる、役者さんなんです」
「はっはっは。小劇場がメインだけどね」
「僕が、今日一日、大須川さんを怒らせる黒田武弘役として、名倉さんに演技をお願いしたんです」
「ちょっと待って。まだわけがわからない。
 HEAVY METAL SAMURAI管理人だったアンタが、嫌味な管理人役を、この人にやらせたってこと?」
「はい。その事情は第1に、私が大須川さんという人間を観てみたかった。
 第2に、番組を面白くしたいためです。ツイッターの評判ですが、凄い数で、視聴者は大須川さんと偽黒田のバトルに注目していました。NTVとしては今月、最高視聴率じゃないですか。
 それと、ま、終わりよければすべて良し、全部言っちゃいますが、私は大場たちから話を聞き、LEYNAのNTV乗っ取りにも協力していました。スパイのような真似をしていたのは、私です」
「はぁ? 何のことだ? スパイ? NTVのスタッフはそれ、知ってるの?」
「スタッフと言っても局を守った人間と、悪役がいますが」
「西原さんたちだよ! 西原さんたちはあんたがスパイだってこと、知ってたの?」
「いいえ、知りません。二度とあそこには顔出せませんね。あはは」
「あははって」
「でもね、僕は途中から番組を中断させる工作を辞めました。僕だって生粋の80年代メタルマニアです。途中から、大須川さんや西原さんたちに同情しちゃった、てわけでして」
「いやいや。信じないぞ。ここから先は俺なんか関係ない、テレビ局の話になるんだろ! 絶対不自然だ。おかしい。俺はもう帰る!」
「ちょっと待ってください。
 うーん。じゃあ、本当に、ホントのこと言います。絶対の絶対、他言無用ですよ。名倉さんも」
「何だよ。俺にも何か隠してることあったのか?」 偽黒田もずいっと前に出た。
「本当に誰にも言わないでください。言えば、裁判沙汰かもしれません」
「何ですか、だから」
「麗しいに奈良の奈、と書いて。黒田麗奈。誰だと思いますか」
「くろだ・れいな? れいなと言えば...LEYNAじゃないか。え?」
「おいおい、どういうことだよ黒田さん!」
「LEYNAはね、5人兄弟、全部男で、ちょうど真ん中の、女1人。俺が長男。アイツ、妹なんです」
 2人は偽名倉の顔をまじまじと眺めた。
「そんな、じろじろ見られても。あんまり、似てないっすから。
 でも、そういうことです。麗奈に、頼まれて。NTV、乗っ取りを手伝うように。
 僕だってですね、実際テレビ局を何年も前にリストラされた人間で、今も平均月収、15万ってとこですか。大須川さん、いや、如月涼さんの本に感激したってのは、ここは本当に事実ですから。
 麗奈から小遣いもらわなきゃ、東京では暮らしていけません。あっはっはっは」
 偽黒田だった本物の名倉もそこまでは知らなかったようで、言葉をなくしている。
「えーと。ちょっと待てよ。偽黒田さん、あんたのほうだ。演技って、どこまで?」
「黒田さんに言われた分はしっかり演技しましたよ。80年代メタルマニアの嫌みな粘着役です。
 体重も20kg多く見えるようにしました。腹巻きにキルトなんか丸めて、入れてるんです。暑いから脱いじゃおうかな。汚いですけどね、口の中にもほら」
 偽黒田が口から綿の塊のようなものを出した。
「頬の裏側に入れてました。これはもう捨てよう」
 それだけで、偽黒田の顔が細くなった。顎まで細くなったように見える。
 大須川は驚きのあまり言葉が出ない。
「一体いくら、金もらったのか知らないけど、趣味を兼ねた楽な仕事だったことでしょうな」
「偽黒田、名倉さんは音楽をまったく聞かない人なんですよ。私も実際、収録中驚き通しでした。この人は携帯音楽プレーヤー1つもっておられません。5日前に、私がメタルのオムニバスCDと虎の巻を渡したくらいですかね」
「いろんなサイトでメタルを勉強しました。特にくろくろさん、あなたの本に、サイトは丸暗記するくらい見てましたので。あなたをいじくるのは難しくなかったです」
「嘘だ。それは無理でしょう。あなたの言葉は嫌味なマニアそのものだった」
「光栄です。黒田さんから大体のシナリオも作ってもらってました。しかし私が一番苦労したのは、曲のイントロ、何10回と流した曲ですよ。
 1曲だって、知ってる曲がないんですから。そこ、黒田さん、偽名倉さんの援護射撃があったからこそ演じられたわけで。後はすべて、いろんなサイトで読みまくった知識です」
「嫌味なおっさんも、全部演技ってこと?」
「はい、そうです。嫌な人間として登場し、最後は人のいいオヤジで終わる。私なりにシナリオを考え、大成功だったと思います」
「METALLICAの映画の話とか、NEATレーベルの話は?」
「全部、黒田さんにもらったシナリオ丸暗記です」
「オワロスミスも計算だったと?」
「あれは...サドンデス的なオヤジギャグです。無意識に。自分でもショックでした」
「偽黒田さんだって、帰国子女なんですよ」
「帰国おっさんです」
「英語、フランス語、ドイツ語全部話せるんですから」
「私の場合は、全然そういうふうに見えないってところが、実際いろんな面で役に立ってましてね」
「...信じられない」
「大須川さんの信じられない具合が高いものであれば、私は余計に光栄でございます。役者冥利に尽きます。私のたった一つの取り柄、役を任せられたらそれに成り切ることですから」
 偽黒田はうやうやしく頭を下げた。
「というわけで、僕は去ります。他の人たちは西原さんたちスタッフが選考した人たちですから、みんなには内緒でお願いしますね」 偽名倉が行こうとした。
「じゃあ、大須川さん」
 偽名倉こと、黒田は両手で握手を求めてきた。
 そして大須川はその手を離さなかった。
「絶対許すか、この野郎」
「...僕らも悪かったと思います。いや、僕が悪かった。もう僕はTAKEではありません。サイト閉鎖と同時にTAKEは終わりました。だから許してくださいって」
「いいや。許さん。昔の話はどうだっていいんだ」
「みなさんを騙す形になったことは謝ります。ほんと。でもみんな、LEYNAのメタルを聞けたり、凄い体験ができて喜んでたじゃないですか」
「みんなは許しても、俺は絶対に、許さない」
「困ったな」
「あんたほどの80年代メタルマニアはそうそう、いない。だから朝まで、メタル大会だ。名倉も黒田もどうだっていい。メタル仲間は私は見逃さない」
「...ホントに怒ったのかと思っちゃったじゃないですか」
「朝まで付き合わないと、ほんとに怒る」
「わかりました。では去らずに朝まで付き合いましょう」

 偽黒田はやはり黒田として元の扮装をさせられた。
 3人は居酒屋に入った。
 外で立ち話をしていた20分ほどの間にもうすでに酔っぱらっていた藤村の白熊マミーに、大須川は何度も抱きつかれて窒息した。
 真壁はあまり加わらず、今風東京人とイチャイチャしていた。しかし話してみれば、粗大ゴミのように邪魔であった真壁の彼氏とやらも、悪い奴ではない。
 結局正体を残りのメンバーに語らなかった偽名倉と偽黒田たち。
 
 全員でやかましく盛り上がった。


 タクシーを探し、大須川は千住の安ホテルへ。
 アビちゃん母娘、真壁カップル、偽名倉、偽黒田は同じくタクシーで家路につく。

 いよいよ、本当の別れの時間が来た。
 時間は夜11時50分。
「また会おう、名倉君! 黒田さん、あんたは実におもろい奴だった! アビちゃん、マミー、また会おうな!」 御須川は久々に気持ち良く酔っていた。
「あの...ちょっと連絡が入ってまして...大須川さん、あなたあてです」
 偽名倉がスマートフォンを差し出した。

「ああ、どもども。司会の人? 雑誌のライターの人なんですってね。私よ、LEYNA」
「はあ? 私は今日一日の日雇い司会ですわ。今日は残念でしたな。はっはっはっ。何の用事です?」
「今日はあなたたちにも迷惑かけた。しかし、80年代メタルサウンド、私は一目惚れね。そうね、魂とのリンクが希薄な、作った音も触った歌も、もう飽きたの」
「知らんがな」
「うるさいわねー。いい、業務命令よ。今そこにいる人たち全員、連れてきて。六本木。カラオケ屋借り切った。
 NTVの人たちもみんな来るから。今からBABYMETALスペシャルよ。本物も2人来てるから。やるときは徹底的にやるよ。
 その他、参考にしたいから80年代の話、お願い。私が聞けば、あなたは質問に答える。いいわね? じゃあ場所言うから控えなさい」

 女王様からの命令。
 メタルカラオケ。
 大須川は返事をせず、スマートフォンを偽名倉に突っ返した。

 黙って路上に出て、タクシーを拾おうとした。

 アビちゃんマミーが大須川の腰を軽く抱えて、歩道に連れ戻した。

 BABYMETALだけは、勘弁してくれ。
 それだけは許してくれ。
 人それぞれ、触れてはいけない、触れられないものがあるのだ。
 LEYNAはやっぱりアホである。


 白熊マミーの物凄い圧力で、食べたものが出てきそうである。
 もちろん行き先は六本木。
 小型タクシーとあって後部差席は2人でぎゅうぎゅう詰め。
 助けてくれ。
 誰か。

 大須川を乗せた車は、まだまだ終わらない夜に向かって走っていった。


(終)


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